伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 雪が降っていたから2 (恋太郎白書39)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

雪が降っていたから2 (恋太郎白書39)

 

【本編】 

むかし恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は若者を指差して恋太郎《れんたろう》とよんだ。花や紅葉が、はらはら、と宙に漂うかのような若者だった。 



恋太郎の父親勇作の葬儀の日。実家に駆けつけた親族たちが、若いころの二人の話をしていた。こんな物語である。



「今の季節は予想がつかねえ、若えの、気をつけな」

宿の隠居がそういって勇作を送りだしたのを思い出す。

麓から尾根づたいに山頂をめざす。重たいリュックを背負っての孤独な行軍だ。白い息を吐きながら白銀の山を上に登っていく。足跡は勇作と野兎のもの。隠居がいうように天気が急変し暗くなって吹雪いてきた。

(やばい)

尾根のルートから少しそれたステップをみつける。風除けの岩もあるしテントを張るには、うってつけ場所だ。吹雪は激しさをますばかりでおさまるということを知らない

テントは岩陰に設営した。春といっても名ばかりで、安達太良山《あだたらやま》はまだ冬だ。地吹雪は猛烈で、華奢《きゃしゃ》なテントなどいまにも吹き飛ばしてしまうに違いない。

(こりゃあ、雪女でもくるかな。いや、安達太良山だから、鬼婆《おにばば》か。どうせ、とって食われるな雪女にしてもらいたいよ)

いまさら、じたばたしても仕方あるまい。水鳥の羽毛でできたシェラフにくるまって勇作は、そう、つぶやき、煙草に火をつけた。

大学在学中登山部に在籍していた勇作は、卒業後に帰省、教職に就いていてもなお山登りはやめなかった。趣味というよりは正業が登山家で、副業が教員という感覚さえある。

「勇作遭難」



警察から一報が勇作の実家に送られたのは、昭和三十五年三月のことである。福島県二本松市。勇作の叔父耕作が警察署を訪ねた。勇作の父親は戦後間もなく病死している。母親の加世に頼まれた耕作が遺体を引き取るべくやってきたのだ。

「甥御さん、残念でしたね」

「お手間をおかけいたしました」

係りの巡査部長に一礼しかけたとき、けたたましく電話が鳴った。山に近い派出所からである。
「勇作さん、無事です。自力下山してきました。凍傷の心配もありません」

電話を受けた巡査部長と、耕作の目があった。

(吹雪三日目だぞ。化け物か)

昼過ぎだ。死んだものと誰もが考えていた。捜索は救助というよりは遺体収容の備えになっていたのに生きて帰ってきたのだ。(なにがどうなっているのだ)という顔をしている勇作にかけた、叔父の第一声は、「馬鹿野郎」であった。



友里恵は教員採用試験に合格して、自宅のある会津若松市から磐城地方にある平市の公立中学校に行くことになった。同じ県内とはいえ平市は百キロ以上東に離れており、二つの地方都市を結ぶ磐越線列車の線路は単線で待ち時間が多く、県内とはいえ移動には五時間以上を要したのだった。

友里恵が平市にいく三日前、叔母から電話がかかってきた。

「息子の嫁にきてくれないかしら。昔から知っているのだもの」

正直なところ揺れた。若い娘が一人で見知らぬ土地にいき教鞭をとるというのは不安でいっぱいだった。叔母のいう息子といえば少し歳の離れた従兄だ。勤勉で穏やかな性格、収入もそれなりにある。若松はさほど雪のふる季節ではない。けれども雪は田畑と屋根に残り、白銀は青空のはね返して鋭く光っているのだった。



叔父の耕作と甥の勇作は、二本松駅で東北本線に乗り、郡山駅に出て、郡山から磐越線で平駅(現いわき駅)へとむかう切符を買う。

郡山駅で磐越線に乗り換えたとき、大きなトランクを抱えた若い娘が通路を歩いてきて、叔父と甥の座った席の横にきた。

「あのお、空いた席に座ってよろしいでしょうか?」

「別嬪《べっぴん》さんだね。どうぞ」

叔父が席をあけ、甥が娘のトランクを荷台にあげてやる。

「わしゃ、耕作、常磐炭鉱《じょうばんたんこう》に勤めております。こいつは甥っ子の勇作。『山登りして遭難したんで骨を拾ってくれっ』て、義理の姉からいわれたもんで、すっ飛んできたら、生きておった。ははは」

「わたし、友里恵です。この春、平に就職が決まりましたので」

友里恵は席に腰掛けたばかりなのにまた立ち上がって深々とお辞儀したので、叔父・甥の二人連れも立ち上がって一礼した。

D五十一型蒸気機関車が、汽笛をあげて動き出す。線路は阿武隈山地を割って東へとむかう。沿線の緩やかな渓谷にはわずかに雪が残り、梅がちらほらと咲き出しているのがみえる。青空に石炭のなす噴煙があがっていた。

(つづく)



【脚注】

恋太郎《れんたろう》 :勇作と友里恵の子。会社員。
麻胡《まこ》 :恋太郎の妻。宇宙飛行士。
勇作 :斜陽の旧家当主。教師。登山家。
友里恵 :勇作の妻になる。教師。

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