伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 掌編小説/行列ができない法律事務所 (校正再掲)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

掌編小説/行列ができない法律事務所 (校正再掲)



   

 名前ばかりは国際港だが、コンテナとタンカーくらいで豪華客船などくるはずもない。五階以上のビルなど数えるほどしかない。焦げた色をしたコンクリート埠頭には、風ばかりが吹いている。東北の片隅にあるシオサイ市はそんなところだ。
 町はずれにある市役所の横には、二階建ての事務所がある。一階はガレージで、二階がオフィスになっている。オフィスとはいっても、事務机と応接セット、法律書を並べた本棚、若い弁護士が自ら書いた漁船を並べただけの下手な絵が飾られている。詰めているのは、弁護士、司法書士、行政書士の男子が三人と、女子事務員一人の四人だ。
 電話が鳴ったので女子事務員が受話器をとった。
 ──はい、奄美法律事務所です。
「恋太郎(れんたろう)先生……」
 恋太郎先生と呼ばれたのは、母方祖父の後を継いで五年になる弁護士・田村恋太郎だ。電話受話器を受け取るとメモ帳にペンを走らせた。十二時を少し回ったところで、皆で昼食をとっていたところだった。
「じゃーん。買ってきました先輩。これが噂の『王子様のラーメン』っすよ」
「でかしたぞ、中居。新製品じゃないか!」
 偉丈夫という言葉は、司法書士の佐藤ほど似合うものはない。丈は凡夫よりも頭一つを越え、スーツ越しに分厚い胸板が透けて見えるようにさえ思える。そのため中背である行政書士の中居は小柄にみえてしまうのである。
 女子事務員が、二人のマグカップにお茶を注いだ。
「佐藤さんに中居さん、ちゃんとしたものを食べないといけませんよ」
「ちゃんとしたもの? ……『王子様のラーメン』がちゃんとしていないとでも? ミクちゃん、君は、三つ星食品研究室の血と汗の芸術作品を冒涜するのかね?」
 ミクと呼ばれた女子事務員は頬にハンカチをあてた。
「いえ、佐藤さん、けっしてそのような……」
 受話器を置いた若い弁護士は、「ちょっと行ってきます」といって外に飛び出していった。佐藤たちは、何事だろうという顔で、恋太郎の背を見送った。
  埠頭にはコンテナ船が横づけされている潮騒港。そこに並ぶ貨物倉庫の一つだ。倉庫は三階ほどの高さだが、吹き抜けで、天井には直接屋根がかけられている。コンテナに荷はなく、廃材ばかりが積まれている。
 乱雑に積まれた古タイヤにもたれかかるように、恋太郎と包帯を巻いた若い女性が荒縄で縛られていた。
「無茶したなあ」
「ごめんなさい、恋太郎先生」
 恋太郎の横で縛られている女性はヨウコという名だ。事件のあらましはこうだった。
    ☆ 
 ヨウコは、地元大学に通う女子大生で、合コンで知り合ったユキオに熱をあげていた。ユキオは背の高い、少し筋肉質の若者だ。カラオケルームで、友人たちが水割りやカクテルを飲むなか、ウイスキーをストレートで何杯も飲んで、乱れない。そんなところも格好よく思えた。
「明日のドライブに行くんでしょ? 私も乗せてよ」
「あんまり助手席には人を乗せたくねえんだ」
「彼女がいるの?」
「そういうわけじゃないけどさ」
「じゃあ、乗せてよ」
  あまり乗り気ではない素振りのユキオは少し考えてから、ぶっきらぼうにいった。
「飛ばすぞ。もし事故っても、責任は一切とらねえ。いいか?」
「いいわよ」
 翌日、二人を乗せたオープンカーは、山間の蛇行する道路を、猛スピードで走行した。ユキオはレーサーをきどって、ガードレールすれすれに走行し得意になっていた。そのとき、タヌキが飛び出してきた。避けようとしたが、ハンドルをさばききれず、車体は、ガードレールを突き破って崖下の小川に転落した。車体は横転してひしゃげている。
 幸い、通りかかったドライバーが通報。すぐに救急車がきたので大事にはいたらなかった。
 運転していたユキオは軽い鞭打ち症状で済んだが、助手席のヨウコは、首を打撲肋骨にひびが入り、顔を切って数針も縫うことになった。
「周りにきいてみろよ。『乗せて』っていったのはおまえだし、はじめから、『怪我したらテメエもちだ』って断ったよなあ」
 そういって取り合わない。釈然としないヨウコは恋太郎に電話して、喫茶店で相談した。
