伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 恋太郎白書 第13話「あかずの間の麗人」3
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

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恋太郎白書 第13話「あかずの間の麗人」3

 

 犬神先輩が、「先に帰省する」といって七五〇《ナナハン》バイクでゆくのを見送った恋太郎は、アルバイト先の運送会社が急に忙しくなり、帰省を数日延期するはめになった。

 仕事帰りに銭湯に寄り、〝大衆食堂〟に回ったとき、女子店員ユウキの姿はない。帰省したのだという。 

 寮に戻り、階段を昇ると突き当たりは、左右に分かれた廊下。〝あかずの間〟は左横。岐路を右に曲がって自室に戻る。〝梨山寮〟旧館二階でただ一人陰気な夏の夜を過ごさねばならない。 

 ──〝梨山寮〟の一夜というよりは、〝禿げ山の一夜〟だな。 

 ベッドに寝ころんで、ギリシャ神話の冊子の続きをめくっているうちに、うとうとしだした。そのとき── 

 悲鳴が聞こえた。女性の声だ。


 蛍光塗料を塗った腕時計の針は午前二時を指している。恋太郎はベッドから半身を起こし、廊下にでた。顔に蜘蛛の巣が被さり払いのける。ぬるい風が吹きかかってきた。外付け非常階段の扉が開閉しているのだ。 

 ──誰かいる。 

 ふと左横をみた。〝あかずの間〟が開いていて、中から、白い服の女性がでてきたではないか。恋太郎は総毛だった。のけ反るように倒れた際、したたか床に後頭部を打った。 

   ☆ 

 恋太郎は気がつくと自室のベッドで臥していた。腕時計をみると七時過ぎ。 

 ──夢だったのか。 

 後頭部が痛い。やはり失神していたのだ。患部を手で押さえながら起きあがり、廊下に出てみた。非常階段のドアは閉じられている。階段の左横にある〝あかずの間〟は開いている。その奥隣にある犬神先輩の部屋をみたとき、七分通りの謎が解けた。

 窓から差し込む朝陽を背に受けたシルエットの女性が声をかけてきた。懐かしい声だ。 寮長代理の若い女性で、その人が昨夜の幽霊の正体だった。

「一緒に朝ご飯食べよう──昨夜はたいへんだったよ。廊下でひっくり返った君を、みんなで部屋まで運んだの」 

    ☆ 

 一階玄関横には畳の間の寮長室がある。先客がいた。一人は犬神先輩、もう一人は〝大衆食堂〟で学生アルバイトをしていたユウキ。恋太郎を朝食に誘った若い女性は苦笑しながら、「座って」といった。 

「今回の件は私と寮長の胸三寸で収めてあげる。でも次は親御さんを呼びつけなくてはならないわ、規則だから」 

 犬神先輩とユウキは、申し訳なさそうに、みそ汁をすすりだしたので、恋太郎も二人にあわせた。 

    ☆ 

 犬神先輩とユウキは恋仲だった。先輩はバイクのうしろにユウキを乗せ、湾岸をドライブし外泊。昨夜、寮の自室に忍びこみ逢瀬《おうせ》をしていたのだ。

 部屋は、階段を昇って左右に分かれた通路の左横〝あかずの間〟の奥隣になっていた。

 ちょうどそのとき、寮長代理が、学生が帰省して好きな時間に掃除できると考えたのだろう、〝あかずの間〟を片づけにきた。夜行性なのだ。 

 〝梨山寮〟は関係者以外女子禁制。寮長代理が、隣室の〝あかずの間〟に入った隙に、二人は非常階段を駆け下った。階下は絶壁で、どのみち玄関のある建物の反対に回り込まなければならない。 

 異常を察した寮長代理は、当然のごとく玄関に先回りして二人を捕まえた。寮長代理を幽霊と勘違いした恋太郎は失神。大捕物のあと、代理、寮長、ユウキの三人によって自室に運び込まれたというわけだ。 

 オレンジのような香水、寮長代理は、高校時代、化学を教えてくれた女性教師だった。いまは大学院に在籍している。法要のため帰省した年輩の寮長夫妻の姪にあたり留守を預かっていたのだ。そう、〝化学室の魔女〟麻胡先生である。 

    ☆ 

 秋になった。 

 帰省し墓参りを済ませた恋太郎が足早に寮に戻ると、旧館二階廊下の天井に張り巡らされていた蜘蛛の巣は、取り払われて綺麗になっていた。 

 麻胡先生は大学院に戻り、寮長夫妻が職務に復帰、学生たちも続々とやってきた。麻胡先生が片づけた〝あかずの間〟には県人寮から移ってきた学生が住むことになった。 

 密教系宗派の熱心な信者らしく、夜中に読経をしていたので、自殺話が真実だとすれば供養になったであろう──というより、新入りのほうが幽霊より不気味がられたわけではあるが。 

    ☆
  
 中秋月の夜。 

 大学近くにある喫茶店〝めらんこりい〟で長居をした帰り、乗車した小田急線列車にユウキがいた。けっきょく、犬神先輩とは別れたのだという。 

「私ね、卒論以外の単位、採っちゃったんだ。首都圏にいる理由もないから実家に引っ込む。水戸だから、一週間にいっぺんの受講なら、アパート代を払うより、通ったほうが安いもの」 

 恋太郎は〝梨山寮〟の最寄り駅で降りることになっている。ユウキの下宿はその先の駅だ。恋太郎がホームに降りる間際、 

「最後まで優しくしてくれてありがとう」 

 ユウキが、恋太郎の頭をたぐり寄せ、慌ただしく口づけした。やがて…… 

 扉がしまり、上り電車が発車した。窓越しのユウキは泣いているようにみえる。 

  ──何もしてやれなかった、話をきいただけで。 

 恋太郎は、手を振るユウキを呆然と見送った。 
 
  (第13話稿了) 

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comment

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おはようございます

おはようございます。
今朝も冷えます。

ローマンチックな物語ですね。
犬神先輩も隅に置けない(*^_^*)
麻胡先生は覚えています。
なかなか魅力的な先生だったですよね。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、夢はなくなるけれど実際はたいていそんなもんでしょうね。
学生が夜中に自室で読経、たしかにそれが気味が悪いですね。
最後は少しほろりとさせます。
みんなこうして青い春を過ぎていくのですね。

Re: おはようございます

〝梨山寮〟のモデルは、私が学生時代を時過ごした川崎市生田駅周辺を舞台としております。景観描写は当時の姿のまま。犬神先輩のモデルはなかなかのプレイボーで、〝別れ際の魔術師〟の異名をとっていました。読経をする新人のモデルは1つ後輩。私が2年のとき、自治会役員となり、3・4年生から苦情続出となり、やんわりと読経をやめるように説得しました。〝あかずの間〟は実際2つあり、その一つは〝読経くん〟が住みはじめました。もちろん、怪異現象はありませんでしたね。不気味だったのはほんとうに彼でした。

No title

すてきなお話ですね!
本当の物語ですか??

あかずの間で、続経って・・
想像しただけで、気持ち悪いです(笑)

くろこ姫様

本当と嘘のエピソードをまぜています。
寮、銭湯、食堂も実際にあったところを参照に。
登場人物も、ほぼ実在の人物をモデルにしてますが、
ユウキだけはまったくの架空です。

はい、あかずの間に入ったリアルの新入りは柔道選手のような体型でやぶにらみ。それで読経。全寮生がひきましたね。次年、彼はその強面をフルに生かして新入生を束ねたとのことです。(爆)
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