伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 雪が降っていたから8 恋太郎白書45
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

雪が降っていたから8 恋太郎白書45

【本編】 

むかし恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は若者を指差して恋太郎《れんたろう》とよんだ。花や紅葉が、はらはら、と宙に漂うかのような若者だった。 



結婚の件での挨拶《あいさつ》にゆき、勇作に反対されたことは、麻胡の実家も怒らせた。麻胡の実家は病院を経営しており豊かであった。

「結果がどうなるかは知っておる。だが、どんな人にも『感情』というものがある。しばらく、この家には近づかないでほしい」

麻胡を送り、玄関先で、先方の父親に怒鳴られた恋太郎であった。舅《しゅうと》になる人も仙人の血をひいており、未来が読めるようだ。



美智留は勇作との別れがショックで自宅に引きこもり、しばらく、休職することになった。破談に怒った美智留の両親は、「訴訟を起こすぞ」と騒ぎ立てた。親としては勇作を土下座しても許すわけがない。勇作や母親が謝りにいったときは、旅館の主である父親が、狂乱して包丁を振り回す始末だった。

雪山では、「化け物」といわれた勇作もこの件にはほどほど参った様子で何日か寝込むはめとなった。校長が、勇作を見舞ったとき、

「校長、俺、教師の資格ないです。辞めます」

といった。そんなことをしたら生徒たちの授業が止まってしまう。後任人事だってそう簡単なものではない。勇作の退職願いには校長も弱って何度も勇作を見舞い、どうにか思いとどまらせた。

婚約の破棄というのも民事訴訟の対象にはなる。勇作の家は旧家だ。裁判沙汰にでもなったら近所で悪評がたち、集落では白い目で見続けられるであろう。白い目で見られるということは、周囲の善意でどうにか維持しているようなこの家は、誰からも相手にされなくなって破綻することを意味する。勇作の母親、弟妹、居候は路頭に迷い、元の隠居屋に借家している鈴木家にも迷惑がかかる。母親は、

「しかたありません、ご先祖様もお許しになるでしょう」

といって、一枚の掛け塾を押入れから引っ張り出してきて勇作に渡した。江戸時代後期の画家谷文晁(たにぶんちょう)の作品だ。谷文晁晩年の作は、その署名が独特で、谷文晁の「文」という文字が「烏《からす》」の絵のようなので、「烏文晁」という。谷文晁晩年の作品は、自由奔放で、粗雑という悪評もあるのだが、先祖伝来の逸品は逆に精緻で華やかだった。

家宝である「烏文晁」の絵は、三国志の英雄諸葛孔明が、老境にかかり病気を押し、君主に代わって主力軍を率いていくとき、若い皇帝に遺言を託すという泣かせる場面、『出師之表(しゅっすいのひょう)』を描いたものである。

世に出せばおそらくは国の重要文化財くらいにはなるだろう。勇作の家に残った最後の値打ちものだ。母親は絵を勇作に渡して、

「あの方は、「裏」にもつながっていらっしゃる。仲裁してもらうのです」

といった。あの方というのは母親の縁戚にあたる人物で顔役だ。少なくなった田畑を切り売りしても、『烏文晁出師之表』にだけは手を出さなかった祖母が、勇作に手渡した。気丈な態度を示す母親に頭を冷やした勇作は、顔役に絵を譲り、しばらく日をおいてから再び謝りに行った。どのように顔役が手を打ったのかは判らない。それで先方は不承不承矛先をおさめたのだった。

あとで顔役に訊くところによれば、

「命が十年磨り減った」

とだけ答えたのだという。破断の件で勇作の家には、自給自足にも事欠く猫の額の田畑と、地盤沈下で傾いた大きな屋敷だけが残されたのだった。弟や妹の大半は、次弟を除けば、自立にはまだ当分はかかる。勇作の家は「切り札」を失った。

(つづく)



【脚注】

恋太郎《れんたろう》:勇作と友里恵の子。会社員。
麻胡《まこ》:恋太郎の妻。宇宙飛行士。仙女。
勇作:斜陽の旧家当主。教師。登山家。
友里恵:勇作の妻になる。教師。

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theme : 自作連載ファンタジー小説
genre : 小説・文学

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comment

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No title

対面とか体裁とか・・・

昔の人はかわいそう・・・

今も同じかな??

家が結婚するわけでないのにね(笑)

くろこ姫様

結婚と交際は別物
家族になるわけですから

大なり小なり、未来もそういうものでしょう
当人たちが知らないとすれば若気の至り、
周囲がどのくらい優しいかということに尽きます
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