伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 掌編小説/中世物語 『魔狼クールトー討伐記』4/4
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

掌編小説/中世物語 『魔狼クールトー討伐記』4/4



 道案内の少年カミーユに続いて、赤毛の坊ちゃんこと帝国騎士ボルハイム、全身傷だらけのギリシャ人森番・ルーカス、そしいて俺・アンジェロのパーティーは魔獣モンスターに仕掛ける崖にむかった。この四者は二頭の馬に分乗していた。俺は赤毛の坊ちゃんと同じ駒に、少年は森番が乗っている駒に乗った。
 狼狩りでは、相手がみえなくとも、大人数である追っ手は囲い込むように、鳴り物を鳴らしたりしながら、崖っぷちに追い込んで仕留める。そのあたりは、猪やら鹿と違うところだ。
 赤毛の坊ちゃんが俺にきいてきた。
「アンジェロ、相手はほんとうに狼か?」
 狼というか
魔狼ルー・ガルー。いささか知恵が働く。
 でてくるときは晴れていたのだが、急に雲行きがおかしくなって、風が吹いてきた。崖下から風が噴き上がってくる。日没のときぐらいの暗さになった。
 がさごそ、と音がした。
 女子爵に仕えている家宰とその手勢五十人だ。
「やあ、家宰さん。ほかの皆さんは?」
 年を重ねてもどこかあどけない容貌を残した赤毛の坊ちゃんには、一騎当千の勇者・帝国騎士としての顔と、主公・ドイツ=神聖ローマ帝国の外交官としての顔とがあった。家宰たちが残忍な笑みを浮かべているのと、殺気を悟りながら、長年の友人に親しみをこめるように手を振っている。けっこうな役者っぷりだ。
 あたりには連中のほかにはいない。一緒にきていたはずの連中はかなり後方にいる。走ってきたにしては尋常ならぬ速さだ。
 ギリシャ人森番が、銀製弾丸を装填した火縄銃の縄に種火をつけた。火蓋を親指であけ、火縄銃で狙いを定めた。
 この時代の手銃はまだけっこう大きく、安定させるために銃底には鉤留がありそこに脚を装着させ、鞍に接続し固定させているのだ。
「帝国騎士は皇帝親衛隊士たる一騎当千の戦士だときいている。五十対四。実際はどうしたものかな?」
 「狼」たちを絶壁においつめる作戦だったのだが、女子爵の城衆によって、逆に包囲されてしまった。この連中が呪文のようなものを唱和しだした。
.
  Odin Frigg Tyr Thor Sir Baldr
  Nanna Forseti Hermodhr Hel
  Heimdall Bragi Idhunn Freyr Freyja
.
 ふるい北欧の言葉だ。彼の地の神に懇願し、何者かを召喚したようだ。
 男たちの顔がだんだんと、尖ってきて、犬のようになった。牙やら、舌をのぞかせている者もいる。手から毛が生えてきた。
 森番が斜め上に一発、発砲した。
 ドサッと頭が狼で身体がまだ人間の名残りのある存在を仕留めた。
 しかし次の弾丸を装填するには時間がかかる。そこは諦めて剣を抜いた。俺が家領の森でルーカスと最初に会ったとき奴は平民に身分をおとしていた。だが、新たに騎士に叙勲してやった。平民だと短剣を携帯することは許されないのだが、貴族になると長剣を携帯できるようになる。
 坊ちゃんも笑みを浮かべながら、連中が一斉に跳びかかってくると、その瞬間に長剣を目にもとまらぬ速さで動かした。無駄な動きはしない。剣先で魔狼どもの首筋を少しだけ傷を入れる。高速で動いている敵の急所を正確に狙って仕留めるのだ。一騎当千といわれるのはこういうわけだ。
 わずかな傷口から魔狼どもは、鮮血を噴射して、つぎつぎと地面に転がり、やがて断末魔のもがきをやって果てる。
 ちっ。
 家宰の服を着た魔狼が助けを呼ぶ咆哮をした。
 するとだ。
 高さ五十ミーター(四十六メートル)はあるだろう崖側から、上昇気流にでも乗っかってきたかのように、体高五ミーター(一・五メートル)はあるだろう、巨体の四脚獣が跳びあがって、俺たちの後背を衝いた。
 一瞬、熊かと思ったがそうではない。
 狼だ。それもふつうの二倍でかい、とんでもない大きさの奴。崖下からどうやって、一気にジャンプしたのか不思議だ。そいつが、坊ちゃんが乗っていた馬の脚に思い切り噛みついた。騎士を仕留めるときは、直接攻撃するよりも、乗っている馬の脚回りを槍などで刺し、振り落とすのだ。次の瞬間には手下の魔狼どもが、坊ちゃんに群がって首を噛み切るに違いない。
 しかしそのあたりは心得たものだ。坊ちゃんは、馬がもんどりうって倒れる前に、特大版狼の背中にまたがって、グサッ、と一撃を入れた。
 致命傷じゃないがけっこうなダメージになったはずだ。そいつが激しく地面に背中をぶつけ、坊ちゃんを振り落とす。
 魔狼たちが、坊ちゃんに群がろうとするのを、森番ルーカスが長剣で追い払う。
 実をいうと、この戦闘の前に、俺たちは仕掛けをしていた。あたりの木々の幹に二つの紋章を刻んでいたのだ。まずは、表面には十字が刻まれている。
 狼頭になった城の家宰が、
「われわれの正体を知っての罠だったというわけか!」
 と叫んだ。
 灰色猫は答え、呪文をまじえた問いを敵に浴びせた。
「魔界よりきたる者よ。刻まれた『印』をみるがいい。妖しの者にあがなうことなどできはすまい。魔狼どもよ、総毛立ち、膨れ上がっておるな。……魔性の貴様に、この『印』が読めるか? 生まれたことなく、語りつくされたということなく、無窮の点に注がれ、非道にも刺し貫かれた御方・キリストの『印』が!」
 ふさふさとした毛の狼どもが、呪縛され、象のように膨れ上がっていた。大きくなった身体は半ばかすみ、やがては消え去ろうとしていた。
 だが……。
「われらが『闇』に帰ることすらも許さぬというのか!」
 十字が刻まれた樹皮がはらりと剥がれ落ち、下から、三角形を上下二つ重ねて描く六芳星が現れる。
「貴様らに喰われた人々の恨みを知れ。神聖なる火で貴様たちを焼き殺してやる。三位一体を形どった炎の紋章をみよ。その炎で焼かれたかろう? わが術の最後のものをくらわせてくれる」
 特大版狼が咆哮した。
 引き揚げの合図というわけだ。魔物たちは、狼に続いて山を駆け下ってゆく。
 道案内の少年が、森番にきいた。
「あっちには、「山狩り」に参加した人たちがきているはず。銀の弾丸でやっつけてくれるよね?」
「いや、連中はそこにはいない」
「え、じゃ、どこに?」
 じゃ、ゆくか。
 森番の馬を借りて、俺と坊ちゃんが先に山を下る。森番と少年は後からきてもらうことにした。
 女子爵の城は、山狩りにきた連中二百五十人が爆薬を仕掛けていて、魔狼たちが山から逃げ帰ってきたところで、火矢を放ち、吹っ飛ばした。 
 最初の計画では、崖に魔狼たちを落として殺すはずだった。しかし妖気から女子爵が魔狼の化身と察知。それで挟み討ちにするともちかけ、俺たちのいる崖っぷちに奇襲をかけさせた。山では連中を押し戻し、戻ったところを、はじめから仔細を告げていた猟師・町衆に焼き討ちしてもらい一網打尽にしたというわけだ。
 炎上する城から、女子爵がでてきた。黄金の腕輪をしている。特大版狼が前脚でキラリと光らせたものだった。
 包囲陣のなかで火縄銃を構えていた猟師たち数十名にも、聖母マリアのメダルを溶かしてつくった銀製弾丸が配られている。火蓋を親指で開け、一斉に引き金をひいた。
 ドレス姿の女子爵の鼻に縦皺が寄った。みるみる狼頭になってゆく。
 女子爵は俺をみやって、
「い、一体、お、おまえは何者なの?」
 と叫び、もんどりを打って地面に転がり、のたうちまわってから、断末魔の咆哮をあげ、土を掻いて、ようやく動かなくなった。
 暗雲に陽射が射してきた。
 しばらくは静かになる。
 さてと。
 ――俺かい? 猫だよ。 
     END





