伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 宵待ち草を愛でたくて 遺跡発掘調査員恋太郎7
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

宵待ち草を愛でたくて 遺跡発掘調査員恋太郎7

【本編】

むかし間違って遺跡発掘会社に入社した若者がおり、人は彼を指さして調査員恋太郎と呼んだ。いつまでたっても給料が上がらないそんな業界にひっそりと生息する若者だった。



大名の安東氏は、戦国時代まで海賊をしていたのだが、江戸時代になると、幕府の嫌がらせで、内陸に領地替えをさせられた。十七世紀に常陸国宍戸に城を築いたものの、半世紀もしないうちに、陸奥国三春に移されてしまった。気の毒なことだ。大名が引っ越すとき、城郭はもちろん、武家屋敷や町屋といった市街地も一緒にに壊され、土台のみが地中に埋もれて残されたのみである。

恋太郎は、そんな宍戸城の調査に派遣され、武家屋敷エリアを調査することになったのだ。



「遺跡の謎に区画堀の存在が挙げられる。江戸時代に描かれた城と街並みを描いた古い絵図にない、個々の武家屋敷を囲った区画用の堀だ。幅三メートル、深さ一メートル以上ある防御用としても本格的なものだ。
 区画堀は、城を壊す直前に描かれたものらしく、築城期である十七世紀初頭に築かれたと考えられる。それが十七世紀半ばになると、なぜか埋めたたてられ、土盛りをして整地し、武家屋敷間の『溝』がなくなってしまうんだ」

調査団長のおともをして、若い調査員たちが、遺跡内のチェックポイントを巡回する。皆、メモをとっている。恋太郎はまた魂魄《こんぱく》を宙に飛ばしていた。



宍戸城が築城されたばかりのころの話だ。武家屋敷に若侍が、隣の屋敷には城下でも評判の娘が住んでおり、若侍は娘に恋をしていた。ところがその娘は才媛で、『殿方よりも学問が好き、お嫁になんかいかないわ』と宣言して両親を困らせている人だった。

若侍はときどき声をかけるのだけれども、むろんのこと相手にされない。相手にされないというよりは毛嫌いされているといったほうがよく、道で挨拶しても、つんつんして、会釈すらしないほどだ。

ある月夜の晩であった。若者は、娘に逢いたくて土塀によじ登った。向こうの屋敷とを仕切る土塀と土塀の間には、深い空堀がある。飛び越えるには幅がありすぎる。そのことは若侍に分別のない情熱を覚まさせるには十分な距離であった。

(僕はなんて、愚かなことをしているのだろう)

向こうの屋敷の庭には宵待ち草が、月明かりに照らされていた。するとどうだろう、思い人がそこに立っているではないか。

「何かご用?」

「ええ、『月下美人』の君を愛《め》でたくて」

「庭にあるのは『宵待ち草』。だけど別にあなたを待ってはいませんわ」

「つれないなあ。君はどうしてそんなに僕を嫌うんだい? 理由を訊かせてくれないか?」

「蛇や蛙や芋虫、嫌いということに理由などないでしょ?」

「僕は芋虫か?」

「そう、芋虫よ」

若侍はがっかりしたように声をおとす。ため息をついてから言葉を続けた。

「でもその芋虫は特別な芋虫だ」

「どんな芋虫?」

「瑠璃揚羽蝶《るりあげはちょう》の幼生。宵待ち草が咲くころ羽ばたくに違いない、月下美人がそこにいるのだから」

「あっ、まさか!」

若者は塀を飛び越えようとして、堀の中に落ち首の骨を折って死んでしまった。娘は深く後悔した。

(私、ほんとうは、あなたが好きだった。素直になれなくてごめんなさい)

そういって、ずっと泣き暮らした。

話を訊いた心優しいお殿様は、武家屋敷の間にある深くて幅の広い堀を、「すべて埋めよ」と命じた。それからというもの、「宵待ち草」が咲くころになると恋人たちは、堀を埋めた低い垣根越しに愛をささやくようになったのだ。

  ”Je t'aime ?”  《ジュテイム?》

  ”Je t'aime!” 《ジュテイム!》



「恋太郎君。おいっ、恋太郎君――」

調査団長や同僚たちが呼びかけるのだが、月に翔んだ恋太郎の魂魄はなかなか戻ってこない。






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