伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 黒竜江7 恋太郎白書97
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

黒竜江7 恋太郎白書97

昔、恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は指を差して恋太郎と呼んだ。花や紅葉が、はらはら、と漂う、そんな若者であった。



大凰山(たいほうざん)を下ってゆくと、浅い谷筋のようなところに出る。山道の中に崖を削り出した石仏があった。たしか釈迦三尊だったろうか。案内板には五代十国時代のものと書いてあったから五、六世紀のものであろうか。

そこからほどなく集落にでたので、バスに乗り、復興大橋というところで一度おりて、大河銭塘江《せんとうこう》にかかる長い橋で、塗装は赤だったろうか。長江もそうだが、銭塘江は褐色の大河で、日本の河川とはだいぶ違う。大河の上流は低い丘陵地帯の狭間を縫って蛇行し、彼方で消えている。橋の上から下流を眺望すると、真珠養殖場が望めた。

そういえば日本にいるときのニュースで、禁じられている真珠養殖技術を、中国政府代理人から内々に買収された養殖業者の記事を雑誌で知っていたので、ミス・ダークに話すと、「日本は裕福なのだから当然じゃない」と答えた。意味不明の理屈だったが訊き流すことにした。

「ところで、恋太郎知ってる? 竜は概して紳士で大人しいのだかれども、『銭塘江に棲む黒竜は、猛々しくて、花嫁を奪うために、川を遡って、上流に棲んでいた恋敵の竜を咬み殺した』という伝説があるってこと」

「初耳だね。面白いけれど、恐ろしい話だなあ」

「銭塘江の大海嘯《だいかいしょう》にまつわるものよ」

橋で記念写真をとる。ミス・ダークが見知らぬ人にカメラを渡して、「二人の写真を撮って欲しい」と頼む。いまはどうなっているのか判らないが、この時代の中国女性は交際していない異性の男子と食事をするのは問題ないが、並んで写真を撮るというのは禁忌《タブー》であった。彼女が恋太郎と並んで写真を撮ったということで、正式な恋人になったのだった。結婚、婚約、そしてその前にある儀式のようなものだ。

「愛している?」

「もちろん」

「証明できる?」

「できるよ」

「どうやって?」

「ここから飛び降りる」

恋太郎が一度向こうへ走りだすと、助走をつけて、橋の欄干にむけて跳躍した。

「やめて!」

人民解放軍の軍用トラック数両が、けたたましいエンジン音をだして背後の車道を通過してゆく。

恋太郎は欄干に手をあて止まった。下をのぞくと三十メートル以上はあるだろうか。落ちたらもちろん、水とはいえ、落下の衝撃で首の骨を折って死ぬであろう。顔をひきつらせたミス・ダークがしがみついていた。

ワイシャツとブラウス越しに重ねられた互いの胸に、激しく乱れた鼓動があるのを確かめ合う。

「ほんとうに飛び込むかと思ったわ。公園の池にも飛び込んだし」

「うん、止めてくれなければ飛び込んだもしれない」

「馬鹿ね」

「馬鹿だよ」

陽射しはきついものであったが、大河にかかる橋の上は涼しく開放感がある。身を寄せたミス・ダークが目を閉じた。人前での、口づけというものに関して、この国の人たちは、当時の日本人よりも大らかだったようだ。何組かの恋人たちが欄干にもたれて口づけを楽しんでいる。恋太郎も、涼しげな風に後押しされるかのように、その人と初めて唇を重ねた。


【脚注】

恋太郎:大学卒業後、
     上海の大学の私費留学生となる。

ミス・ダーク:上海在住の女子大生。

麻胡先生:恋太郎の高校時代の化学教師。
       仙女の系譜である。

雫《しずく》:恋太郎の初めての恋人。
       大学在学中、ストーカーに殺害された。

スポンサーサイト

theme : 自作連載ファンタジー小説
genre : 小説・文学

line

comment

Secret

line
line

line
Google ペイジランク
ページランク-ナビ
line
奄美剣星
line
文鳥貴族
文鳥貴族
line
最新記事
line
「怪盗めろん」

 

line
「文鳥王トリスタン」
 
line
ブクログ
line
小説家になろう
line
amazon書籍
line
アルパカ版の恋太郎です
line
映画『副王家の人々』より
副王家の一族 
line
イアリング
 ekubo
line
チャイナドレス
chainadoress
line
ポーズ
sofa
line
魯迅記念博物館
inu
line
陽だまりの乙女
usagi
line
裸婦
うつぶせのジャスミン
line
sakasu
line
打ち上げ花火をあげられる四季の風景時計
line
PC広告Amazon
line
テーブルと椅子
椅子3   
line
sub_line
プロフィール

奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)

Author:奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)
1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

line
ranking 1
 
line
ranking 2
人気ブログランキングへ
line
置手紙
おきてがみ     
line
Twitter ぼたん
Sweetsman7をフォローしましょう
line
レッドバロン
line
検索フォーム
line
QRコード
QRコード
line
所収作品について
文献・画像等引用の場合は引用元を記載。自作小説倶楽部作品著作権は各著者に帰属。それ以外の文藝作品・絵画写真画像に関する諸権利は当該ブログ管理人に帰属。無断複写転載を禁じます。
line
カジュアルのシナモン
シナモンアップ 
line
リンク
line
マラッカ要塞
marakka
line
珈琲館の割れ甕
城南
line
地図
line
草原の乙女
sougenn
line
バー
eruhurio  
line
海へ行こう
umiheyuku2
line
祖母
  umiheyuku 1
line
洗い髪
araigami
line
癒しの音楽
line
sub_line