伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第12回/方舟のファイサル
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第12回/方舟のファイサル


週末、僕と赤城は、映画『アラビアのロレンス』のリバイバルを新宿に出かけた。雫も誘ったのだが体調が悪いとのことで、けっきょく野郎二人の観覧となった。帰りは、寮のある小田急線生田ではなく多摩センター駅で降りた。駅からバスで5分ばかり行ったところに赤城のアパートがあり、一泊することになったからだ。

多摩センター駅構内を歩くと、小洒落たフランス風のベイカリーがある。ガラス越しに椅子とテーブルがみえ、食事ができるのが判る。そこに音楽家ポール・モーリアによく似た口髭の紳士をみかけた。

「ポモリ教授だ」

挨拶をしようと店内をのぞいたところ、年若い女性店員と話し込んで楽しそうにしている。そこは気をきかせバスに乗った。

週明け、僕は例のごとく、大学の講義受講のあと、雫とバスを待ち合わせるため、「めらんこりい」に入った。マダムが、「いらっしゃい」と声をかけた。奥には赤城、そしてポモリ教授が先客でいる。音楽家ポール・モーリアによく似た口髭の教授は、ズボンのポケットから蓋のない懐中時計をとりだした。

教授と赤城の隣りには、みたことのある顔があった。そう、ベイカリーにいた女性店員だ。若いというよりは幼く高校生くらいだ。ポモリ教授は、パリジェンヌと呼んでいて、「ガールフレンドです」と紹介した。パリジェンヌが僕にいった。

「一目で判りました。田村涼介さんですね。教授からお話しをうかがってます」

「えっ?」

ポモリ教授とパリジェンヌは親子以上の年齢差があり、しかも未成年ではないか。肩のところで切りそろえた髪。深緑のベレー帽を被って、淡いピンクのネクタイを締め、ジャケット帽子と同じ色のジャケットを羽織っている。

パリジェンヌのご両親は離婚して母親は再婚。いまは、やもめになった父親と、下の弟二人と一緒に暮らしているのだという。高校は定時制にし、ベイカリーで働いているのは、将来は職人となって店をもつのが夢だからだ。

(この子にはヴィジョンがある。凄いことだ!)

浮き雲のような僕には目から鱗で、教授が好きになるのも無理からぬことと思った。

教授は、若いとき生活のため映画界で脚本を書いていた時期がある。教授にいわせれば、 「綺麗な風景のところに、美男美女を連れてって、くっついたり、離れたりさせるだけでいいのですから、楽な仕事でした」 とのことだ。

僕たちは話しを訊いて大笑いした。 

教授は余暇に絵本をかく。挿し絵画家は、たまたま目にした外国の雑誌にあったスイス人を登用した。水彩画で、少し抽象画がかっている。話の筋は、鳥と猫がいて仲良しになる。ある日、鳥はかすみ網にかかってしまう。猫は人間が捕まえる前に、爪や牙で網を破って友人を逃がしてやるというものだ。

教授はパリジェンヌのために気の利いた曲をいくつかプレゼントする。そんなとき、なにかインスピレーションを感じているようだった。

学校帰りの雫が顔を出した。雫を交えて僕らは歓談し、バスが来たので先に店を出た。いつものようにバスは満員だった。僕は雫を庇うように擦り皮に捕まった。

「ねえ、涼介さん。教授はガールフレンドだっておっしゃっていたけれど、あの子、娘さん? まさか不倫?」

「少し違うみたいだ。ちょっと業平に似てる」

ポモリ教授とパリジェンヌは、馴れ馴れしい間柄ではなく、年齢の離れた気の合う異性の友人というふうに映った。古典『伊勢物語』の主人公とされる在原業平は「色好み」の典型だという。僕は在原業平と教授を重ね、雫に業平の話しをした。皇統の正統でありながら、政争によって一介の貴族となったその人は、皇后や東国をさすらって都に戻り、皇女と恋に落ちる。ただのプレイボーイではなく、和歌に通じた芸術家で、友誼に厚い。思いやりのある文化人として描かれている。

雫がいった。

「ポモリ教授とパリジェンヌは、変な関係じゃなくて、アートな感性が共鳴し、高めあっているんじゃないのかな。モネの『睡蓮』みたいに光の連鎖があるように思えるの。私たちもそうなりたいね」

雫が日を追うごとに堪らなく愛おしく感じる。僕は彼女の肩を抱いた。

お返しに耳打ちされる。

「週末のデート先、明日までに考えておいてね」

「判った」

小田急線生田駅で僕は降りた。出口のところで雫が手を振っている。ドアが閉まった。ホームから、パールホワイトの車体に青い横線を走らせた車両が駆け抜け、小さくなっていく。夜空には丸い月があった。
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