伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 黒竜江13 恋太郎白書103
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

黒竜江13 恋太郎白書103

昔、恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は指を差して恋太郎と呼んだ。花や紅葉が、はらはら、と漂う、そんな若者であった。



一二七九年二月六日、広州湾沖。

要塞島「崖山」を放棄した宋帝国艦隊は、横合いからモンゴル帝国艦隊のが衝いてきた。

手榴弾《てっはう》の投げ合い、帆の骨組みを改造してつくった拍竿《はっかん》。これで敵艦を頭上から粉砕する。そんな応酬が繰り広げられる。

同日昼過ぎ、大勢が決する。宋帝国の臣下たちは、次に次に船上から身を投げた。旗艦では、宰相が少帝に学問の講義をしていたところに、将校の一人が執務室に駆け込んできた。

「宰相、味方の主力艦隊が壊滅です」

「提督は?」

「こちらの盾になってはいますが、長くはもちません」

(もはやわれらに行くところはない)

宰相は深く息を吐くと、ついに艦隊が敗れたことを悟り自決することにした。宰相は、部下をやって、船倉にいる家族をよんだ。婦女が多い。宰相が何をいわんとしているかは言葉を交わさなくとも皆判っている。敵に辱めを受けないように、宰相自らが斬り殺すというのだ。

「陛下、竜宮城に先に行き、お待ちしております」

宰相の娘、露雫《ろうな》が少帝を抱いて涙をこぼす。一族が少帝に別れの言葉をつぎつぎにいう。やがて侍者に手をひかれ外にでると、扉が閉まり、刀が振りかざされる音、人が床に倒れる音が何回もしている。

「僕も死ぬんだね?」

侍者はうなだれた。少帝は執務室に置いてあった籠から可愛がっていた小鳥を出す。やがて血まみれとなった宰相がやってきて、侍者に手伝わせて、少帝を背負って紐にくくりつけた。

「陛下、では、参りますぞ」

甲板に立つと、モンゴル艦隊は、数を減じた宋の近衛艦隊をも包囲している。敵艦隊提督が、通訳を介して叫ばせているのが訊こえてくる。

「大宋帝国宰相殿に告ぐ。貴下の忠義と英名は、わがモンゴル帝国の皇帝陛下もご存知であらせられる。もう十分に戦われた。投降なされよ。われわれは貴下の家族を保護し、帝国大臣の椅子を一つ用意している」

舳先に立った宰相は白い歯を見せる。背中の少帝は手にしていた小鳥を宙に放つ。少帝と宰相が水中に飛び込むと、近衛艦隊兵士たちは、後を追って、次々と海中に飛び込みはじめた。

海戦場にあって、「掃討作戦に切り替えよ」と命じたモンゴルの艦隊提督は、「国家が滅ぶ、ということはこういうことなのだな」とつぶやいた。

宰相とともに海の底に沈んでゆくとき、少帝は、何度も、「恋太郎」と呼ぶ若い女性の声を訊いた。(仙女か?) 乙女の腕が海面から伸びてきて少帝を抱きしめると、天空に飛翔してゆく。

(どこかで会ったことがある)

(いつも傍《そば》にいたよ。生まれ変わっても傍にいていてあげる)

奇跡的に生き残り捕虜となった旗艦水兵が、「少帝が飼っていた小鳥が、上空から何度も海面をめざしては、飛び上がることを繰り返していたのだが、ついに力尽きて海に落ち、波にのまれてしまった」と話したという伝承がある。



運が良かった。上海のどこにでもある、汚泥で埋もれた小運河、通称「黒竜江」を行く小舟の船頭が恋太郎を見つけ、縄の付いた浮き輪を投げてくれた。

恋太郎の父親勇作は昔、水泳の全国大会入賞したことがある。恋太郎は勇作の手ほどきをうけているから泳ぎは達者なほうだ。しかしながら衣服をつけていたこと、汚泥がひどくて重たい水であったということで、溺死する寸前で救助されたのだ。




【脚注】

恋太郎:大学卒業後、
     上海の大学の私費留学生となる。

ミス・ダーク:上海在住の女子大生。

麻胡先生:恋太郎の高校時代の化学教師。
       仙女の系譜である。恋太郎の妻となる。

雫《しずく》:恋太郎の初めての恋人。
       大学在学中、ストーカーに殺害された。



宋帝国宰相:陸秀夫《りくしゅうふ》。

露雫《ロウナ》:宋の宰相の令嬢。少帝に仕える美少女。

少帝:宋帝国最後の皇帝、衛王趙昺《ちょうへい》。享年八歳。崖山の宮殿では、周囲が大人ばかりで、友達は飼っていた小鳥だけだったという。

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