伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 いわきへ
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

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いわきへ

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2011年3月20日日曜日現在、福島県いわき市におります。昨日午後の到着です。

茨城県北部で被災し、ライフラインが遮断されたこと、仕事が片付いたことから、仕事先の資料を届ける目的もあり、千葉へ避難。そこで食糧・ガソリンを調達、帰郷するまでの日誌です。劣等生とはいえ史学をしていた者として、被災直後、南北200キロで見聞した日誌を残そうと思います。



9日水曜日 晴れ

茨城北部の滞在先社宅アパートから現場に通常勤務する。一週間以上凶夢をみる。この日深夜、「瓦礫を片付ける人の群れ、多数の犬の死体」の夢で目覚める。また寝なおすと、「実家の家の裏にあった薪小屋(元の犬小屋)が壊される」夢。余震あり。


      
10日木曜日 晴れ

茨城北部の滞在先にて通常勤務。胸騒ぎ。余震あり。

11日金曜日 曇り

茨城北部の滞在先にて通常勤務。薄氷が張っていた。

14時46分、東日本大震災。マグニチュード8.8。提携会社の社長がカーラジオで知らせる。津波予報10mと知らせる。
鉄板撤去中、普段は通らない道なのに車両が多数通過。電気停止。遮断機下りたままとのこと。通行車両ドライバーのクレームを受ける。

帰宅後、福島県の実家、家内のいる実家に電話するが不通。滞在先アパートライフライン停止。通信不能。

コンビニで調達可能だったホワイトデーチョコレート千円相当の箱詰め、コアラのマーチ(クラッカー)、水2Lを購入。品薄である。停電でレジが使えず、店長以下店員が電卓で勘定する。

冷蔵庫のトースト1斤と2枚、卵10個、ベーコン5枚、玉ねぎ半個、海苔2袋、米2合、パスタ2食分を確認。当日はトースト×2、水200CCをとり睡眠。

21時、目が覚める。携帯は不通。一時間ほどPC回線(Eモバイル)通信可能となり、ネットで被災状況を動画で視る。故郷いわき市にある小名浜港の津波の状況を知る。メールを千葉の会社、群馬県の家内、福島県の母に無事を送信するが、相手の連絡が来る前に回線が再び不通となる。

余震著しく続く。壁3面に横亀裂確認。20センチ横に動いた痕跡をみつける。キッチンとダイニングをつなぐ通路入口にあった珈琲メーカーのコードが壁の内側20センチにもぐりこんでいる。まるで壁と床の隙間から頭としっぽを出した蛇のよう。



同日
20:53:51、友人たちに宛てたメッセージ

皆さん、御無事ですか。

現在、茨城におります。

都市機能はマヒし、信号はつかず、踏切遮断機は下りたまま。電気・水道・電話といったライフライン停止。ドラックストア玄関が破壊。パソコンバッテリーが生きており、Eモバイルが復活したので皆様におしらせ。


おととい夢で、見知らぬ犬が瓦礫の街の中で多量に死んでいるところ、実家の犬小屋が倒壊しているところを夢でみました。老いた親族が何人か死ぬ夢と考えていたところ、こういう結果だったとは……。

では電池節約のため、いったん切ります。



12日土曜日 晴れ

朝、部屋の前で、食器を浸していた水を洗面器に移し、手を洗っていると、挨拶程度の付き合いしかなかい同じアパートの住人が、カップ麺をアウトドア用のコンロで温めるから食べないか?と進めてくれたが、2日分の食料は備蓄していたため、好意は感謝しつつ断った。

