伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 火車2/2
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

火車2/2

火車2/2

 夢のような日々は十年続いた。ある日男は昔板あばら家に寄ってみたくなった。
書生一人を伴って行ってみると、空き家になって荒れてはいたが原型をとどめてはいる。近所の人に、自分を覚えているか訊いてみようとしたが知る人はおらず、こう答えた。「宮廷闘争「武偉の乱」のとばっちりで市街戦となり、昔からいた人々はどこかに行ってしまったよ」と答えた。

 
しばし郷愁に酔い家路につく。屋敷の蔵は十余を連ね、内院には大きな池があり、全国の奇石を集めた豪壮な造りとなっている。屋敷に戻った男は例の帳面をまた開いてみたくなった。帳面は書類箱に厳重に収められている。蝋燭の灯かりに数頁にも渡って書き綴られた氏名の末行に自分の名前が当たり前のようにある。

 男は思った。

(貧乏だった自分というのは夢で、金持ちの自分が現実であったのだなあ)

 
安堵感を覚え、急に眠くなり、老いというものを知らぬ幼顔の細君が先に休む寝台に潜り込む。翌日、遅くに起きた男は蒼白になった。昨夜、箱に戻さず書斎の卓上に置きっ放しにしていた帳面がなくなっているからだった。細君に訊くと、書生の若者に命じてごみ穴に捨てさせたのだという。掘り起こしてみたがそこにはない。

 男はこうも思った。


(もしあの帳面が誰かに拾われて、帳面の最後に名を連ねたとしたらどうなるのか? この家も、美しい妻もそいつの手に渡るのだろうか? 

 ということは妻は自分以前に、百を超す夫を持っていたことになる。

 「古くてみすぼらしい帳面だから書生に捨てさせた)といっていたのだが、実は、《古くなってみずぼらしく感じた》のは俺に対してではないのか? だから俺を捨てたくなったのではないのか?)


 そんなことを自問自答しながら、ふらふらと歩いているうちに、東市にあるこの居酒屋にたどり着いたのだという。


 李白と魏は男の不思議な話を訊いて少し押し黙ると、やがてこう答えた。

「面白い話だ。あんた戯作者になれるよ」


 戯作者とは芝居の脚本家のことだ。震えていた男は二人の男の言葉に腹が立った様子で、「他人事だと思いやがって」と卓上を叩く。呂律が回らない。


 そこに例の若い書生が現れた。


「旦那様、お迎えに上がりました」


 李白は笑った。


「ほれみろ、あんたの思い過ごしだったんだよ」

 男は安堵の息をつく。若者は酔い潰れた主人に肩を貸し、居酒屋の外に停めてある馬車に乗せる。見送りに出た李白と魏はそこでとんでもないものを目撃してしまった。

 書生が、馬車の御者の席に座った途端、頭から角が生え、馬車が炎に包まれた。それが勢いよく駆けだして宙に舞い上がり闇夜に吸い込まれて行くではないか。


 蒼白になった詩人と長安の名士は居酒屋に戻る。魏が李白の杯に酒を注ごうとするのだが震えてこぼしてしまい、相手の手にかけてしまった。


「李白殿、あの男そのものが酒に酔うたわれらの夢ではなかったのではあるまいか?」


「まあ飲まれよ、魏殿。酒あればこその人生だ」


 李白は、かか、と無理に笑い、震える魏の手から徳利をひったくると、すかさず酒を注いでやるのだった。




 玄宗皇帝に仕えた李白は三年で解雇となり、手切れ金を賜り放浪の旅に出た。途中偶然、洛陽の居酒屋で杜甫と知り合う。詩仙と詩聖の交流は、大戦中に活躍したドラムを叩く詩人、聞一多をして、「太陽と月が出会った」と形容される。

 長安の名士魏については李白追放の後、行方が判らない。というのも、玄宗の寵臣にして楊貴妃の養子である安禄山が、楊貴妃の兄である楊国忠と権力闘争を行い、旗色が悪くなって反乱を起こす「安史の乱」。この戦闘に巻き込まれたのだろうか。

 玄宗は、乱の責任をとって息子に譲位。四川に落ち延びる途中、兵士が怒って、

「かかる事態になったのは、陛下が楊貴妃を溺愛するあまり、妃の兄、能なし楊国忠を宰相になどするから国が乱れたのです。二人を始末しない限りお供は願い下げです」


 というのでやむなく二人を処刑。乱が収まり長安に帰国するものの孤独のうちに没する。


(稿了)



☆1999年作品に手を入れました。

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