伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 掌編集恋太郎白書19 「古琴」
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

掌編集恋太郎白書19 「古琴」

【本編】

  むかし恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は若者を指差して恋太郎(※1)とよんだ。花や紅葉が、はらはら、と宙に漂うかのような若者だった。
.
        
.
 恋太郎の生家は、ちょっとした素封家《そほうか》(※2)時代があった。
.
 敷地は五百坪。石垣は北東鬼門角を削って丸味をもたせる。南池を中心においた庭、囲うように、北に母屋、西に離れ、そして東に、馬屋を仕立て直した長屋門と続く南に土蔵が一つ。 
.
 中・近世の土豪・豪農たちの間で流行した典型的な〝風水様式〟《ふうすいようしき》にのっとった構造である。
.
 土蔵はもともと二つあったのだが、明治・大正時代の炭鉱採掘で地盤が傾き、恋太郎が生まれるはるか前に一つが取り壊されていた。
.
 残った蔵の内壁には、当時の当主の名前が刻まれた板が誇らしげに打ち付けてある。「祝明治三年落成」 明治三年といえば戊辰戦争が終わった翌年だ。
.
     ☆
.
 旧暦の七夕のころだった。学生寮から帰省した恋太郎が、母親のいいつけで蔵の二階を片付けていると、梁のところに無造作に置かれた古い琴をみつけた。
.
 弦は外され、乾燥しきった本体は皺だらけで老婆の裸体を彷彿とさせる。ふたたび弦を張っても艶やかな音をだすことはなかろう。
.
 ──ああ、それね、明治のはじめに嫁いできた何代か前のお婆様の形見だそうよ。
.
 琴を奏でていた何代か前の当主夫人を仮に、〝お琴〟と呼ぶことにしよう。その人は小藩の腰元として、さる姫君に仕えていた。
.
    ☆
.
 細面をした姫君には、兄君にあたる若殿がいた。妹によくにた容貌。その若殿が弦を弾く〝お琴〟の肩に手をおき、耳元にささやいた。
.
「艶やかな琴だな。もう聴けなくなるのが悲しい」
.
 明治維新に連動した内戦を戊辰戦争《ぼしんせんそう》といい、主戦場は、京都・関東・新潟・東北・北海道となる。
.
〝お琴〟が仕えていた鳥居《とりい》の分家は二万石の小藩で藩士は二百名に満たない。装備も旧式で、実戦経験はなく、主家徳川宗家に殉じると徹底抗戦を叫んだものの、官軍がきた途端、瞬く間に蹴散らされた。
.
 小大名は城ではなく陣屋《じんや》に藩庁《はんちょう》を構える。堀一重と土塁《どるい》を巡らせただけの簡素な館だ。江戸屋敷から姫君に随行し陣屋に戻ってほどなく内戦が始まった。
.
 藩兵は陣屋を放棄して北にある隣藩の大きな城に籠もることになった。姫君と侍女たちは、会津藩に通じる裏街道途中にある山寺に入った。会津藩は戊辰戦争最大級激戦地となる同盟国。女性たちは、山寺で自国の属する陣営〝奥羽列藩同盟〟無条件降伏の知らせを訊くことになる。
.
    ☆
.
 天井におかれた古琴を見上げた恋太郎は、子供のとき出会った佐官職人の棟梁のことを思いだした。
.
 屋敷の土蔵は二十年に一度の割合で壁が塗り替えられる。恋太郎が小学生のころ、職人たちがきて、恒例の壁の塗り替えをしているときのことだ。茶を飲んでいた坊主頭にねじり端巻きをした棟梁が、こんなことをいって笑った。
.
「実をいうと爺様は、鳥居の殿様だったんですよ。いまじゃ、うちも、ただの左官屋ですがね」
.
 明治時代、政府に逆らった藩主たちは薄遇され、帰農したり市井の職工になったりしていた。本家筋のごく一部は許されて華族に列せられたが、一門の大半は市井に留まっていたのだ。
.
 棟梁は小学生の恋太郎を肩車して土蔵の二階に昇り、皺だらけの古琴を感慨深げにみつめた。やがて、おもむろに、腹巻きから懐中時計を取り出し、
.
 ──おっ、いけねえ、仕事の時間だ。
.
 とつぶやき恋太郎を降ろすと、頭を撫でて、職人たちがいるところへ戻っていった。
.
     ☆  ☆  ☆

【脚注】
.
※1 恋太郎 : 本編主人公。東京郊外にある私大に籍をおく学生。ふられることに関しては天才的な青年。 ※2 素封家 : 官に頼らない民間の富裕者をさす。 
.