 ──こちらから頼んで同乗した場合、訴えの満額が出ないけれど、三割減で支払いが命じられているって、判例があるんだよ。
 恋太郎は、示談に持ち込もうとユキオの家に行ったところ、仲間たち五人と酒盛りの最中で、
「うるせえ、ドブスに払う金がもったいねえ!」
 とわめいて縛り上げた。ユキオは、ついでにヨウコも、
「悪かったな、治療費・満額だしてやる」
 と呼び出し、仲間の車で、倉庫まで連れてきたというわけだ。
「恋太郎先生、私たち殺されちゃうんだね。最後にお願いしていいかなあ?」
「ああ、いいよ」
 交通事故で顔を縫ったため包帯をしているヨウコが、恋太郎のそばに身を寄せると、唇を重ねた。
「ユキオじゃなくて、初めから恋太郎先生に出会っていればよかったのに……」
 倉庫奥では、土木用の容器で生コンクリートが練られている。連中は、生きながらにしてコンクリート詰めにして、埠頭から海中に沈めるつもりのようだ。
「弁護士先生よお、あんたも不運だったな。こんなバカ女に関わったばっかりに。ひっ、ひっ、ひっ」
 ユキオは、ガラス瓶のウイスキーをラッパ飲みして、恋太郎をもてあそぶように平手打ちを三回くらわせた。
「民事訴訟で済んだのに、重大事件だなあ。僕たちを殺したりしたら、監禁致死ほかもろもろの罪が何個も加算されて、死刑になる確率が高い」
 ユキオは、恋太郎の腹に蹴りを加えた。
「バレたらの話だろう?」
 まず恋太郎が、ユキオの仲間たちによって、引きずられ生コンクリート満たした容器に転がされた。
 そのときである──。
   ☆
 ひづめの音が鳴り響いてきて倉庫の入り口で止まった。シャッターが開くと、騎馬武者のシルエットが二つ並んでいる。するとそこから、暗がりの奥にむかって白いものが、勢いよく飛んできて、悪人どもに襲い掛かってきたではないか。
「──白鷹。そんなものがなんでここにいるんだ!」
 白鷹は脚でつかんでいた小袋を落とした。袋は空中で、ぱっ、と開いて、悪党どもの頭から灰をばらまいた。目潰しである。
「よくやった、松風」
 白鷹は、放物線を描いて、騎馬武者の一人の肩に舞い降りた。分厚い胸板をスーツに無理矢理押し込めたような体躯の男だ。サラブレットにまたがっているのは佐藤である。
「刑法二〇一条、二〇四条、二〇八条、二二〇条、二二五条。すなわち、殺人予備罪、傷害罪、暴行罪、監禁罪、営利目的等拐取罪を働く、畜生道を徘徊する外道ども。地獄の閻魔様に代わって、俺たちが引導をわたす。
「な、何者だ? 」
「司法書士佐藤」
「行政書士中居」 
 ──参る!
 二騎は勢いよく駆け、人数分の手錠を投げつけた。手錠は、ブーメランのように宙を舞い、のたうちまわる悪党どもの手を捕縛していった。
 泣きっ面になった悪党の親玉ユキオが歯ぎしりしてわめき散らした。
「司法書士と行政書士風情が手錠なんて使っていいのかよおっ。違法だろ!」
「あいにくだな坊や。この場合は刑法三六条、三七条、正当防衛及び緊急避難が適用され、逮捕権の特典までつくのさ」
 警察がくるまでの間、佐藤たちは恋太郎たちの縄を解かずに煙草をふかしていた。
「酷いなあ、佐藤さん。いい加減、縄を解いてくださいよ」
「通報はすでにしてあります。十分もしたら、パトカーがくるでしょう。奴らに先生とヨウコさんが、監禁されていた事実を証明するのです。裁判では決定的ですよ」
   ☆
 夜遅く。
 ふたたび、奄美法律事務所である。一度帰宅した事務員のミクが、心配して中へ入ろうとしたとき、戸口に立つ中居が煙草をふかしていた。
「ミクちゃん、いま、中には入らないほうがいいよ」
「どいて、中居さん。恋太郎先生がたいへんだったんでしょ?」
 中に駆け込んだミクが目の当たりにしたものは、事務所の奥では、佐藤と中居が顔を寄せ合っている姿だった。
「先生と佐藤さんがそういう関係だったなんて!」
 若い女子事務員が、泣きながら昇ってきた階段を駆け下ってゆく。
 中居がつぶやいた。
「いわんこっちゃない。ここからの角度じゃ、キスしているよにしか見えんわ」
 他方、事務室の中では、
「恋太郎先生、松風がまいた目潰しの灰は、ほう酸水で全部流しましたよ。まったく、手がかかる」
 と佐藤がぼやいていた。
    ☆
 ……田舎です。行列こそできませんが、仕事は、きっちりさせていただきますよ。これからもごひいきに。一同礼。奄美法律事務所。
 
    END




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