群馬県の家内から電話。福島県の実家にいる母から無事の知らせがあったとのことづけがある。

通勤時、コンビニ前では行列ができていた。貯水池に飛来していた白鳥が姿を消している。


日中は、通常勤務。

午後から滞在先アパート片付け。18時出立、20時、石岡市には明かりがあった。そこで会社社長に千葉に第2回メールを送る。先方からの安否を気遣うメッセージ届く。


しばし光が途切れるが、土浦市でまた街明かり。バーミヤンがやっている。闇になれていたので別世界にきた感じがした。月から地球へ帰還したパイロットはこういう感覚か。


10時、会社近くにある、居処とするアパートに帰宅する。



 同日20:14:22 友人たちに宛てたメッセージ

お励ましのお言葉に感謝いたします。

電気が停まると電波塔が機能しなくなるようで、
千葉県にむかって避難中です。

昨日夜9時ごろ、一時Eモバイルがつかえたのですが
またすぐにだめになりました。朝方群馬県にいる家内から連絡があり、福島県いわき市にいる家族の無事を知りました。そこで電波が不通。

日中。余震で宿舎アパートの壁、前と後ろに亀裂が走ってました。でも日中は遺跡でお仕事してました。無事完了。撤退中。

サークルの雨宿さんは
仙台の方だけれども無事かなあ。



13日(日) 晴れ

朝、荷物を会社とアパートに降ろす。コンビニに行く。食料は少ないが茨城北部よりはマシだ。カレーパンを買って食べた。


提出資料の作成を始める。


家内、従弟から電話がある。元の職場友人からメール。ネット上の友人からブログサイトにメッセージ多数をいただいたので無事を知らせる内容で返信する。

同日、母からのメール

こちらは、大丈夫、何とか無事暮らしていますので、あなたは、自分の身の安全、健康に留意して、お仕事、並びに、奥さんとのより良い関係を保つようにしてください。今のところ、断水には、ちょっと参ってますが、電気は来てますので、暖をとることと、ご飯を沢山炊くことは、可能ですのでご安心を。 
 

14日月曜日 晴れ

会社に通常出勤で、資料作成。取引先とは連絡がつかない。
福島県の母から直接電話を受け無事を知る。回線が混雑していて、こちらからは連絡がつかない。福島原発3号機爆発の報道。風は北に向かう。相馬市方面が危惧されるところ。

15日火曜日 曇り

通常勤務。資料作成。取引先よはまだ連絡がつかない。各ガソリンスタンドのガソリンが完売状態。次に入荷を待つ。一時的に各店舗から、ご飯もの、パンがなくなる。みつけても、あえて売れ残ったカップ麺、菓子類を買って食べる。顔のリンパ腺が腫れた。

職場で放射能雨の風評がある。




同日、友人に宛てたメッセージ

「無事ライフラインを確保しました」

16日水曜日 曇り


夢 4時30分

地震以降は現地の仕事、安全対策用ネットフェンスを回収する夢をみていました。

今しがたみた夢。ジェット旅客機タービンのファン手前で野鳩が巣をつくる夢を観ました。

前者は単純に仕事の区切りがつくという私的なものでしょう。

後者の鳩はなんでしょうね。幸福か女性のこと?
ジェット機は計画的なことか野心的なこと? 遅く飛んでいるようでもありますが、巣をつくるくらいだから飛んでいないと判断されます。失速または停止。プライベートな夢だと思いますが、故郷福島県の原発炉心冷却が収束する方向にあると考えたいところ。

日記

千葉県中部所在の会社事務所にて。音信不通であった母からの連絡がある。給水車がこなくなり、川の水を煮沸して飲む。という話がある。物資は不足しているのではなく存在しないのだ。店舗が開いていないらしい。

17日木曜日 晴れ 

朝、ガソリン給油をしているスタンドがあるということを訊き、1時間並んで自家用車を満タンにする。

依頼人である茨城北部所在の自治体と連絡がつき、提出書類を届けるめどがつく。どうにか会社の入金の目途がつく。ピッチをあげて書類を作成する。計画停電3時30分から。手作業での作業をする。

社長が餞別をくれる。(今生の別れというわけですかねえ?)

