伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 車掌車/恋太郎白書154(掌編)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

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車掌車/恋太郎白書154(掌編)

 

昔、恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は指をさして恋太郎と呼んだ。花や紅葉が、はらはら、と漂う、そんな若者だった。


掌編恋愛小説群
恋太郎白書
第154回 車掌車


ランドセルを背負った少年二人が車掌に切り出した。

「ああいいよ。ただし運賃を頂くことになるけどな」

「おおっ!」

悪童たちは何ども車掌にお辞儀した。



コッペルという名をご存知だろうか。ドイツの地方都市の名前を冠した会社の名前の機関車だ。大型のものもあるのだけれども、『白雪姫』に出てくるドワーフのように小ぶりなイメージがある。一九一三年に製造された一号車なんかはその最たるものだった。かつて炭鉱で賑わった東北南端の町には、ドイツからやってきた『彼』が、鉱山とターミナル駅を結んでいた。

この地方では雪というものがほとんど降らない。晩秋で終わって、いきなり春になる。そんな感じがする。正月明けの週末、恋太郎と愛矢は小さな冒険をした。

くすんだ瓦。木造の駅舎。遠くには、坑道から山頂に向かってトロッコが築き上げたピラミッドのような禿山がそそり立っている。ズリ山だ。高さ百メートルほど。かかった歳月も百年だ。

ホームに停車した車両は先頭のコッペル一号車、十両が編成された貨物車、そして最後にあるのが車掌車だ。すべてが黒く塗装されている。恋太郎と愛矢が、車掌車に乗り込んだ。安全システムが向上した現在でこそ見られなくなったが、一九七〇年代までの貨物車には必ずついていた。中はちょっとした事務室で、机や椅子が置いてあった。車掌は二人を長椅子に座らせた。

汽笛を上げた機関車は、一度鈍く大きくガタンと音を立てた。それから規則的な小さい音をガタゴト鳴らしてレールを走り出す。車窓からは、五世帯を収める木造平屋の炭鉱長屋の街並みが見える。砂利を敷いただけの道路が線路の傍を並走している。

夏井川の支流である新川という小さな川が流れていて、蛇行するため、列車は三度ばかり、鉄橋で渡ることになる。第一の鉄橋を渡った。工場があり、小学校や病院が丘の上に立っているのが見える。そこを抜けると、百姓屋敷の集落や田畑が続く。短いトンネルをくぐる。すると、びっしりと谷間の斜面にまで軒を連ねた炭鉱町が姿を現す。映画館や居酒屋といった歓楽街、駐在所、消防署、病院、小学校まである。

黒い噴煙を上げたコッペルは何度も汽笛を上げる。陽気に笑っているかのようだ。

炭鉱の坑道はいくつもあって、そこから地下から湧き出る排水を川に流す。川は魚が棲まないほどに真っ黒になっている。実のところをいうと、この排水というのは温泉水で、尾根の傾斜には、ところどころに穴を掘って露天風呂にしている。そういうところは、「クマミ温泉」という俗語があった。

「クマ」というのは動物ではない。女性の秘部をさす。年を取った車掌が、「見ろよ」と指をさした。剥き出しとなった尾根の上に、裸の女たちが立ってこちらを眺めているではないか。二人の少年は真っ赤になって下を向いた。

十分ばかり谷川沿いを走った列車の旅の終着駅は、工場のようなところだった。高さ10メートル奥行き五十メートルはあろうプール状の施設がある。地下から上がってきたトロッコは、砂岩と石炭が混じった砕石を落とす。底には複数の小窓があって、滑り台から、作業員が並んでいる選炭場に、少しずつ落として行くのだ。



月日は巡った。大学進学のため恋太郎と愛矢の二人が上京し、卒業後に故郷を訪れた。炭鉱は閉山となり、路線からはレールが撤去されている。映画館・病院・駐在所なんかも取り壊されている。あの禿山は樹木が茂って森になり、あれほど黒かった川にはカワセミや白鳥まで来るほどに澄んでいる。

小春日和の正月。大人になった二人は、始発駅から終着駅まで、コッペルの路線を歩いてみた、小瓶に詰めたスコッチで、ときどき身体を温めながら。


【登場人物】
恋太郎/失恋の天才児。高校生。
愛矢/恋太郎の悪友。
麻胡先生/科学者。教師。後に宇宙飛行士となり、恋太郎と結婚する。

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