引用参考文献/
●物語の大筋は、渡邊昌美「ジェヴォーダンの魔獣」(『フランス中世夜話』白水社2003年 P112-118 )を参考にしている。
 そこで興味深い記載があった。
 森を歩いていた旅人が突然狼、雌狼に襲われ、護身用の剣で斬り払った。雌狼が逃げたあと、脚は人の腕となり、なんと、その地方の領主の奥方のものと判明。ただちに異端審問官が派遣され、奥方は火あぶりとなった。またピェール・ビュールゴーという男性も異端審問官によって狼男であると自供し処刑されている。要は物語のモデルは新教側の殉教者だったということだ。
 なお、人食い狼が、フランス全土からほぼ一掃されるのは十九世紀で、根絶するのは二十世紀になってのことだ。人間と狼との姿を自在に変えるという魔狼伝説は、ドイツ=神聖ローマ帝国との係争地・フランシュコンテ州での出没事例が酷く、この物語の次の世紀・16世紀では六百人の魔狼の容疑者が異端審問官により処刑された。30年戦争と新教の流行に歯止めをかける旧教側の現地司教の思惑もあったようだ。
●アンジェロの呪文に関しては、ゲーテ著 高橋義考訳『ファウスト』(新潮社1967年初版 2011年第79冊)のP100-104「悲劇 第一部・書斎」を参考にした。
●魔狼への変身呪文に関しては、真野隆也『悠久なる魔術』(新紀元社1990年)のP22-25「ルーンによる変身魔術」を参考にした。
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