伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第19回/方舟のファイサル
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

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第19回/方舟のファイサル


四月下旬――

新緑の季節だ。僕は子供のころ偶然みつけた化石層が剥き出しとなった断崖に向かっていた。

JR磐越東線は、太平洋側の平駅と内陸にある郡山を結ぶ鉄道路線だ。客車はセピア色で、ディーゼル機関車に牽引され、渓谷に開けた町々を往来していた。蒸気機関車が走っていた頃、単線のため、列車を入れ替えさせていた江田信号所という施設があり、実質的には無人駅になっていた。車掌に乗車券を渡し、くすんだコンクリートのホームに降りる。

そのころはもう売却してしまったのだが、石炭産業が隆盛していたころ、炭鉱会社を経営していた実家は、羽振りもよく、いくつかの別荘があり、その一つが信号所に近い集落から外れた川の断崖に持っていた。子供のとき、亡き姉と僕は両親に連れられて避暑にきたものだった。

阿武隈山地を開析して東流し太平洋に注ぐ夏井川。信号所近くにある白濁した滝が連続する江田渓谷を、地元の詩人草野新平が「背戸峨廊」と名付けている。峠の向こう側にある小野町だ。山を削って採取した石灰石が特産でセメントに加工する。

阿武隈山地は、東北の南端を東西に走っている。その昔、温かな海であったところが隆起したところだという。準平原とも呼ばれ、長い年月からなる浸食により、なだらかな山並みが続いている。

江田信号所から小野町に向かう山中は落葉広葉樹の深い森が続いている。奥深く先のみ通せないブナの森の広がる山塊は、かつては珊瑚礁であったのだろう。断崖を削ると化石である石灰岩層を見出すことができる。そこを密やかに地下水が、トンネル状の川をなして流れ、天井の水滴が何万年かの時間をかけて鍾乳石をつくりだしている。

信号所から山森に向かうと野鳥の声だけがする。渓谷を遡って奥へ奥へと分け入る。木漏れ日が射すたまりとなった場所があった。岩魚が数匹泳いでいるのがみえた。剥げた砂岩の岩肌だ。礫が谷間に向かって落ちていた。握り飯を腹に収める。斜面をよじ登り、ピッケルで、転がっている礫を割ってみた。鮫の歯と掌に載るほどの大きさをした巻貝のような化石があった。

  ☆

アンモナイトは螺旋を描いている。銀河の形だ。行き着く果てには中心太陽があるのだという。億千万の星々は、何十億年とかけて、砂時計の粒のようにそこに降り注ぎ、やがて静かに眠りにつく、宇宙という暖かな海原に彷徨う夢をみながら。

オウム貝に酷似した螺旋を描く化石を、僕は手にしてみつめていた。意識の半分はまだ夢の中だ。『韃靼人の踊り』のメロディーが流れ、愛しい人が奥底でグランドピアノを奏でている。砂粒の一つになった僕は目を閉じゆっくり落ちていった。

彼らは、どれだけ眠っていたのだろう?  恐竜は、六千五百万年前に絶滅した。小惑星が落ちたからだって説がある。そのとき道連れになったらしい。

小惑星が海に落ち、塵と水蒸気が成層圏に舞い上がって暗黒となり地球が冷える。地球は凍てつき、森の木々が枯れて、恐竜たちがばたばた死んでいく。水中では珊瑚も枯れ、魚竜や三葉虫なんかと一緒に泳いでいたアンモナイトも海底で眠りについていった。

ブナの深い森が珊瑚となり、枝葉の隙間にみえる空を海になっている。螺旋の殻をもった生物は、頭をだし、触手を揺らめかせ、僕の心の深みを泳いでいた。
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