伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 掌編小説/桜の下の王子様
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

掌編小説/桜の下の王子様




 悪友・愛矢に、恋太郎のはじめての恋人は誰かと訊ねると、「ヒメだ」と答えた。口説いたのでもなく、自然にそうなったのでもない。純粋に脅迫されてそうなったのだそうだ。
 どんなことがあったのだろう――。
「恋太郎、私のお婿さんになるのよ」
「なんで?」
「こないだキスしたでしょ。卵を産んだの。当然だと思わない」
 ヒメの握った手が開かれた。小さな、小さな、小鳥ほどの卵がそこにあった。ヒメは、卵を、宝石のようにして、恋太郎には決して触らせない。
 恋太郎は目を丸くした。キスはしたのではない。されたのだ。だいたいにして人が卵を産むものなのだろうか?
「何、その顔。疑うの?」
 ヒメによれば、キスをすると女の子は卵を産むのだが、二十歳になるまで卵はかえらない。結婚して病院の分娩室に入ったときこんな儀式をする。
 ――夫が廊下で待たされているとき妻は、医者と看護婦を証人にして、卵に問うのだ。「天使になるの? それとも人になるの? 天使になるのなら神様のもとに。人になるのなら私たちのもとにおいでなさい」と。卵の中の存在は納得して、天使になるか、人になるのかを選択する。仮にだ。キスした相手と結ばれないときはどうなるのか。卵は違う相手と結婚式をあげた途端に消えてしまうのだという。
     ☆
 診療所には、「子供部屋」と呼ばれる六人部屋があった。先住者は二人おり、同じ年だったので、すぐに友達になった。二人のうちの、流し髪の少年は肺炎になっていた。もう一人いるノッポで長髪を後ろに束ねた少年は右腕を骨折してギプスになっている。
 流し髪の少年は、
田村恋太郎たむら・れんたろう、ノッポの少年は川上愛矢かわかみ・よしやだ。
 そこに、診療所に併設された官舎に詰めている、老医師夫妻の孫娘が加わって、賑やかになった。老医師の孫娘は、ブラウスに紐で吊ったスカート姿で、ボブの髪型だった。むかしのことなので男子二人は名前を記憶していないのだが、少女をヒメと呼んでいた。
 悪童どもにとっての診療所は格好の遊び場だった。階段、待合室、廊下。三人は、建物の内外を駆けずり回っていた。
 それだものだから、看護師に、
「あんたたち、病人なんだからね。判っているの?」
 と注意されたものだ。
玄関には、「丘之上診療所」と書かれた、縦に長い、看板が打ち付けられていた。中に入ると板の間になり、靴をスリッパに履き替える。受付と待合室がつきあたりにあり、そこから横にゆくと、診察室・手術室・レントゲン室なんかがあった。ギシギシきしむ螺旋階段を昇った二階にゆけば病室だ。
 診療所に詰めているのは、地元・湯宿の家から通っている看護師の女性が一人いるほかは、停年間近な老医師がいるだけだ。診療所併設の官舎があって、老医師の家族が住んでいた。診療所と官舎はL字になり、南にむいて庭になったところは、姫林檎が植えられていた。
 老医師夫妻は孫娘を預かっていた。孫娘の両親が外国暮らしをしているためだ。
 ヒメが、そう呼ばれているのは恐らく、老医師夫妻が、プリンセスのように愛していたからだろう。だが、あるとき少女がその木の幹に片手をやって、
「この木は姫林檎。私の木よ!」
 と宣言した。
 ――なるほど、ヒメは木の名前をつけられたのかあ。
 恋太郎と愛矢はそう結論付けた。
庭からからみえる世界は、尾根に囲まれた、小盆地がすべてだった。谷底のまんなかにあるレアメタル駅からバスでゆくと五分くらいで着く、恋太郎の家のあるところの、湯治場・湯宿。裏手の尾根の上に、自動車でも登れるジグザグした坂道もあるのだが、元気な見舞い客は、宿場の外れにある温泉神社の境内を横切り、そこのさらに裏手にある急な石段を昇ってゆくのだ。
 てっぺんにあるのが、診療室・手術室・それに入院患者用の病室も備えた木造二階のくすんだ診療所・丘之上診療所だ。
 診療所からは、麓の湯宿、小盆地の真ん中にある駅と市街地、その奥にある尾根・麓から中腹に広がる坑道と関連施設、そこから延びているレールの上を、コッペル機関車が、貨物車に原石を載せて、貨物ターミナルを兼ねた駅にむかっているのが、みえた。
