伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 肉林王(ファア王国志)8
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

肉林王(ファア王国志)8

 シナモン内親王(※1)は、王都エイから西に千里(※2)離れたところに御料地《ごりょうち》がある。いっときは羽林園の菩提樹の下に藤椅子を置き物思いにふける姿をみせていたユンリイ王(※3)であったが、王姉が帰った途端に、また宴会の喧騒に身を置き、惰弱のていをさらしていたのである。
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 国師派である新興王臣グループがサトウ(※4)の屋敷で会合を開いた。国師マガ(※5)の信任を得て一派の領袖となったサトウに、若手王臣たちが、
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「ユンリイ王、果たして英傑であらせられるのか? それとも内親王殿下がこられたときだけ賢明を装われていらっしゃるのか?」
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 長椅子に腰掛けたサトウが、腕組みした。正直なところサトウも判断しかねるところがある。ナカイ(※4)は先日、市場で買ってきた文鳥を手にして背中をなでながら、
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「私が諫言《かんげん》しますよ。先輩がやったら駄目っすよ。ずけずけいっちゃいそうだから」
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 夜の会合では、ひとまず落ち着いた。
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    ☆
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 宮殿の宴席には、肉料理や酒で満たした人の丈ほどもある容器が、広間の随所《ずいしょ》に置かれている。これら筒状の容器は樹木のようでもあり、並んで立たせれば林のようでもある。卓上に敷きつめられた杯は灯明《ランプ》に照らされて、酒がなした水面は、ゆらゆら揺れて池のようにもみえた。
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 王臣には、サトウが実質的な領袖となっている新興の国師派のほかに、宰相派(※6)が大勢おり、むしろ主流派といえばそっちだ。宰相派が無能というわけではない。だが、無意味に王の機嫌ばかりをとって肝心な執務をおろそかにする太鼓もちが少なからずおり、政務に支障をきたすことがあった。国政に致命的な打撃がないのはサトウ一派が帳尻合わせをしていたことにほかならない。
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 宮殿には楽士舞妓が控えている。奴隷だ。連中が全裸となり、野獣をまねて四肢で吠え跳ねる。客の王臣たちは、狂乱の宴席に歓喜し、あるいは沈痛な顔を浮かべたのである。
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 玉座のユンリイが欠伸(あくび)をしたとき、全裸の一団がさがっる。ナカイが間隙をついて王の前に進み出た。
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「無礼講《ぶれいこう》でございましたな、主公《わがきみ》。ここで小臣ナカイより、主公に贈り物がございます。どうかお納めくださいませ」
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 ナカイは、先日、市場で手に入れた文鳥のつがいを入れた鳥籠《とりかご》を王の前にだしたのだった。少しすると雄鳥が、歌いながら軽やかなステップを踏んで、雌に求愛をしだした。
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 会場は和んだ、かに思えた。すわった目をした若い王が、ささやくような、それでいてよく通る声でいった。
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「文鳥は舞い歌う。ナカイ、卿《けい》からみた寡人《かじん》は、鳴かず飛ばずの鳥ということか?」
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「滅相もない、陛下。誤解をお受けするようなことをした小臣の愚かさ。お許しください」
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 宴席会場はユンリイ王の言葉に凍りついた。しばらくして、宰相派が、「大体にして、新参者のおまえらが出すぎたことばかりをするから、主公《しゅこう》のご不興を賜《たま》わるのだ」と一斉に国師派に対して罵声を浴びせた。ユンリイ王は、席を立ち後宮に戻る際、ナカイの横を通ったとき、「つまらぬ諫言、無礼講ゆえ今宵《こよい》は許す。だが次はないと思え」と命じたのだった。
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   ☆
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 内親王は、御料地への帰還の途上、いくつかの町を通り抜けた。ときどき隠密裏に市場で買い物をしたり、旅人の列に加わって関所の役人たちの振る舞いを監察したりした。
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 関所の役人たちは、旅人たちに暗黙に賄賂《わいろ》を要求したり、若い娘を随行していようものなら、やたらと衣装の奥に手を突っ込んで、恐れ恥じ入る表情に黄色い声をあげ嬉々としていたのである。
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 列を離れた内親王をみた木っ端《こっぱ》役人が、卑猥《ひわい》な笑みを浮かべて、「不審な動きをする女だ。こっちへ来い。俺が〝念入りに〟調べてやるぞ」と駆け寄ってくる。
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(市場では納税のほかに賄賂を役人に納めなくては露店が開けず、関所ではこのあり様。変えていかなくては国が傾く)
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 役人が内親王につかみかかったときのことだ。内親王の後ろにいた象が、高く持ち上げた長い鼻を思いっきり振り下ろし、役人を中空に弾き飛ばした。
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 (つづく)
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【脚注】 
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〝南蛮〟《なんばん》と蔑称《べっしょう》される辺境諸国の一つファア王国の物語である。  

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(※1)王姉シナモン内親王:「王の目」として宰相派がもっとも警戒する容才兼備の貴婦人。
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(※2)この世界での1里は、実世界での〇・四キロメートルと理解していただきたい。
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(※3)ユンリイ王:ファア王国国王。肉林王と揶揄され、惰弱を振舞う青年君主。本編の主人公。
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(※4)サトウとナカイ:王立学問所卒業生。国師マガの推挙をうけ王臣・近習となり、人材発掘のため東奔西走中。サトウが年長で、国師派の実質的な領袖となっている。
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(※5)国師マガ:宮廷道士の長。専権を振るう宰相と対峙する。
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(※6)ガナオ:ファア王国の実権を握る宰相。

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