   ☆
  ☆

   人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログへにほんブログ村

小説・詩ランキング

小説人気ランキング娯楽部

おきてがみ
次の行まで必要



   


 http://www.blogmura.com/help/?type=h&no=12http://ping.blogmura.com/xmlrpc/b3byx262eg9q にほんブログ村






スポンサーサイト

theme : 短編小説
genre : 小説・文学

line

comment

Secret

No title

弦は外され、乾燥しきった本体は皺だらけで老婆の裸体を彷彿させる。・・・(´∀`*)ウフフ・・・

想像して笑ってしまいました。

琴の音色、好きですよ・・
私の実家のお隣から、良く、お琴を弾く音が聞こえていたのを、
思い出しました(*^。^*)

くろこ姫様

明治・大正の方。けっこう嗜みとして琴をやられる人が多かったように思います。
叔母に大正琴をやる人がいました。
母はピアノをやります。
母のが一番、のいずぃ~。

No title

私、保育園の先生をしていた事があり、
高校生になって、ピアノを習いはじめました。

そんな年に習いはじめた、ピアノは、悲惨です。
チットモ、上手になりませんでしたよ・・

今でも、ピアノの音色、大好きなのですが・・・

かっこよく、バーにいって、ピアノの弾き語りなんて、
出来たら、すてきですね(笑)

のいずぃ~。って、意味が??
ごめんなさい。わからなくて・・・

Re: No title

くろこ姫様
ピアノの弾き語り格好いいですね。昔の職場の同僚にいわせると、エリートの弟さんがいらして、結婚披露宴のとき、颯爽と奏でたところ、来賓が総立ちになったとのこと。花嫁も惚れ直したことでしょうね。REtのイーズイー ──なにを意味するか浅学なために判りませんが、〝Let's easy!〟 であれば、「気楽に行こうぜ」というところでしょうか。(ん、違った?)
line
line

line
Google ペイジランク
ページランク-ナビ
line
奄美剣星
line
文鳥貴族
文鳥貴族
line
最新記事
line
「怪盗めろん」

 

line
「文鳥王トリスタン」
 
line
ブクログ
line
小説家になろう
line
amazon書籍
line
アルパカ版の恋太郎です
line
映画『副王家の人々』より
副王家の一族 
line
イアリング
 ekubo
line
チャイナドレス
chainadoress
line
ポーズ
sofa
line
魯迅記念博物館
inu
line
陽だまりの乙女
usagi
line
裸婦
うつぶせのジャスミン
line
sakasu
line
打ち上げ花火をあげられる四季の風景時計
line
PC広告Amazon
line
テーブルと椅子
椅子3   
line
sub_line
プロフィール

奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)

Author:奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)
1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

line
ranking 1
 
line
ranking 2
人気ブログランキングへ
line
置手紙
おきてがみ     
line
Twitter ぼたん
Sweetsman7をフォローしましょう
line
レッドバロン
line
検索フォーム
line
QRコード
QRコード
line
所収作品について
文献・画像等引用の場合は引用元を記載。自作小説倶楽部作品著作権は各著者に帰属。それ以外の文藝作品・絵画写真画像に関する諸権利は当該ブログ管理人に帰属。無断複写転載を禁じます。
line
カジュアルのシナモン
シナモンアップ 
line
リンク
line
マラッカ要塞
marakka
line
珈琲館の割れ甕
城南
line
地図
line
草原の乙女
sougenn
line
バー
eruhurio  
line
海へ行こう
umiheyuku2
line
祖母
  umiheyuku 1
line
洗い髪
araigami
line
癒しの音楽
line
sub_line