 桜の季節、「子供部屋」の空きベッドに、来年、小学校に入学をするという少女がやってきた。恋太郎たちと駆け回るほどの体力はなく、窓際のベッドから桜の花ばかりみていたので、サクラと呼んでいた。
 恋太郎の父親・勇作が「子供部屋」を見舞った。
「子供部屋」には、サクラと、サクラの母親だけがいて、世間話をしていた。
「かわいい娘さんですね」
「ありがとうございます。恋太郎君のお父さんですか?」
「はい」
 勇作は、サクラのベッドの横のサイドテーブルに、看護師が忘れていったカルテをみつけた。看護師が忘れていったものだ。シャーロック・ホームズが友人のワトソンの文字をさして、「医者ほど悪筆はない」といったくだりがあるそうだ。殴り書きだが、サクラが難病であるということは理解できた。
 恋太郎が仲間二人と連れ立って、病室に戻ってくると、勇作は、
「サクラちゃんに絵本を読んでやれ」
 といった。サクラの母親は恐縮していたのだけれども、
「こいつも勉強になりますから」という言葉に押されて了解した。
 恋太郎が読んだのは、『桜の下の王子様』という絵本だった。
     ☆
 昔、丘の上のお城に住んでいる可愛いお姫様がおりました。ある日、おやつの時間。お姫様が、片手に盛った桜ん坊を食べようとしたとき、一つが地面に落ちて転がってしまい泣き出しました。ところがどうでしょう、転がり落ちた桜ん坊から芽がでて、お姫様が美しく成長したころ、立派な木になって、桜ん坊が実るようになりました。さらに何年かして、桜の木に見慣れない馬が繋がれていたました。そうです、素敵な王子様が、結婚を申し込みにきたのです。
     ☆
 サクラは恋太郎が絵本を読んでくれたので満足の様子。
「また読んでね、お兄ちゃん」
「いいよ、明日また違う本を読んでやるよ」
 サクラが笑うと恋太郎も笑った。
 愛矢は冷やかすようでもなく、
「恋太郎、悪い気がしないみたいだな。なんだか妹ができたって感じだ」
 といった。
 恋太郎は、「うん」といって深くうなずいた。
 婚約者を自称するヒメは腕組みしてそっぽをむいた。
     ☆
 ところが数日後、恋太郎が目を覚ますと「子供部屋」にサクラの姿がなかった。
 廊下にでようとすると、老医師夫人と看護師の声がした。
「サクラちゃん、偉かったわね。幼いなりに、迫り来る『死』を受け止めていたのね」
「それにしても急すぎだわ。夜のうちに様態が急変するなんて」
 バルコニーには、サクラの両親が、娘の亡骸を抱いてすすり泣く姿があった。
 恋太郎も、その後ろにいた、愛矢とヒメは泣いていなかった。友達になった少女が突然いなくなったという事態について、彼らなりに心中を整理していたのだ。
 恋太郎は、「死」というものが理解できなかった。好きになった娘が突然いなくなるということは理不尽で、恐怖そのもの。やがては自分もそうなるのだろうか。なんて恐ろしいことなのだろう。
 牧師の息子である愛矢は、胸のところで十字を切って、
「火葬場で火にくべられたあと、煙は星になる」
 と恋太郎とヒメにいった。
 サクラの死から数年して、老医師は退官となり、夫人と孫娘を連れて故郷に帰った。ほどなく、診療所は閉鎖された。屋根は朽ち落ち、庭は草で覆われ、姫林檎も虫に食われて立ち枯れしていたのだが、桜の木は残った。
 大人になって帰省した恋太郎は、久しぶりに、ヒメがいた診療所の前を通った。途中、愛矢の実家がある教会前を通り、愛矢と連れ立って歩く。
「恋太郎、またいくか……」
「ああ」
 花が咲くころ、恋太郎は、診療所跡地を訪れ、桜の下に立って絵本の一節を朗読するようにしている。王子様にはなりそこねたのだけれども……。
 診療所跡・玄関に立った愛矢は、ゴムでできた小さな卵をみつけて拾って、恋太郎に渡した。
「ヒメ、どうしているのかなあ?」
「うん、どうしているかなあ……」
 恋太郎は卵を受け取り、微笑んでから、また戻した。
 そして二人はまた列車に乗り都会にむかった。

     END




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