伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 方舟のファイサル6 恋太郎白書79
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

方舟のファイサル6 恋太郎白書79

むかし恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は指を差して恋太郎《れんたろう》とよんだ。花や紅葉が、はらはら、と宙に漂うかのような若者だった。



恋太郎と彩乃が身を寄せ合ってボックスにいると、先に大部屋に行っていた明と伸一がこちらへ引き返してきた。二人とも驚いた顔をした。明はすぐに微笑んだのだが、伸一は不機嫌な顔になった。それから何も観なかったかのような様子で、デッキのほうへ歩いていってしまった。ちょっと慌てた顔をして彩乃が恋太郎から飛び退いたのだが、二人が立ち去るとまた、恋太郎の肩に頭を載せた。

「恋太郎君、学校、九月からでしょ。まだ間があるわよね」

「そうだけど」

「私とウルムチに行かない?」

ウルムチ。新彊《しんきょう》ウイグル自治区の省都だ。正直、恋太郎は彩乃と旅行に行きたかった。けれども目的は史学の研究ブラッシングアップだ。私費留学とはいても目的がぶれるのは信条に反した。遠くへの旅行にいけば出費は大きくなる。学費と生活費に響くという現実的な問題もある。

「少し考えさせて」
 

彩乃の提案は断るつもりだったが、彩乃をたてるため、ポーズだけはとろうとしたのだ。彩乃はしばらく恋太郎の瞳をみつめてから、わずかに涙ぐみ、急に話題を変えた。

「ねえ、恋太郎君には彼女とかいる?」

「いないよ」

「そう」

(こういう質問は、もっと早くにすべきじゃないのか) 
 

素朴な疑問だった。積極的な行動とは裏腹に慣れた感じがしない。会話が途絶えたところでいろいろ考えた。彩乃はいいところのお嬢様らしい。無防備で正直な娘、すれたところがない。それにしてもシルクロードに単身で行くのは危険すぎる。
 

噂だけれども、西安からウルムチへ向かう列車で旅行していた邦人のグループが、ピストルで武装した二人組の強盗から金品を巻き上げられた話しとか、一人旅の中国人大学院生が誘拐されて売り飛ばされたという話しを耳にしたことがある。

「彩乃さん、なんでシルクロードに行きたいの?」

「ずっと憧れていたの。テレビで砂が風に流れる映像をみるでしょ。そこから顔を覗かせる古代の遺跡。なんて綺麗なんだって思ったわ」
 

恋太郎は少し間をおいてから話しを続けた。
 

「シルクロードかあ、たしかに綺麗だね。テレビで観ていたら取材班はけっこう飛行機を利用していたよね。ガイドや人民解放軍もついていたし」
 
  
「私、無計画かなあ」
 
 
恋太郎は押し黙った。二人が沈黙していると、明と伸一たちがやってきたほうから、別な一行がやってきた。

レバノン人の青年、同国の娘たちが二人いる。青年は彩乃の姿をみつけるとやってきて、にこやかに、口づけしようとしてきた。

彩乃は、ちっ、と舌打ちしてから、片方の掌(てのひら)でそれをとめ、残る片方の掌で青年の頬を思いっきりひっぱたいた。

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