伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第30回/方舟のファイサル
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第30回/方舟のファイサル

がつん、という衝撃が上半身に走った。膝がデッキの床に落ち、にぶい痛みもやってきた。

気が付くとデッキにあるベンチに座らされていた。隣にファイサルがいて、もたれかかる格好になっている。ルイ・ビトンの男は僕のスケッチブックをめくっていた。バタフライナイフの上に身を投げたとき、刺さる寸前で、後ろにいた「兄弟」の二人が僕の肩をつかんだのだ。

「アンモナイト。螺旋。宇宙の根本原理。太陽を含む恒星、銀河系中心太陽は核融合によって成り立つ。エナジーの流れは渦をなして球状をとなったり、螺旋を描くようになる。万物はその縮図。どこかしらに螺旋を隠している。生物の根源DNAは雌雄二匹の蛇が絡みあう螺旋だ」

ファイサルが甲高く笑い、だらりと腕を落とした僕を抱寄せた。

「おまえは馬鹿だ。だがそういう馬鹿は好きだ」

彼は、僕の耳元にささやき、額に祝福の口づけをした。

「故郷レバノン。地中海の真珠、何度築き直してもイスラエルやシリア軍戦車の砲火が一瞬で瓦礫の山にする。物量では、あらゆるものが周辺国に劣る。われらに残るのは『意思』のみだ。死ぬ気がなければ生きられない。悪循環はわが手で断ち切り、外国の侵略を許さぬ国をつくる」

ファイサルの言葉は静かだが力強かった。

部下である「兄弟」三人の後ろに婚約者二人が現れた。イスラム女性特有のベールは身に着けていない。ポニーテールやショートヘア。パッション柄のブラウスにミニスカート、を着て、白いハイヒールを履き、腕には、グッチ、フェラガモ、ティファニーといったブランドもののバッグやアクセサリーを身につけている。

ファイサルが、集まってきた「家族」五人に向かって微笑んだ。

「満足したか。もう許してやれ」

彩乃の件に関して、ファイサル自身は怒っていないらしい。五人の男女は顔を見合わせ苦笑した。

「船にアヤノが乗っていたのは意外だった。アヤノにレバノンでの生活は適さない。東京で別れたはずだったのだがね。まるで私がつけましていたみたいだ。形として君はアヤノと寝台を共にする関係にみえた。私個人というより、家族への挑戦として映ったのだ。リョウスケ、君は命を捨てて彩乃を守ろうとし勇気を示した。すべてを許そう」

サングラスの男は手招きして僕の横に彩乃を座らせた。ラバノン人の婚約者二人はいつの間に用意したのだろう、水筒からカップに紅茶を注いでよこした。

「兄弟」の一人が持参したステレオ・ラジカセのスイッチを入れた。マイケル・ジャクソンのスリラーが流れ出す。高水準のリズム感を必要とするダンス。これを五人は難ななくこなしている。

ファイサルが僕を解放した。綾乃が立っているキャビンの後ろから、夏先生、髭の音楽家、明と伸一が現れた。髭の音楽家がいった。

「俺たちが止めに駆け付けたとき、先にいらした夏先生が、『仲裁の必要はない』とおっしゃった。理由が判りましたよ。チャラチャラしているようで、あの、あんちゃん、案外と器がでかい。よくみれば知的な顔をしていて、貴族というよりは帝王のような風格まである」

「私は、ファイサルやファイサルの父親を知っている。レバノン共和国は中東では珍しいキリスト教優位の国家だ。政府首脳の椅子は宗教宗派人口比で決められている。キリスト教マロン派が大統領、イスラム教スンニ派が首相、国家義議長がイスラム教シーア派。彼の父親は首相だ。彼が帰れば議員となり、やがては跡を継いで首相になるだろう」

「そんな御曹司が何でこんなところで遊びほうけているんですかね?」

夏先生はシガレットケースから煙草を取り出して音楽家に勧めた。

「ファイサルの家系は常に暗殺者の標的だ。ゆえに一族は、テロによって全滅しないよう世界中に散ってリスクを小さくしている」

「なるほど、だから、ファイサルたちはサイドカーに乗って、『洪水』の難を逃れているのか。もし父親が死んだら故国に帰って後を継ぐ。若くして婚約者を複数侍らしているのは、一族の大半が虐殺されても、すぐに生んで補填するためというわけですな。まさしく『方舟』だ!」

「砂漠に行けばサイドカーには自動小銃が据えつけられる。ファイサルと婚約者、それに『兄弟』たちは小さな国家だ」

夏先生がシガレットの煙をゆっくり吐いた。

僕はみんなの前に歩いていく、振り向くとサングラスの男が、人差し指に口づけして投げてよこした。伸一の前に立ったとき無様に崩れ落ちた。彼が手を貸した。

「よほど怖い思いをしたんだね。一歩間違えれば、僕は涼介君と同じ目にあっていた。たぶん海に飛び込んで死んでいたな」

彩乃が涙声で、「耐えられなかったのよ」と明に訴えていたのが訊こえた。
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