会社のポリタンク3個を借りる。明日の出かけに、飲料水を入れて、いわきに届けるのだ。

6時、ドラッグストアで主に被災地滞在期間の食糧を買う。
ひたちなか市の叔父の家に電話してつながる。義叔母がでて、嬉しさからか弾丸のように話し出す。



18日金曜日 晴れ

朝7時、茨城県北部を目指して国道408号、江戸崎から125号、土浦から6号を使って北上。昼近くに目的地に到達。事務手続きを行う施設は10キロ離れたところに2か所あり、ほぼ用務を終了する。

意外に水曜日ごろから復興の速度があがってきたようだ。しばらくカップ麺で急場をしのいでいた付近の住民たちもまともなものが口にできるようになった様子。コンビニではトースト、おにぎりが入荷していた、私は弁当を注文した。

ひたちなか市の叔父に電話する。水には不自由してはいるが、知り合いの井戸から水を分けてもらっているのだという。食糧はなんとかなっているとのことだ。

小名浜在住の仲人の家に電話してつながる。夫人がでた。給水は滞りがちだがなんとかなっているとのことだ。

「小名浜は瓦礫の山。いわきには人がいなくなっている。閑散としたものよ。あなたのご近所に一人でいる義理の母は、千葉にいる義理の妹夫妻が迎えにきて連れて行くっていっていたわ」

水がないから水洗トイレが使えない。介護用品であるポータブルトイレを所望だが、手に入らなくて困っているとのこと。笠間市のドラッグストアでみつけ一報。いわきについたら届けることにした。

本日、現地宿舎アパートに一泊の予定。ライフラインが復旧。ガソリン以外の物資も入ってきている。明日から長期休暇にしてある。早朝に、いわき方面に向かう予定。

細かなことは明日また考える。余震がまたあったのだけれども、春のそよ風ほどにしか感じない。慣れとは嫌なものだ。



3月19日土曜日 晴れ



水戸北部の宿舎アパートにて4時30分起床。ネットをみる。宮城方面のネット上の知人みゃびん氏、自作小説倶楽部会員雨宿氏の生存の報告がある。電気が開通したのだ。

しばらくは困難になるかもしれないので風呂を沸かし入る。6時50分出発。庭の梅が咲き鶯が啼いていている。

ガソリンメーターは90パーセント残存を示している。実質は80パーセントか。現地でのガソリン調達の見通しはたたない。到着時に50パーセントは確保していたいものだ。

前日、夜遅く社長から電話で連絡がある。「津波や地震の影響で国道6号線ではなく4号線を経由して通れ」との話があり、6号線を避けることにした。まず県道105号線→52号線。出だしから何度か小さく迷う。途中ガソリンスタンド渋滞をみる。入荷予定日のようだ。

イオンモール付近から国道50号線を渡って県道52号線を北上、城里町の石塚を目指す。ここから県道61号線に乗ろうと考えた。だが道路地図が小さくて粗いこと、地震の影響による工事迂回路があり、やや迷う。役場前の交番を通りかかったので、駐在さんに道を訊く。

「国道349号線から北上し矢祭り町経由、289号線を東に向かっていわきに入るのですね? 山道は復旧が遅いし、がけ崩れによる不通も考えられます。茨城県側の6号線は復旧してますよ。渋滞はあるでしょうけれど無難です」

社長の話は情報が古い。ガソリンは節約したい。渋滞するなら、まめにエンジンを切ればいいだけのことだ。水60Lが積んであり、そのぶんのガソリンの減りもあるだろう。道が通じているのなら迂回路は避けたいところだ。

県道61号線を東に向かうが久慈川のところで橋が不通になっている。やむなく堤防沿いの道を東に移動。県道62号線の橋も不通。さらに東に向かう。どんどん水戸に戻される感覚だ。そこで真新しくて丈夫。しかも大きい国道349号線の橋をみつける。しかし土手沿いの道からの接続地点がみつからずしばし迷走。車を横付けした家の横にある石畳のようなものが、綺麗に横倒しになった石塀であることが判る。その家では建て増ししていた。少し嬉しくなる。

道路地図は粗くてよく判らない。Eモバイルをセットしてパソコンを開き、電柱や公衆電話に書かれた住所から現在地を割り出して進路を決める。

用水路脇の砂利道を通った時に、道に沿って何条かの地割れがあるのをみつける。他に道はなさそうなので、意を決し、静かに通り抜ける。349号線で久慈川を渡り再び北上、矢祭町方面を目指す。

