伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第7回/方舟のファイサル
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第7回/方舟のファイサル

上野駅を降りて映画館のある商店街の坂を横にみながら、「上野のお山」と呼ばれる丘を登りきったところに、博物館やら動物園といった施設が立ち並んでいる。「国立西洋美術館」はそこの入り口あたりにある。

正門をくぐると、『地獄の門』『考える人』といったブロンズが目に飛び込む。特別展展示場のある一階をみてから、階段を昇って上に行く。二階には、明治の富豪松方幸次郎が収集した美術品が展示してあった。戦時中に敵国財産としてフランスが差し押さえていたものを、戦後に日本に寄贈したものである。『松方コレクション』だ。

コレクションの一つに一九一六年にクロード· モネが描いた油彩画『睡蓮』がある。カンヴァスは約二メートル四方ある。近くでみればピンボケした写真のようで精緻という言葉からは程遠い。それが一歩、また一歩と退いてみるとどうだ。青をベースとした色彩が陽炎のようにゆらめきだすではないか。僕は雫に説明した。

「印象派の絵は、コントラストをつけるのが特徴で、描きたい対象を克明に描き、両側の建物や木立を、真黒くしたり、逆に真っ白にして際だたせるんだ。ただ、印象派ではあるけれど、モネの『睡蓮』はというと、個々の花を明確に描くのではなくて、空気の色、光の連鎖を重視している」

雫は壁に並ぶ名画を食い入るようにみつめた。

「空気の色……」

雫は何ごとかひらめいた様子。美術館のゲートを出たところでデートは終了した。やれやれだ。



夏休みに入った第一週に、僕らは高崎駅から信越本線で軽井沢駅に向かった。いまでこそ新幹線の開通によって寸断されてしまったが、当時はローカル線でも群馬県から長野県に行くことができたのである。列車は、途中、横川駅で専用の電気機関車EF63に連結された。これに牽引されなければ、国境の碓氷峠を越えることはかなわないからだ。駅でしばし待つ。プラットホームを弁当売りが車窓のところに来た。

「ここの駅弁って釜飯で有名みたい。素焼きの釜に入っているんだって。ガイドブックに書いてあるわ」

(げんきんなものだな)

こないだまで半べそをかいていた雫が笑っていた。

牽引された列車が軽井沢駅に着く。街路樹は紅く色づいていた。コンサートホールは、アールデコ様式の二階建ての洋館のある敷地の地下に設けてあった。資産家の別荘で、ピアニストたちは良家の子女たちで、客はその親族や友人が多かった。

雫は青いドレスに着替え、まるで異国の姫君のよう。細くしなやかな指が鍵盤を弾じ、得意とする「韃靼人の踊り」を奏でだす。

僕はつぶやいた。

「そうだ。空気の色、光の連鎖を表現するんだ」

絶妙な和音で余韻を残すようにしていた。

後ろの席で聴いていた僕は、鳥肌が立つような感銘を受けた。ふと横をみると、どこかであったような初老の紳士の姿があり気になった。音楽会が終わったとき、雫にその話をした。

「父よ。壇上からみえたわ」

雫は大半の時間を母親と過ごしてきた。父親である紳士は言葉を交わさずに帰ったのだ。娘は喜んでいるようにも、悲しんでいるようにも映った。
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