伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第10回/方舟のファイサル(第1章完結)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第10回/方舟のファイサル(第1章完結)


丘の上の大学を下ったバス停前の喫茶店「めらんこりい」。そこの十字路を横切った向こう側は民家が点在し、大半が畑作地になっているが、店舗の建設予定地になっていて、平安時代の集落遺跡がある。僕らは、「めらんこりい遺跡」と呼んだ。

夏休みに、史学科の学生たちがかりだされて調査を行うことになった。僕や同期の赤城なんかも参加した。

発掘調査の方法は地域や地点によって若干異なる。関東地方の比較的乾いた台地地形では、概ね地山である「赤土」こと関東ローム層の上面をもって遺構確認面とする。地山というのは自然に堆積した地層のことをいい、遺構というのは、これを掘り込んだ古代の構造物のことをいう。集落跡での構造物といえば、調査の主体は、もっぱら竪穴住居となる。

調査の第一段階は表土排土だ。スコップや、鍬に似た農具のジョレンをつかって、「赤土」表面まで平らにする。すると「黒土」が詰まったしみがみつかる。遺構の外枠だ。四角くて大きなものは竪穴住居跡、小さな円形のものはゴミ捨て場や墓穴、柵や、倉庫の柱跡だ。

調査の第二段階となる遺構の発掘は、内部に詰まっている「黒土」を外に掻きだす作業といえる。

その際、覆土の堆積状況を調べるため、土層観察用ベルトというのを設ける。遺構の真ん中に、帯状に削り残すものだ。鎌などを使って、垂直に落とした観察面をカンナがけするよう整え、土層堆積状況を釘でなぞり線引きする。

平行に堆積したものや、黒い覆土にボール状にいくつも乱れているものは人為的に埋めたもので少しレアだ。大半は中央がレンズ状にたわんだ形になる。そこまでは、「レベル」という水平を測る望遠鏡のついた機械を使った作業をする。細い鉄棒「ピンポール」を、土層観察用ベルトの両端に立て、水平に張った水糸から何センチ下がったか、というところで方眼用紙に測点を落とし、線を結んで土層図にする。

それが終わると、「完掘」といって、土層観察用ベルトを取り払う。すると、当時の床面やら壁なんかが出てくる。そこからは「レベル」に加えて「平板」が活躍する。三脚の上に板を載せた、平面形を描くための測量器材だ。「平板」設置点から、測点までの距離をメジャーで測り出し、測点を結んで線を描くと遺構平面図になる。



「めらんこりい遺跡」の調査で僕は重宝された。というのは絵が描けたからだった。絵心があるか否かで作業スピードは大きく変わる。例えばカーブを描く場合、測点を五つ落とすところを一つで済ますことができる。五倍速の作業効率だ。僕は赤城を相棒にして、先生や先輩が指示した遺構図の全てを手がけた。

ときどき、雫が弁当を持ってきてくれた。教育学部に在籍しているので発掘には参加していない。彼女がくると周りは冷やかしたものだが、そういうところは平気なようだった。発掘参加者に、ときどき菓子やら飲み物も差し入れしてやったので、いつの間にやら人気者になっていた。赤城もときどき、握り飯をもらい、僕らと並んでベニヤ板を切り出した長椅子に座って昼食をとったものだ。このとき、夜の街で風を切って駆け抜けるファイサルが話題になった。

「赤城、ファイサルって何者か判ったか? アラビア系のようだけど……」

「噂によるとレバノン人みたいだな。大富豪のご子息ってやつだ」

「レバノン? 中東の? イスラエルによく襲れる小国か?」

「そうだ。表向きは都内にある大学の留学生だ。裏では、顔役っていうのとは少し違うけど、東京一帯にいるアラブ系露店商なんかを世話してやっている。カリスマだ。日本に来る前は、地元部族を率いて、祖国に侵攻してきたイスラエルの戦車を一両ぶんどったこともある聖戦士『ムジャヒディン』なんだとか。ヤンキー小僧なんか歯牙にもかけない。ヤクザですら道をあける。その筋じゃ、『方舟のファイサル』って呼ばれている。まっ、俺たちが関わることじゃないよな」

「方舟」というのは、乗っているBMWのサイドカーが方舟にみえるからなのだそうだ。だがなぜか僕は、『旧約聖書』にでてくる「ノアの方舟」を連想していた。

「方舟のファイサル……」

話を訊いていた雫がつぶやいた。
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