伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第14回/方舟のファイサル
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第14回/方舟のファイサル


十二月――

冬休みに入り、クリスマスイブを雫と過ごし、それぞれの実家に帰省した。携帯電話はまだなく、もっぱら公衆電話ボックスから、一日一回、彼女と連絡をとったものだった。

冬休みに入り、クリスマスイブを雫と過ごし、それぞれの実家に帰省した。一日に一度は彼女と電話した。

「アルバイトするんだったよね?」

「うん、宅配便のね。仕分けしてトラックに積み込むんだ」

田舎町で夜通し開いている盛り場の店は皆無だ。ファミレスも十二時を待たずして閉まってしまう。そんな時代だ。僕は、タオルで肩の雪を拭いながら店の階段を昇った。故郷でしていた短期アルバイトの帰りだった。ジャケットを着て、手さげ鞄を持っていた。終電に乗る前に、ココアでも飲んで身体を温めてから帰ろうと思ったからだ。

胡椒の効いたジャーマンポテトが売りの「じゃがいも」というパブ喫茶があった。終電前の酔い覚まし客が来る、この町としては瀟洒な店だった。二階建てで、一階は厨房とカウンター席、二階の階段を昇っていくと、ほぼ総板張りになっていることに気づく。壁、床、天井、板材は燻されていて黒い。ライトはランプを模しているようであり、オレンジ色の光を放っている。店内は西部劇のシネマセットのようだ。ジャズレコードを絶えず流している。

磐城というところは、東北といっても最南端で太平洋側の町だ。雪は春先のどか雪を除けば滅多に降るものではない。珍しくその日は雪が降っていて、窓枠に白いものが積もっている。

店に入ると、まるで先導するかのように、先客が歩き、四人掛けのボックス席に座った。三十くらいの男で細面、眼鏡をかけている。テーブルの上には珈琲がすでに準備されていた。

待っていたのは、長い髪を腰まで伸ばした切れ長の目をしている若い女性だ。ジャケットを脱いで席の脇に置いている。男がくる前に注文していたようだ。

(真希さん……)

その人は、ランプ先生の娘さんで僕には姉のような存在だった。眼鏡の男がいった。

「待った?」

「五分かな」

背の高い細面の青年だ。眼鏡をかけている。コートを脱ぐとスーツ姿になった。席に着くと同時に、店員がマンデリンを二つテーブルに並べた。青年は数秒それをみつめた。

「いま、同じのを注文しようと思っていたんだ。何かいいと思うよ。そういうの」

真希さんは微笑んで珈琲を口にした。

「受け取ってくれないかなあ?」

小さな箱を出す。中には婚約指輪があった。

「悪いけど受け取れない。待っている人がいるようだし――」

数分間の沈黙があった。

先に口を開いたのは眼鏡の男だった。

「本当に、何でも判ってしまうんだな。悲しいよ。幸せに出来るのは俺くらいだとうぬぼれていたけど、やっぱり駄目かな? その娘に今から、別れるって電話をしても?」

「駄目みたい」

「そうか。今まで俺を理解してくれてありがとな」

眼鏡の男は、珈琲を飲み終わると、階段を下りて店を出た。

真希さんは僕がいたのに気づいていた。

「ねえ、涼介君。久しぶりに描かせてくれない? 君の鞄には小さなスケッチブックが入っているよね? 私を描いて……」

「はい」

ランプ先生と同じ油絵具の匂いが微かに漂っている。

事情はおよそ察することができた。眼鏡の男は真希さんの同僚で中学教師だ。彼女と交際していながら、別にいい仲の女性ができた。真希さんとは同じ職場だから世間体もある。それで男は結婚を申し込んだというのだろう。

僕が席につくと、真希さんも携帯しているスケッチブックを取り出してデッサンを始めた。彼女を描くのは一年ぶりだった。十年以上彼女のそばにいたというのに、どうしていままで気づかなかったのだろう。モネの『睡蓮』のような光の連鎖。ポモリ教授とパリジェンヌのような魂の共鳴。身体こそ触れ合いはしなかったものの、そういう関係にあったのだ。僕は気づいてしまった。だから最後だ。

(雫と生きるのだから……)

二人は、終電の時間になるまで、お互いを描き続けた。顔は誰でも描ける。手には豊かな表情があり、稚拙か否かはここをみると判る。真希さんの指は長くしなやかで、4B鉛筆をスケッチブックに、さらさら滑らす音が心地よい。窓枠の雪。その向こうに外灯に照らされた白い街路が望めた。


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