伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 窓枠の雪/恋太郎白書149(掌編小説群)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

窓枠の雪/恋太郎白書149(掌編小説群)

昔、恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は指をさして恋太郎と呼んだ。花や紅葉が、はらはら、と漂う、そんな若者だった。

掌編恋愛小説群
恋太郎白書
第149回 窓枠の雪


田舎町で夜通し開いている店は皆無に近い。ファミレスも十二時を待たずして閉まってしまう。そのくせ、狭い路地に軒を連ねた店先に、スーツを着た若衆が立っている。盛り場のネオンばかりは、夜が明けるまで消えない。そんな時代だ。

胡椒の効いたジャーマンポテトが売りの「じゃがいも」というパブ・喫茶は、終電前の酔い覚まし客が来る、この町としては瀟洒な店だった。二階建てで、一階は厨房とカウンター席、二階の階段を昇って行くと、ほぼ総板張りになっていることに気づく。壁、床、天井、板材は燻されていて黒い。ライトはランプを模しているようであり、オレンジ色の光を放っている。店内は西部劇のシネマのセットのようだ。ジャズレコードを絶えず流している。

正月。東北とはいっても最南端で太平洋側の町だ。雪は春先のどか雪を除けば滅多に降るものではない。珍しくその日は雪が降っていて、窓枠に白いものが積もっている。

四人掛けのボックス席があって、テーブルと椅子がある。そこに、若い女性教師が座った。長い髪を腰まで伸ばした切れ長の目をしている。ジャケットを脱いで、席の脇に置いていた。店員が来たので珈琲を二つ注文した。五分遅れて同年輩の男がやって来た。

「待った?」

「五分かな」

背の高い細面の青年だ。眼鏡をかけている。コートを脱ぐとスーツ姿になった。席に着くと同時に、店員がマンデリンを二つテーブルに並べた。青年は数秒それをみつめた。

「今、マンデリンを注文しようと思っていたんだ。何かいいと思うよ。そういうの」

その人は微笑んで珈琲を口にした。

「あのさあ、麻胡。受け取ってくれないかなあ?」

小さな箱を出す。中には婚約指輪があった。

「悪いけど受け取れない。それを待っている人がいるようだし」

数分間の沈黙があった。

先に口を開いたのは眼鏡の青年だった。

「本当に、何でも判ってしまうんだな。そういうのって悲しいよな。幸せに出来るのは俺くらいだとうぬぼれていたけど、やっぱり駄目かな? その娘に今から、別れるって電話をしても?」

「そうみたい」

「そうか。今まで俺を理解してくれてありがとな」

青年は、珈琲を飲み終わると、下りて店を出た。途中、階段で、タオルで肩の雪を拭いながら階段を昇ってくる高校生とすれ違う。青年よりも、さらに細い。冬休みのアルバイトの帰りで、ジャケット姿で、手さげ鞄を持っている。終電に乗る前に、身体を温めてから帰ろうというのだろうか。恋太郎は飲みかけのカップをみつめている麻胡先生をみつけて素っ頓狂な声で、名前を呼んだ。

「ねえ、恋太郎君。鞄にはいつも小さなスケッチブックが入っているよね? 一枚描いてくれないかな? 報酬は弾むわよ」

「え? え? いいんですか? 御代? そんなのいりませんよ。スケッチブック全頁に描いてプレゼントしますよ」

席に就いた恋太郎が麻胡先生のスケッチを始めた。やたらに手早い。瞬く間に一枚描いた。二枚めになったときに、注文客でモデルでもある女性がつぶやいた。

「運命って、逆らえないものね」

「何かおっしゃいました?」

「独り言よ」

スケッチブックの画用紙は三十枚あった。恋太郎は嘘をつかない。閉店までに全部を描きつくして、その人に贈った。報酬はケーキと珈琲だけだったのだけれども。

窓枠の雪。その向こうに外灯に照らされた白い街路が望めた。

【登場人物】
恋太郎/失恋の天才児。
麻胡先生/高校時代の化学教師。化学者。宇宙飛行士となり、恋太郎と結婚する運命の女性。

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theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

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