伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 抉れた古墳 (シャベル6)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

抉れた古墳 (シャベル6)

経理係は、国連事務経歴のある女性で社長夫妻の信頼は絶大だった。

遺跡から戻ってきた私が書類を届けたとき、赤切れした指と爪に洗って落ちない泥をみて、「不衛生ですよ」と露骨に嫌な顔をした。

(おいおい、会社の資本は調査員の指だよ)

経理係は、「会社払い」であった宿舎費用を、「他の若手新入社員との平等の観点から、自費で払うようにしてください。もちろん会社から、他の社員同様に『住宅手当』として二万円が支給されます」と通達してきた。 私がしぶしぶ了解すると手柄顔だ。



年末、古墳調査を行う。舌状台地に築かれた四世紀代前方後円墳の前方部三十平米が調査範囲だ。西側が大き抉れて崖になっている。前任者が説明した。

「自治体担当官が大木の切株の根を切れと命じた。「『根が崖を守っているから』と反対したのだが、それでも『やれ』と命じるから渋々切ったらこの様だ。作業員五人が休んでいて、リーダーが地割れに気づいて、とっさに全員を引き揚げたから大事に至らなかったんだ」

私は古墳の土層断面を観察するために設けれた試掘用の狭長な溝サブトレンチの写真をとり、図面班に作図をさせてから前方部を取り壊した。「古墳前方部の下から弥生時代竪穴住居跡がみつかった。深さは三十センチ。これを三日で掘り上げ記録をとって調査を終了せよ」というのが任務だった。

社長や前任者から、竪穴住居跡と説明された四角い形をしたシミに、紅白の塗装をされた工事用の一メートルのピンポールをさしてみた。住居跡であれば床を人が踏むため硬化面というものができ、中央部付近をさせば必ず止まる。それがどこまでも下に潜ってしまう。三十センチではきかない。

遺構の先端は例の地崩れした「抉れ」部分にかかっている。「安全衛生」の観点では違反ではあるのだが、樹木や切り株にロープを張り、登山家を模して、崖の横をつたって以降の断面を観察する。V字形に二メートル掘り込まれている。

(住居跡なんかじゃない。「環濠」だ)

「環濠」というのは、弥生時代集落跡の周囲を巡らした空堀のことである。古い古墳の下から弥生時代の環濠集落がみつかったということは新聞ネタになるような大発見だ。

現地には新入社員が二人いて部下という形になった。一人は年配で管理係。もう一人は若手で内部でパソコンによる製本作業要員として採用されたという。管理係は土工に関して熟練しており、掘り手の主力となり、作業員たちを引っ張った。「僕は『パソコン屋』ですから」と、遺構掘削には乗り気ではなくフラフラしていた。

土量は半端ではなく多い。もともとも森の跡だったので、切株をチェンソーで切除しながらの作業で、難航。けっきょく、十日かかり年末までかかり終了させる。

このとき、茨城県にあった宿舎から、百キロ以上離れた現地に通勤。十日ほどの予定であった。自家用車は借り上げとなり、一日あたり千五百円の手当がつくものの、ガソリン、オイル、エレメント、タイヤ摩耗など維持費を考慮すると、どうにも割に合わない。宿舎代が自費となった。



正月明けに、経理担当の女性が主任となるや、取締役となったかのような尊大な態度を露骨にだし、社内の不評を買っている。しかも、職員、発掘作業員の賃金計算も頻繁にミスするようになった。対応する現場担当者はもちろんのこと、作業員に謝罪の一報もしない。

経理主任は勤務時間にツイッターをしていて知り合ったという国連職員だという黒人男性を連れてきた。

「父親に会わせる」といって、子息を連れて別れた元のご亭主がいる米国に飛んだ。社長夫妻は、「へえ、彼女って金持ちだね」と呑気に構えている。

古株の社員と昼食に行くとき、車中で、私は切り出した。

「経理主任の件で現場に支障が出ている。社長に頼まれて他の遺跡に給与を届けたらミスがあって、担当者に八つ当たりされた」

「一荒れきます。あなたは入社して日が浅い。中立を保っていてください」

そんなふうに彼は答えた。

傍目に見ても私の士気は落ちている。社長が私を呼び出した。

「ここのところ君が、精彩を欠いているという言葉があちこちで訊かれる。社員の心のケアをするのも社長の仕事だと思う。存念をいいなさい」

「百キロの交通費が、自家用車の借り上げでは割に合いません」

「ああ、あれかい。『借り上げ』はあくまでも借りるということに対して支払う費用だ。燃料費は別に払うから請求書をだしなさい」

そういう話になった。



二週間して、経理担当が帰ってきたので請求書を提出しようとしたら事務室にいない。「どうしたのですか」と社長に訊くと、「辞めた」といい、こうもいった。

「畜生、入札申請書二件出し忘れてやがる。仕事が来なくなる」

さらに、「君の社会保険をかけ忘れていた。発生した遅滞分を、古墳発掘時の交通費の立て替え分で相殺してくれ」と話した。

浮いた交通費でパソコンを買い替えようと考えていた。そこにパートで、臨時に任命された経理係がやってきた。

「あと五万円不足です。支払って頂けないでしょうか」

平謝りするのだけれども、彼女に落ち度などあるはずはない。監督者であるはずの社長夫妻は謝罪しなかった。

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theme : 自作連載ファンタジー小説
genre : 小説・文学

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とても魅力的な記事でした。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

経歴書の書き方の見本様

ふつう、こういう会社辞めますよね。(爆)

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