常陸太田市付近では東に向かういくつかの道路が不通となっていた。途中で事故渋滞がある。国道293号線方面とあり、右折路するが住宅地に入り込む。公園があり、人々はジョギングを楽しんでいた。

福島第一原子力発電所が爆発すれば、この町もただでは済まないだろう。こういう鈍感というより、開き直った余裕は大事だとも考える。

パソコンでまた現在地を割出し、293号線へ走り出す。





道路地図の冊子は粗くて使えたものではない。もっぱらgoogle地図を使って国道293号線から県道61号線にたどり着く。

その途中、バス停があり、道向かいの神社の石製の鳥居が崩落しているのを目にする。北にむかうほど、だんだん被害がひどくなってきているようだ。

61号線から国道6号線に入る。日立市である。通り馴れた道だ。だが最初から、道路渋滞となる。先の車が停止するたび、エンジンを切りながら進む。10分ほど進むと、古い橋があって、これまで通ってきた橋のいずれもがそうであるように、この橋も上に20センチ前後持ち上げられた格好になっている。亀裂が走ったところを、コンクリートで応急処置している。

日立の市街地では締めているコンビニもあったが、開いているのもそこそこある。セブンイレブンの一つに入った。握り飯、サンドイッチがあり、さらに、入荷したてと書かれた漫画本が置いてあった。

倒壊した塀。家が多くなる。

高萩を経て北茨城に入る。北茨城の五浦海岸。そこは野口雨情の生家があり、日本画壇の横山大観ほかそうそうたる画人たちがアトリエを構えたところだ。

「6キロ先不通、迂回路あり」と書かれてある。しばし走ると片面通行となっている。工事用車両ばかりだ。誘導員に訊くと、まだ通れるよというので北上する。忙しく数台の大型重機アームが動いている。

このあたりの海岸線沿いには、潮流の影響で、注ぎ口を求めて海岸に沿って横に走る川がいくつかある。そこの海岸部分の自然堤防が津波で抉られて、川をまたぎ、川沿いに北上する国道6号線の側壁を壊したのだ。

道路の西、山際にある野口雨情の邸宅は瓦が落ちて土嚢袋が載っているが無事なようだ。問題は道路の東側にあるホテル・民宿街。壊滅だ。

帰省するとき、よく妻と寄った山海館という海に臨んだホテルのコンクリート駐車場は砂を被っている。6号道一帯から東は原型をとどめているものの、津波が建物を壊した跡がある。

山海館裏の弟橘姫を祭った神社の石壇を昇る。灯篭とかはいたんでいたが建物は健在だった。神主が住んでいるというわけではないが、境内はホウキの掃き目がある。

さらに6号国道を北上する。人々は忙しく瓦礫を片付けていた。歩道には片付けた瓦礫のほかに、流木が多々あった。ガソリンスタンドは店員は詰めてはいるが皆閉まっている。

平潟港に入る。江戸時代には南奥州の入り口として栄えた港だ。街路には伝染病予防の白い粉末がまかれている。港に下ると、いつも立ち寄った喫茶店の前にあった道路が奥まで根こそぎ破壊されている。下の波止場から2メートルくらい高くなったテラス状の、港湾に沿った道路だった。

港湾に沿った街路を山際西沿いに抜けて6号線に戻る。
五浦美術館付近にあったローソンが、利用できた最後のコンビニだった。握り飯やサンドイッチが置いてある。昼近くなり、近所の人が押し寄せてきた。酒類の棚にはビールが残っているが少し買われた様子だ。安堵する。

旅の初めに成田郊外を通過した時に寄ったコンビニ、ファミリーマートで、「酒なんか飲んでられねえよ」と初老の老人がいっていたのを思い出し、少し余裕が出たのだなあと感じたからだ。

さらに北上する。福島県と茨城県の県境は間近だ。二つ島という海鵜が巣をつくっている数絶壁の岩塊があり、そこの前にあるローソンは閉鎖されていた。

はじめに訊かされていた話とは違って、勿来の関は通過できた。主要国道で、常磐道が閉鎖されているというのに、勿来海水浴場沿いの道路を走る車はほとんどない。

昼。快晴だ。湘南を模したホテルが沿道両際に立っている。勿来の関検問所という交番のようなものがあり、そこの電光掲示板に、「放射能20キロ圏から30キロ圏で退避」と書いてある。

