伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 方舟のファイサル13(次回稿了) 恋太郎白書87
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

方舟のファイサル13(次回稿了) 恋太郎白書87

むかし恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は指を差して恋太郎《れんたろう》とよんだ。花や紅葉が、はらはら、と宙に漂うかのようだった。



ファイサルの言葉は、静かだが力強かった。

「故郷ベイルート。地中海の真珠、何度築き直してもイスラエルの戦車で一瞬で瓦礫の山となる。物量では、あらゆるものがイスラエルに劣る。われらに残るのは《意思》のみだ。死ぬ気がなければ生きられない。悪循環はわが手で断ち切り、外国の侵略を許さぬ国をつくる」

恋太郎は、上体をナイフに落とし、それが肉体に突き刺さる寸前、「兄弟」に両肩をだきとめられ一命をとりとめたのだった。 

恋太郎をベンチに座らせ、横に座ったファイサルが、集まってきた家族《ファミリー》の五人に向かって微笑んだ。

「満足したか。もう許してやれ」

恋太郎と彩乃の件に関して、どうやらファイサル自身は怒っていないらしい。五人の男女は顔を見合わせ苦笑した。

「この船にアヤノが乗っていたのは意外だった。アヤノにシリアでの生活は適さない。東京で別れたはずだったのだがね。まるで僕がつけましていたみたいだ。形として君はアヤノと寝台を共にする関係に映った。これは僕個人というより、家族への挑戦として映ったのだ。レンタロー、君は命を捨てて彩乃を守ろうとし勇気を示した。すべてを許そう」

ファイサルは、恋太郎の横に彩乃も座らせた。婚約者二人はいつの間に用意したのだろう、水筒からカップに紅茶を注いでよこした。

伸一、明、口髭の音楽家は、互いに顔をみやって安堵の表情を浮かべた。音楽家は、
 「ちゃらちゃらしているようで、あの、あんちゃん、案外と器がでかい。よくみれば知的な顔をしている。貴族というか帝王のような風格まであるなあ」
 といった。伸一は遠い目をしている。

「一歩間違えれば、僕は恋太郎君と同じ目にあっていた。僕は海に飛び込んで死んでいたろうね」

明は彩乃と一緒に黙って涙を流している。


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