伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 「森の宿」 恋太郎白書28
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

「森の宿」 恋太郎白書28

【本編】
.
むかし恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は若者を指差して恋太郎とよんだ。花や紅葉が、はらはら、と宙に漂うかのような若者だった。
.


.
ふらりと旅に出てみた。いきあたりばったりで各駅停車列車の始発に乗り、駅にあった旅行案内のパンフレットをみて、国境の峠にある古い温泉宿に行きたくなった。温泉宿は駅からとても離れていて、蛇行した道をボンネットのバスでゆく。客といえば恋太郎、そして、十歳くらい年上の女性が一人乗っているだけだ。白い和服姿で博多人形のようにもみえるので、仮に、博多さんと呼ぶことにしよう。
.
川をせき止めた湖、山の斜面にしがみつくように建ち並ぶ温泉街。やがて喧騒はなくなり、湖が終わったあたりで、静寂を保った広葉樹の森にバスは入ってゆく。
.
「あなたも温泉宿がお目当てね」
.
「はい、そうです」
.
三時過ぎ、バスから終点の停留所に降りたときは雨になっていた。恐怖するまでに深く繁った広葉樹の森の奥に続く小道を歩くと、葉は色づいてはいるもののまだ落ちてはおらず、傘をささずともさほど濡れずにすむ。 途中、祠《ほこら》があり、 博多さんは手を合わせた。
.
(何か辛いことがあったのですか)
.
そう訊こうとしたが言葉を口にすることはできない。
.
宿は茅葺《かやぶ》きで湯殿《ゆどの》といくつかの棟を渡り廊下がつないでいる。手前の棟に入って、帳場にいた女将に、部屋を頼むと、「あいにく満室でして」と断られた。
.
「君、予約しなかったの。淋しい場所だけれど、ここって人気のお宿だから一ヶ月前には予約をしないと泊まれないわよ」
.
「えっ、そうなんですか」
.
「といっても、今日は帰りのバスは出ちゃったしね」
.
博多さんは困った顔をして天井をみてから、「仕方ない」とつぶやき、思い切った口調で、「相部屋できますか」と女将にいうと、「よろしゅうございます」という答えがきた。
.
浴衣に着替え食事をして話しをしていたら夜更けになってしまった。「一緒にお風呂にいこう」と誘われた。男湯と女湯の暖簾があり、それぞれ脱衣場に入る。湯船は四角い木枠で囲まれ、底には玉砂利が敷かれていた。恋太郎が古びた湯殿を楽しんでいると、ほどなく、別な戸口から、なんと博多さんも入ってきたではないか。
.
「ほんとに知らなかったの。ここって脱衣場は別だけれど混浴なのよ」
.
バスタオルで前を隠したその人は笑った。湯船につかって世間話をするのだが、もっぱら話すのは博多さんで、恋太郎はあいづちをするだけだ。
.

.
翌日、バスに乗り、列車に乗り換えて東京駅まで博多さんを送ることにした。
.
博多さんには子供がいたのだけれども亡くしたばかり。子供の父親にあたる人には別に家庭があった。森の奥の温泉宿に行ったのは気持ちを鎮めるためだったのだと、湯船につかったときに話しをしていたのを思いだす。
.
 「ちょっとだけ、期待しちゃったぞ。でもそこが君のいいところかもね」
.
別れ際、博多さんは恋太郎に口づけした。忙しそうに行き交う人の群れが振り返るのだが気にせぬ様子。しばらく恋太郎を抱きしめると、やがて、その人は雑踏の中へと消えていった。
.

.
翌年また、森の奥にある温泉宿に泊まった。愛也《よしや》とポモリ教授と湯に浸かり、出る際に、名残惜しそうに湯船をながめていると、女子脱衣場の戸が開いて、石鹸《せっけん》が飛んできた。投げたのは美咲だ。後には、喫茶店〝めらんこりい〟のマダム、麻胡先生までいて腕組みして立っている。もちろん服は脱いでいない。
.
「恋太郎君、妄想なんかしてないで、はやくでてよ。つかえているんだからね」
.
(情緒台無し。ああ、一緒に来なきゃよかった)
.
.
【脚注】
.
恋太郎/ 東京郊外の大学に通う学生。本編の主人公。
愛也/ 恋太郎の幼なじみ。恋太郎の大学近くにアパートを借りている学生。
マダムと美咲/ 喫茶店〝めらんこりい〟オーナーと女子高に通う娘。
ポモリ教授/ 恋太郎の通う大学で教鞭を執る。
麻胡先生/ 恋太郎と愛也の高校時代の化学教師で現在は大学院生。仙女の系譜をひく。在職中、男子生徒の絶大な支持があった。華僑系帰化人の孫娘。

スポンサーサイト

theme : 自作連載ファンタジー小説
genre : 小説・文学

line

comment

Secret

あ~あ❤

恋太郎さん、素敵な夜を過ごされたのですね!

そんなこと、滅多にないですよ(笑)

1度はそんな滅多にあり得ない事に遭遇してみたいかも(*^_^*)

くろこ姫様

恋太郎、私に代わりなさい。
(教育的指導)

いつもありがとうございます。

No title

こんにちは。いつも訪問していただきありがとうございます。
きょうは、恋太郎さんの森の宿を読ませていただきました。
何となくありそうで,無いお話ですがちょっと胸がドキドキ
します。夏目漱石の三四郎を思い出しながら楽しませて
いただきました。
ショートショートではありながら、とてもおしゃれなお話です。
これからも時々、読ませていただきますね!

Michi 様

『三四郎』のヒロインは同じ場面で、さまよえる子羊三四郎に、「いくじなし」と罵倒しますね。
『恋太郎白書』の博多さんは抱きしめます。ここに人としての成熟度を示しました。
 ときどき読んで下さるとのこと、励みになります。
line
line

line
Google ペイジランク
ページランク-ナビ
line
奄美剣星
line
文鳥貴族
文鳥貴族
line
最新記事
line
「怪盗めろん」

 

line
「文鳥王トリスタン」
 
line
ブクログ
line
小説家になろう
line
amazon書籍
line
アルパカ版の恋太郎です
line
映画『副王家の人々』より
副王家の一族 
line
イアリング
 ekubo
line
チャイナドレス
chainadoress
line
ポーズ
sofa
line
魯迅記念博物館
inu
line
陽だまりの乙女
usagi
line
裸婦
うつぶせのジャスミン
line
sakasu
line
打ち上げ花火をあげられる四季の風景時計
line
PC広告Amazon
line
テーブルと椅子
椅子3   
line
sub_line
プロフィール

奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)

Author:奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)
1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

line
ranking 1
 
line
ranking 2
人気ブログランキングへ
line
置手紙
おきてがみ     
line
Twitter ぼたん
Sweetsman7をフォローしましょう
line
レッドバロン
line
検索フォーム
line
QRコード
QRコード
line
所収作品について
文献・画像等引用の場合は引用元を記載。自作小説倶楽部作品著作権は各著者に帰属。それ以外の文藝作品・絵画写真画像に関する諸権利は当該ブログ管理人に帰属。無断複写転載を禁じます。
line
カジュアルのシナモン
シナモンアップ 
line
リンク
line
マラッカ要塞
marakka
line
珈琲館の割れ甕
城南
line
地図
line
草原の乙女
sougenn
line
バー
eruhurio  
line
海へ行こう
umiheyuku2
line
祖母
  umiheyuku 1
line
洗い髪
araigami
line
癒しの音楽
line
sub_line