緩やかに湾曲した海岸の果てにある、北に望んだ岬。市街地。テトラポット越しにみえる沖には貨物船が浮かんでいる。ホテルはそのままだし、シュロの木を門口に植えたフィットネスクラブも痛んでない。

夏の海水浴シーズンに使う壊れた遊泳監視塔以外は何も変わらない。残酷なまでに美しい光景。故郷の町の入り口は廃墟も同然だった。



道路地図の冊子は粗くて使えたものではない。もっぱらgoogle地図を使って国道293号線から県道61号線にたどり着く。

その途中、バス停があり、道向かいの神社の石製の鳥居が崩落しているのを目にする。北にむかうほど、だんだん被害がひどくなってきているようだ。

61号線から国道6号線に入る。日立市である。通り馴れた道だ。だが最初から、道路渋滞となる。先の車が停止するたび、エンジンを切りながら進む。10分ほど進むと、古い橋があって、これまで通ってきた橋のいずれもがそうであるように、この橋も上に20センチ前後持ち上げられた格好になっている。亀裂が走ったところを、コンクリートで応急処置している。

日立の市街地では締めているコンビニもあったが、開いているのもそこそこある。セブンイレブンの一つに入った。握り飯、サンドイッチがあり、さらに、入荷したてと書かれた漫画本が置いてあった。

倒壊した塀。家が多くなる。

高萩を経て北茨城に入る。北茨城の五浦海岸。そこは野口雨情の生家があり、日本画壇の横山大観ほかそうそうたる画人たちがアトリエを構えたところだ。

「6キロ先不通、迂回路あり」と書かれてある。しばし走ると片面通行となっている。工事用車両ばかりだ。誘導員に訊くと、まだ通れるよというので北上する。忙しく数台の大型重機アームが動いている。

このあたりの海岸線沿いには、潮流の影響で、注ぎ口を求めて海岸に沿って横に走る川がいくつかある。そこの海岸部分の自然堤防が津波で抉られて、川をまたぎ、川沿いに北上する国道6号線の側壁を壊したのだ。

道路の西、山際にある野口雨情の邸宅は瓦が落ちて土嚢袋が載っているが無事なようだ。問題は道路の東側にあるホテル・民宿街。壊滅だ。

帰省するとき、よく妻と寄った山海館という海に臨んだホテルのコンクリート駐車場は砂を被っている。6号道一帯から東は原型をとどめているものの、津波が建物を壊した跡がある。

山海館裏の弟橘姫を祭った神社の石壇を昇る。灯篭とかはいたんでいたが建物は健在だった。神主が住んでいるというわけではないが、境内はホウキの掃き目がある。

さらに6号国道を北上する。人々は忙しく瓦礫を片付けていた。歩道には片付けた瓦礫のほかに、流木が多々あった。ガソリンスタンドは店員は詰めてはいるが皆閉まっている。

平潟港に入る。江戸時代には南奥州の入り口として栄えた港だ。街路には伝染病予防の白い粉末がまかれている。港に下ると、いつも立ち寄った喫茶店の前にあった道路が奥まで根こそぎ破壊されている。下の波止場から2メートルくらい高くなったテラス状の、港湾に沿った道路だった。

港湾に沿った街路を山際西沿いに抜けて6号線に戻る。
五浦美術館付近にあったローソンが、利用できた最後のコンビニだった。握り飯やサンドイッチが置いてある。昼近くなり、近所の人が押し寄せてきた。酒類の棚にはビールが残っているが少し買われた様子だ。安堵する。

旅の初めに成田郊外を通過した時に寄ったコンビニ、ファミリーマートで、「酒なんか飲んでられねえよ」と初老の老人がいっていたのを思い出し、少し余裕が出たのだなあと感じたからだ。

