伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第15回/方舟のファイサル
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第15回/方舟のファイサル


が改まった一九八九年一月――

七日、昭和天皇が崩御され、翌八日をもって今上天皇の即位となり、年号が平成になった。のちに首相となる小渕衆議院議員が、「天平らかに地成る。地平らかに天成る」とテレビ画面で真新しく書かれた墨書を示し、平成時代が始まった。

冬休みが終わり、僕は後期試験のためUターン。試験勉強の合間の息抜きで、ちょとしたデートをしてみた。恋人の雫が棲むマンションから地下鉄に乗って東京新宿へいく。どちらかというと雫は、劇場なんかがある小洒落た下北沢を好んだのだけれども、山だしの僕には、故郷の田舎町によく似た闇市の風情を残す新宿西口商店街が慕情を誘うのでその人を食事に誘った。

 「思い出横丁」という狭い歩行者専用路に沿った、広さ数畳しかない店舗が建ち並ぶ食堂街があり、店の一つに入る。広告の裏白地を利用して、モツ煮、卵焼き、鮭の焼き魚、という具合にマジックで品書きしセロハンテープでベニヤの壁板に貼っている。

夕暮れで、サラリーマンの客たちが、ぽつぽつと入ってきた。雫は御飯と卵焼き大根おろしを頼んだのだが、僕は見馴れないメニューに目が行き、カウンターの向こうにいる温厚そうな親仁に頼んでみる。

十歩もいかぬうちに渡りきるであろう狭い舗装路の向かい側にあるトタン小屋から、酔った勢いで老店主にからんでいるのがきこえたかと思うと、えらい剣幕でいい返され客が逃げていくのがみえた。

長箸を手した親仁が炭火網で切り身にした魚をひっくり返したとき、シャツにネクタイをつけた中年客に、「あそこの親仁は短気でいかん」といって苦笑する。

「うわあっ臭い」

通りかかった小学生たちが悲鳴を上げて逃げ、ネクタイの客も顔を見合わせていた。

「くさやの干物だ。酷い匂いだけれど美味いんだ」

連れにいっている。

「ほんとにもう!」

滅多に怒らない雫が珍しくご機嫌斜めになってくるのが判る。黒焦げの焼き魚が四角い中皿に載せられて前にだされ、申し訳なく思いつつ箸をつけた。

帰り。地下鉄電車に乗り込むとき、服が臭いにこびりついたブラウスの袖に雫が鼻をやる。口をきいてくれない。部屋まで送ってやったのだが、デートの帰りにいつもやる口づけと抱擁はお預けになった。

  ☆

十年後である一九九九年十一月二四日。出張で滞在したビジネスホテル食堂で、「思い出横丁」に火災が発生したことを報じるテレビのニュースを視た。雫と行った店や街並みはもう存在しない。
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