伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 掌編小説/シーサイドフェ・夏2/2
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

掌編小説/シーサイドフェ・夏2/2


 夜が明けるまでには、まだ、たっぷりと時間がある。何を急ぐというのだろう、夏夜はひたすら早歩きで線路沿いに北上した。
 このあたりで、海に注ぐ川のいくつかは、潮流の影響によって、海岸線にほぼ並行し横に走っている。TUNAMIで海岸線が抉れ、軌道ギリギリまで波しぶきがあがるスポットがあった。
「きゃあー。……あーあ、濡れちゃったね、恋太郎君」
 二人はまた歩いた。道路を走る車はトラックばかりで数も少ない。
 平野部に侵入してだんだん海へ迫り出してくる西の山沿いにさしかかったところで重たい金属からなる轟音がした。恐ろしく長く車両を連ねた貨物列車がこっちにむかってくる。二人は、それを避けて一度軌道の横にそれた。
 貨物列車が通り過ぎると潮騒ばかりがきこえ、闇となった沖合には、大型船と思われる船の灯かりがみえた。
 潮に濡れた服はいっこうに乾かない。
「身体が冷えてきちゃったよ。ちょっと、温めさせてね」
 夏夜は、急に立ち止まり、振りむきざまに恋太郎にしがみついた。恋太郎の心臓が高鳴りだした。
 どくん、どくん、と高校生の心臓が鳴っている。
 ボブの女学生はそれを楽しんでいる様子だ・
「恋太郎君、人の脈拍は一分間に六十回。これを何倍かしてゆくと一日の時間になったり、一年の日数に近い数になるんだよね。月の満ち欠けは十五夜。六十を割った数。面白いと思わない。男と女の出会いというのも、偶然のようで必然だったりもするのかなあ?」
 そういって夏夜は笑った。
 逆立ちしてももてない若者が、どういうわけだか、出会ったばかりの女性にハグされた。二人ともTシャツにジーンズという格好だ。夏夜の乳房がTシャツ越しに触れる、というより押し付けられる。お互いの体温と心臓の音が伝わった。
「――これぞ、ハーモニー。恋太郎君のおかげで夏風邪をひかずにすみそう。お礼にキスしてもいいよ」
「えっ、ああ、そんなあ」
「ウブねえ。これはお姉さんが生活指導しなくっちゃ、いけないな」
 しばし恋太郎で暖をとった夏夜が再び歩き出し、冷えてくるとまた暖を取る。それを夜まで繰り返しているうちに、胸のあたりだけでは乾いてきた。そこでようやく、彼女は身の上話をしだした。
「私の父さん。五月に死んだの。稼業を継がなくちゃ。大学に休学届けだして、つきあっていた彼とは強引に別れたんだあ。自分で自分に恋愛禁止令・強制送還をしたのよ。もちろん後悔なんかしていない。でもね、ほんの少しだけ神様におねだりしてみたくなったの。ああ、神様というより恋太郎君にだな、この場合は――」
「どういうことです?」
「恋における
断食ラマダン。そのまえに『青春』ってやつをエンジョイしたいじゃない」
「無差別ですか?」
「失礼な、私だって、男をみる目をもっているわよ」
 五時近くなって、あたりで明るくなってきた。軌道は少し海から離れて山際をゆく。海に突きでた岩塊の切り通しを越すと、そこから、海岸をたどった北の奥にシオサイ港がみえる。二人は、自然と手をつなぎ、市電の軌道から離れて、海岸道路に沿った道路に駆けだした。
「恋太郎君、ジャンケンで勝った方が走って五歩進むのってどう?」
「いいですよ」
 そして堤防の上をジャンケンしたりして、戯れながら、先を争って歩く。
さらに二人は、防波堤に掛けられた梯子をつかって砂浜に降りた。波間を走ったり、海水を互いにかけあって、せっかく乾きかけた服をまた濡らした。
「私さあ、一度やってみたかったのよ。昔のテレビドラマとかでさあ、海辺を走って、バカ野郎とかやるでしょ。ねえ、一緒にやらない?」
「やりましょう」
「それじゃ、いくわよ」
 ――バカヤロオォォォ!
 二人は長く続く海辺を走るに走った。気の済むまで走っると、なぜだかポツンと砂浜にあるベンチに二人は腰を下ろした。そして夏夜は恋太郎の肩を枕にして時間の過ぎるのを楽しむ。
「夜があけちゃったね。『夏の夜の夢』はおしまい」
 そのあたりの停車場で二人は、海に臨んだカフェテラスをみつけた。
 店は、ネオン管で「シーサイドカフェ」と書いてある。駐車場には何台かのオープンカーが停まっていた。窓越しから、動く客や店員の姿が窓越しにみえ、古いロックが聴こえる。
 なんと、営業しているではないか。
「あの、夏夜さん。あそこに寄りませんか?」
「残念だわ。市電の始発がきちゃった」
 腕時計をみると早五時少し過ぎになっていた。
 なんて無粋なのだろう、遠くに小さく路面電車がきているのがみえる。
 それがくるまえに、二人は停車場に駆け戻った。
 夏夜が、恋太郎をまたハグすると、自らの唇に恋太郎の唇を重ねた。
 やってきた市電が停車し、ドアが開いた。
 恋太郎が先に飛び乗った。
 しかし、夏夜は乗らなかった。
 市電が走りだす。
 流し髪の高校生が慌てて跳び降りようとすると。
「戻らないで、恋太郎君。……ごめん、ほんとは私、結婚するんだ。迷っていたの。マリッジブルーってやつ。ほんとにごめん」
 停車場で手を振るボブの乙女が泣きじゃくっているようにみえた。
 そして諦めた。それが正しいか正しくないかは別として。
「頑張れ」
 そういって、彼女より年下の男の子も、手を振った。
 このあたりに人家はない。彼女はあのカフェのマスターと結婚するのだろうか? そんなふうに恋太郎は想像した。
 ああ、またフラれてしまったよ。
 ――って、お話はいかがなものだろう?
     ☆
 付属中学・高校を併設した城山大学キャンパス前停車場で、路面を待つ高校生二人がいた。長髪を束ねたノッポな
川上愛矢かわかみ・よしやが、横にいる流し髪の悪友の頭に手刀を喰らわせている。
「恋太郎、恋太郎、戻ってこーい!」
 少年の魂魄は宙を漂ったままだ。
 坂道を登ってきた市電が、停まって、ドアを開けた。

    END


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