伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 偽《えせ》井戸  (シャベル10)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

偽《えせ》井戸  (シャベル10)

東西数百メートルの狭長な調査区東端に、「お猿さん」が担当する地点があった。とはいっても常駐するわけではない。

黒色粘土の地山上に、さらに黒いシミをみつけたため線をひく。「お猿さん」は、井戸跡として作業員に一メートル掘らせた。彼が不在の時に、様子をみると、覆土の様子から人工的に築かれた遺構ではなく、黒い地山のしめりが生じており、ただのシミであると判った。

(奴は偽者だ)

ベテラン調査員ならば深さ一メートルではなく、半分に達したところで気づかなければならない。彼の実力はその程度であることがはっきりした。

偽井戸から、少し離れたところにはっきりした井戸跡があり、「かわらけ」という小皿が多量にみつかったため、写真撮影を青年に依頼する。



十二月二十一日、昼休みの直前、「お猿さん」がまた現場にやってきたので、シミのことを伝えると、「お猿さん」はあっさりと了解する。それから、掘りかけた本物の井戸跡にやってくる。

「最低の調査だな。遺物が出てきたのに断面に線を引いていないじゃないか。考古専攻生なんだろ」

「東洋史専攻生ですよ」

「にしても、何年業界で飯食ってんだよ」

遺構内に詰まった覆土を、ようかんを切るように、壁を作って断面観察をする。釘で地層の状態を描き、写真撮影、実測図といった記録をとる。遺物は底部でもない限り、あまり価値をもたない。線を引くだけ無駄なことである。

「お猿さん」は視線を後ろに移した。等間隔で杭が打ち込んだ小穴がある。現在の水田の大畔《おおあぜ》の横にあることから、見学にきた城跡の研究者たちは、「当時の道路の側面を守る土止め施設の可能性がある」といっていた。証明する材料が少ないからあくまでも推定だ。

携帯電話で時間をみると十二時三分前だ。作業員に、「昼休み」の声掛けをして休憩用テントに帰した。「お猿さん」が話を続けた。

「疑問に思うんだけどな、シャベルを持ち歩いていないだろう。会社で問題になっている。そして疑問に思うんだけどな、写真撮影用の断面が汚い。はい、ここで質問です。ここから判ることはなんですか」

「杭列のある可能性があること、遺物から、十七世紀前後の小穴がいくつかある。判ることはそれくらいですね」

「小穴列の関連性は」

「まだ関連しているかどうかは判りませんね」

「お猿さん」は、手に持った鎌具で遺構と地山を削り出す。

「さあ、ここで判ることは」

「表土と覆土の色が同じ。覆土のほうが、固くしまりがあるという程度でしょうか。出土遺物がないと証明できませんね。色調が同じだからといっても、同じ時代の証明にはならないと思います。遺跡によっては、覆土が同じでも遺物年代が違うということはよくありましたよ」

「じゃあ、覆土が違うというから時代が違うという証明は根拠は。いったいなんなんですか。どうなんですか」

「判りません。ご教示ください」

「お猿さん」は答えない。饒舌にまくしたてるが、小穴が並んでいて同じような色調をした覆土。そのうちの小穴のうち二つから十七世紀の遺物がでた。だから列状をなした小穴は杭列の可能性がある。所見としていえることはただそれだけのことだ。時代を詰めたいのなら、覆土を専門機関に送って、自然科学分析をすればよい。ただし、この程度の遺構でする価値は小さい。

そんな調子で、年末にむけての工程を訊いてきた。「口頭でいえ」というので、口にすると、メモ帳にメモをつけて、「矛盾がある」と怒鳴り繰り返させる。そして、「この場に、青年が不在なのはどういうことか」といい、さらに、「奴はカメラマンですか、調査員ですか。なんでそう育てないんですか」とまくしたてた。

この男の饒舌な話しなど、ランチタイムを削ってまで訊く必要はない。「お猿さん」は同じことを訊いてくるので同じことを答える。十二時四十五分、持病に糖尿病を抱えている私にはイエローゾーンに入るころだ。低血糖症状がでて目まいがする。判断力がおかしくなってきているようだ。

「昼休みが終わります。そろそろ食事にさせてもらえませんか」

「私も食べてません。話を訊かなければ、私も子供の使いではないので帰れません。あなたの発案した、休日出勤によって、経費のロスが生じる可能性があります。さあ、答えてください。どうなんですか」

昼休みを終えた作業員が戻ってきた。それをみてようやく、「では明日朝までに、カメラ青年を交えて計画をよく練り、メールで通知するように」と通達し、どうにか解放された。

昼食のほうは、私が捕まっている間に、青年がコンビニで握り飯を買ってきてくれたので、無様に、低血糖症状で卒倒する事態は避けられた。



昼休み明け、なおもこの男、は写真の撮り方で、カメラ青年を呼びつけ、掘り上げた四メートル区間を饒舌に「指導」したようだ。実をいうと西側の地区で、写真撮影のために作業員の主力を投入していたのだが、雨雲がたちこめ、二十メートル×二十メートルの区間の撮影が光量不足のためできなくなった。

「天気ばっかりは仕方ないですからねえ」

雨雲を見上げたお猿さんが作業員にうそぶいているのが訊こえてきた。
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