さらに北上する。福島県と茨城県の県境は間近だ。二つ島という海鵜が巣をつくっている数絶壁の岩塊があり、そこの前にあるローソンは閉鎖されていた。

はじめに訊かされていた話とは違って、勿来の関は通過できた。主要国道で、常磐道が閉鎖されているというのに、勿来海水浴場沿いの道路を走る車はほとんどない。

昼。快晴だ。湘南を模したホテルが沿道両際に立っている。勿来の関検問所という交番のようなものがあり、そこの電光掲示板に、「放射能20キロ圏から30キロ圏で退避」と書いてある。

緩やかに湾曲した海岸の果てにある、北に望んだ岬。市街地。テトラポット越しにみえる沖には貨物船が浮かんでいる。ホテルはそのままだし、シュロの木を門口に植えたフィットネスクラブも痛んでない。

夏の海水浴シーズンに使う壊れた遊泳監視塔以外は何も変わらない。残酷なまでに美しい光景。故郷の町の入り口は廃墟も同然だった。



国道6号線から、陸前浜街道、そして県道15号線と北上し、そこから小名浜に入る。コンビナートからの貨物列車のレールをまたいだ踏切。そのあたりで自家用車の行列がある。私は安堵した。だがすぐにそれが無人であり、地震のために片側に寄せたものだと判った。

車両は、一般乗車にパトロールと書いた車両以外はみかけない。信号機は停まったままだ。外観、市街地は無事なようだ。

小名浜に入ったのは、前日電話したとき仲人の夫人に頼まれたポータブルトイレを届けるためだ。お宅は小名浜港の港湾の北側にある高台で、港湾都市の富裕層が住む一角だ。

仲人宅を目指して行くと、突然、重機が道をふさいでいる。奥には津波で破壊された家屋、商店街と瓦礫が見えた。横からコンテナを積んだトラックが一両抜けてゆく。西へ迂回して、また大通りに戻る。「港橋」という運河にかけられた古くて小さな橋がある。

釣り船が運河の中央で沈んでいる。周囲を見渡すと自家用車が民家に突っ込んで壁で宙づりになっている。地震直後に火災が起き、出動したところで津波にのみ込まれたのだろうか、消防車も窓ガラスが割れている。

そのまま、魚市場前を通って北側の丘にあるトンネルのところで、湾岸を東に折れ、そこから展望台のある公園の道を登って行く。自家用車や釣り船がまざりあって、通路横にどかされている。民家には自家用車のほかに、釣り船が突っ込んでいた。港湾施設の一部が津波で動いて道の片側をふさいでいる。

港湾北側の丘は、海に突き出している。そこから坂道を上ってゆくとマリンタワーという展望台があって、仲人の家はそこの近くにある。坂道の口からマリンタワーに至るまで、広大な公園となっている。そこに至る途中で、入り江を池に見立て、タイルや切石で飾った公園の一角に作業船が座礁しているのを目にする。さらに上がってゆくと、いくつもある駐車場の一つに防災車両が数十台停車していた。

数万平米ある広大な公園。普段の休日なら家族連れの喧騒のある公園だ。敷地では工事車両関係者以外でみかけた人がいた。放射能対策で、帽子、マスク、長袖で防御した格好の老夫婦二人だ。ベンチに座ってただ港を観ていた。

視線の先の港湾の外観は大きく変わるところはない。地震発生直後、沖に逃げて生きのびた数えるほどの漁船。埠頭に乗り上げた貨物船。それ以外の船がいなくなっているのを除いて。港湾にたたえた海面はエメラルド色をしていた。



仲人宅は、小名浜港を一望する高台にある。水道は止まったままだ。水洗トイレが使えない。物流が止まった化石化した町では手に入らない介護用ポータブルトイレを届ける。仲人のご亭主のほうは二本松に痛風の透析に出かけている。娘夫妻が同居していたが、放射能が心配だといって千葉県の親族のところに避難したという。夫人はいう。

