伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第17回/方舟のファイサル
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第17回/方舟のファイサル

四月上旬――

春休みが終わり、僕たちは二年生になった。

キャンパスの丘の頂きに至る百メートルの長い坂。老教授がここを登れなくなると退職するので、学生たちは、「停年坂」と呼んでいる。両際の桜樹が花をつけ、満開となり、やがて散り始めて絨毯をつくった。坂を登りきったところにあるのが本館ビルだ。ロビーがあり、学生課窓口があり、学生たちは自作の写真パネルや絵画をここに展示することもあった。

講義の合間、僕はここでよくスケッチしたものだ。砂岩を削った飾り石が壁や床を飾っていて、よくみると化石があった。太古のフズリナ、そしてアンモナイトがある。

僕はアンモナイトに魅せられた。子供のときにみた、「装飾横穴墓」の壁画に描かれた渦巻き文様に似ていたからだ。何枚描いたことだろう。ふと、気がつくと横に座る学生がおり、それが同期の赤城だったり恋人の雫だったりした。

赤城は雫がくると、少し世間話をしてから席を外した。彼なりの配慮だろう。雫とベンチに並んで座る。僕がスケッチブックに4B鉛筆を止めずに滑らせていると、のぞきこんだ長い髪の人がいった。

「壁の化石がすっかりお気に入りね」

「アンモナイトは螺旋の形をしている。渦巻き。僕という人間はたぶん、ここから出発したんだと思う。出会うべくしてランプ先生に出会った」

「ランプ先生……絵の御師匠さんね。私にとっては、ピアノの先生。お婆様だけど、彼女が、音の余韻効果についてアドバイスなされたとき、音楽が、モネの『睡蓮』の絵とつながっていたのには、びっくりだった。光の連鎖が織り成す空気の色。和音や先に鍵盤を叩いた音の余韻で応用できる。涼介さんに美術館に連れて行ってもらわなかったら、たぶん、いまだに迷っていたと思う」

雫が腕時計をみた。

「次の講義までまだ間があるわ。私は『青年心理学』を受けにいくの。涼介さんは?」

「ああ、『考古学演習一』。ポモリ教授の講義だ。テキストをみたらやたら難しくなっている。オーストラリアの考古学者チャイルドの書いた『考古学とは何か』っていう本が考古学界のバイブルになっているんだそうで、入門書になっている」

僕はハードカバーになっている教科書の本をみせ、続きを話した。

「十九世紀くらいの北欧の学者が、自国の歴史を調べようとするとき、ローマ時代とかに文字が残っていなくて、古い時代のことが判らなかった。そこで遺跡を調査して、年代を整理する方法を思いつき、地質学を応用した。だから、積もった各地層から出てくる年代の指標になる遺物は、土器なのに、『示準化石』っていうんだって。面白いだろ。アンモナイトと同じ扱いだ」

雫は、判ったような判らないような顔をしながら、ときおり僕の顔をみてうなづいていた。

「考古学はアンモナイトとか恐竜とかは扱わないの?」

「あくまで人間の過去の行動を追っている。『人間とは何か?』って哲学命題の延長だ。そっちを発掘するのは古生物学だよ。目的が違う。まあ、根っこが『博物学』と『地学』というところに共通点があるから、研究方法は同じだけどね」

学校に行けば講義受講以外、雫と時間の許す限り一緒にいた。いくつかある十階建でひょろりと伸びた校舎は、地下から二階までが学食と生協になっている。二階はバルコニーで、二人はいつもそこに座った。会話しないとき雫は僕の指ばかりを眺めてばかりいる。男にしては細く長いからだという。

「まるでピアニストみたい」

窓越しは桜の花が咲いていた。雫は珈琲フロートを注文した。色白で長い髪。ピアノを嗜むがマンション住まいなので、ヘッドホンをつないだ電子ピアノで練習している。僕と共通するところといえば細く長い指だ。僕はスケッチ・ブックを取り出して雫の肖像を何度も描いたものだのだけれども、雫は疑問を口にした。

「涼介さん、いつも私を描いてくれるけれど、ヌードを描いてみたいと思わないの? 私ならかまわない。というか、ぜひ描いて欲しい」

ときどき珈琲フロートを口にしながら絵筆をとっていた僕はむせた。裸婦というのは少し太めの女性が絵になる。見た目に綺麗な雫は裸婦絵画に耐えられない。言葉を悪くすれば貧相なのだ。とはいえ痩せた女性は、ボリュウム感のあるコートなどの冬服を羽織ると見違えるほど映える。そういう意味で雫は素晴らしいモデルであった。

  ☆

大学卒業後、ポモリ教授に会うため久しぶりにキャンパスを訪れた僕が、バルコニーのある二階の席に座って外を眺めたとき、窓越しから穏やかな陽射しが差しこんでいた。自分たちによく似た二人が指をからめじゃれ合っている。

(そんなこともあったな)

ときどき、鬱陶しくも感じたものだが絵筆をとめると雫が、僕の手を眺めたり弄んでいたことを思い出し笑みをこぼす。

周囲は学生たちで溢れ喧騒に包まれている。卒業したての若者のところだけが時間を止めているようだった。雫と初めて交わしたセックスも桜の花が絨毯をつくる季節だった……。


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