伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第18回/方舟のファイサル
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第18回/方舟のファイサル

僕がいる梨山寮は故郷の磐城市が運営していた。男子が八十人。相部屋だ。コンクリート三階建ての建物で、旧館と新館があり、L字に連結されていた。生田丘陵の絶壁上に佇んでいて、旧館の北窓からは谷底に開けた市街地を望むことができる。街の中心である谷底沿いに小田急線の路線と駅があった。

男子寮で東京近郊の学生が八十人いる。寮長は還暦をとっくに超えた小柄で痩せた人。「瞬間湯沸かし器」と呼ばれ、よく叱られたものだ。その寮長に、金曜日の朝になるたび外泊届を出しにいくと、「判った」とだけいって送り出してくれた。

  ☆

講義が終わると、雫と待ち合わせして、二人で電車に乗り、四ツ谷駅に近いマンションに向かった。彼女の部屋だ。

床に就く時間となると雫がおそろいのパジャマを出すので着替えた。毎度のことだ。出会ったばかりのころとは大きく変わったところがある。腕が痺れなくなったことだ。もちろん雫は僕の両太腿の間に片脚を絡ませたり、腕枕を好みはしたのだが、眠るときには自分の枕に頭を移して解放してくれるようになっていた。付き合いはじめて一年近くになる。雫が寝返りをして僕の顔をみた。

「涼介さん、夕飯のじゃがいもの煮っ転がし。美味しかった?」

「どんどん腕を上げていくよ」

「最近、学校の帰りに料理教室に通っている甲斐があったかな?」

毎度のように眠る前の雫とのお喋りが楽しい。出会ったころには考えられないほどの余裕があった。口づけは、かつて乱暴に舌を突っ込んできて力任せに吸い込んでいたものが、先のほうを転がすように柔らかい。安堵したかのように僕は初めて、雫のパジャマのボタンを外すことにした。言葉にしていないのだけれども、(いいよ)と 返事をするのが判る。電気を消すと部屋は暗闇になった。

下着だけになったその人の手を借り僕もトランクスだけになる。

「初めて会ったとき、黒髪に『天使の輪』ができていて綺麗だなあって思ったよ。肌は白絹のようだし。まつげは長くて白雪姫みたいだ。美形って鼻と顎に指を当てたとき唇がつかないのが条件なんだって。そんな綺麗な人を抱きしめることができるなんて幸せ過ぎる」

耳元にささやくと、愛する人は納得したかのように、いちいちうなずいた。

はじめ僕は、父親の代役だった。だからそのように振舞った。いまは違う。彼女は男として愛してくれている。一人の女性として、対等に愛したかったのだ。

口づけをしたり耳たぶを軽く噛んだりしてからブラジャーを外す。露わになったあまり豊かとはいえない乳房を撫でる。それから上体を滑らせ、耳元に唇を近づけ、「愛している」とささやく。僕の鼓動を雫は胸先を当てて安堵した顔になった。それから彼女が最後まで身に着けていたパンティーを剥し、両脚を割って奥にある、淡い茂みに長い指で竪琴を奏でるかのように動かす。

僕はランプ先生の娘である真希さんを通して、女性の裸というものを知っていた。しかし二十歳直前となるこの段階に至るまで性行為というものを経験したことがない。僕の茎は、初回、その人の襞に触れただけで、思惑を離れて暴発してしまったのに驚く。

雫は、笑ったりはせずに、僕の髪を撫でたりキスを続けた。長い黒髪の人は先に交際していた誰かに処女を捧げている。(彼女に合わせよう) 回復してから、どうにか中に入ることができた。その人が腰を時計回りに動かすので、同じ速度で反時計回りをする。相手が吐息を荒げればこちらも荒げ、喘げば喘いでみた。恋人の頬を触ってみると涙で溢れ返っていた。

モネの『睡蓮』のように光が連鎖したような感覚。魂が共鳴している。僕が雫に、愛の証を注ぎ込むとき、その先に届くであろう子宮内部を想像した。羊水の海でうずくまった胎児がイメージできる。螺旋を描く貝。アンモナイト。深い海に抱かれていたころの記憶。僕らはただの物体から生命体になり、やがて空気にさらされ「人」になる。太古の生命というものがそうして誕生した。奇妙なもので母の胎内という深海で僕らも同じ軌跡をたどって生まれるんだ。そんなふうに感じた。



翌日、木炭を手にした僕は雫をモデルにした裸婦デッサンを二枚描いた。一枚は「妻」のために、もう一枚は僕のために。結婚指輪が買えないから代用にした。(二十歳になったら籍を入れよう。もし子供ができてしまったら夜間部に移籍して働く) 覚悟はできている。雫と一緒ならなんだってできる。本気でそう信じていた。

「家族が増えたみたいで賑やかになったわ。楽しい」

同日、雫は二枚の絵を画材屋に持ち込んで額装し部屋の壁を飾った。
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genre : 小説・文学

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