「津波は何度もあったけれど、地震直後のよりも、朝三時までの夜中のものが酷かったわ。あれで魚市場あたりが壊滅したのよ」

地震のときは、畳一畳を玄関先に出して、家族全員そこに座って収まるまでしのいだという。広い玄関口に畳はまだ置かれたままだ。夫人は話を続けた。

「東京電力と取引があって、放射能といっても、外出時にマスクと長袖で防げるレベルなんですけれどね。いわき市長が変に騒いだから町はパニックですよ。みんな首都圏に逃げちゃったの。スーパーの店員もいないから店が開かない。そこのスーパー、マルトの社長さんが、『逃げた奴らは全員クビだ』とわめいたらしいけれど、『クビでもいいから逃げる』っていって出て行ったらしいわよ。
 津波での瓦礫撤去は地震から二日めくらいまでやってたけれど、原発事故の騒ぎで、後片付けも中断されたままね」

 邸宅のバルコニーが壊れている。陥没したそこをまたいで、夫人は庭へ案内した。そこから小名浜の様子が一望できる。埠頭に座礁した貨物船の向こうに、水族館「アクアマリン福島」がある。

「水族館の被害はないですか?」

「ほとんど駄目みたい。生き残ったアシカとか大きいのは、ほかの水族館に預けたんだって。
 それから、昨日の夜遅く、ものすごい音がしたので外に出たの。自衛隊のホバークラフトだったわ。湾内を三周して接岸しようとしたのだけど、駄目で、南にあるヨットハーバーから救援物資を陸揚げしたみたい」

夫人は帰り道を説明してくれた。下のトンネルが流された舟で塞がって不通になっているので、道を北上することはできないこと、トンネルの向こうの集落が津波で根こそぎさらわれて消滅、死体多数があがったことを伝えた。

夫人が塞がっているといったトンネルは開通しているようだ。トンネルの先にある道は、あまり使わない。少し迷いそうな気がする。ガソリンは限られている。冒険は避けたいところだ。夫人の助言に従って、元市街地を使って実家に向かう。電気が復旧して信号機が急につきだした。妙なものだ。車もいないのに何度も停められる。腹を立てるところなのに嬉しくなるのはなぜだろう。

磐城・陸前街道、そこから、いわき・石川バイパス、湯本インター付近から東に折れて内郷方面に抜ける。シュロの街路樹の周囲にある田地の奥にある集落は東日本では今や見慣れたビニールシートを敷いて応急処置した屋根である。

実家では塀の一部が壊れて溝に落ちていた。主屋と離れの屋根瓦頂きを飾るグシが欠け落ち、灯篭が倒れている。断水のため水やりされていない軒下の鉢植えは全滅して枯れている。水道復旧の目途はたっていない。

母は一週間風呂に入っていない。「おかずはないけれど、米と味噌があるから大丈夫」と電話ではいっていたが、やはり米は尽きかけていた。

至現在


ご心配いただきありがとうございます。まだ巡回はできず申し訳なく思っております。

半年滞在していた茨城県北部の出先での業務は、地震翌日に終了。

出先は水戸に近いところ。ライフラインは確保できず、食糧が乏しくなったので、千葉県にある会社の居処とするアパートに引き上げました。

十分とはいえませんが、水・食糧・電気は、なんとかなるところです。

仕事の区切りをつけ、ガソリンが手に入ったら、福島県の実家に行こうと思います。


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theme : 自作連載ファンタジー小説
genre : 小説・文学

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comment

Secret

No title

いわき市のあたりが非常に物資が不足しているという噂を聞いているので、興味深く読ませていただきました。
小名浜に自衛隊の物資が届いているということは、多少改善されているんでしょうか。
常磐道も開通しているし、あと少し?
続報をお待ちしています。

こちくん様

話しの続きは

”To Iwaki”に書きました。和文もあります。ご覧ください。
ライフラインはだいぶ改善されています。明日、また本日の出来事を書きます。

No title

良かったですね・・お母さんがご無事で・・・

でも、ひどい事になりましたね・・・

これからが、まだまだ、大変です。

泣きそうな気持です。でも、こらえます。(笑)

くろこ姫様

まあ、ここまできたのですから
開き直りましょう
不謹慎という声もあるかもしれませんが
私はこれから被災前に買ったビールを飲んで寝ます
ふつうに生活するのが一番かと

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