伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 掌編小説/中世物語 『終焉、東ローマ帝国』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

掌編小説/中世物語 『終焉、東ローマ帝国』



     まだみぬタマル王女へ

 ローマ帝国が東西に分裂し、ほどなく西ローマは蛮族によって滅ぼされたものの、われらが東ローマはその後も伸縮しつつも生きながらえてきた。だがそれも間もなく終わるだろう。
 異教徒の帝国トルコに捕虜になったこともある父帝ヌマエルは、合戦をできるだけ避け、ひたすら外交で敵を懐柔しようと試みた。華美な皇帝装束を好まず、修道士のような恰好でいた。「悲しい瞳の皇帝」はすべて見通していた。そして本当に一介の修道士になってしまった。芸術を愛し、そちらの分野では帝国に最後の華を咲かせた父。臣下の誰もが、「もう少しまともな時代なら、どんなに素晴らしい名君になったことであろう」といったものだ。
 対トルコ強硬派であった長兄ヨハネス帝は、即位前から宗主国となったトルコに叛旗をひるがえし、西方教会に援軍・十字軍派遣を請うた。しかし祖国を不在にして、ローマ教皇や神聖ローマ皇帝のもとを訪れても、馳走を振る舞われはしたものの、よい成果は得られなかった。しょせんは人頼みではらちの明かぬことなのだ。
 ヨハネス帝は、戦友として戦場を馳せた私を後継者に指名した。しかし次兄テオドロスと弟トーマースが反対。けっきょくテオドロスが即位する。しかしその次兄も亡くなり、その際、私を後継者に指名。だが弟が叛旗を翻した。私は抗争に勝利した。愚かな奴だ。東ローマ帝国などと称しても、いまやビゼンチン都城とギリシャに小さな飛び地が二つばかりあるだけではないか!
 私はミストラスで帝位に就いた。コンスタンティノス十一世として。
 そしてあの男がきた。ハンガリーの錬金術師ウルバン。初めは黒い犬の姿をし、宮殿中庭を散策していた私のところにやってくるなり、人の形に戻ってささやいた。
「陛下、私と契約なさいませんか? お望みなら、失われた帝国領域を回復に一役買いましょう」
 落ち目になると世迷言をいう輩が、屍肉をあさりにやってくる。そういう手合いだ。宮廷には魔性の者を捕える仕掛けが何重にも施されている。先帝より伝えられし「破魔の呪法」を唱え奴をねじ伏せさせると、司祭たちに命じ、奴を、教会地下の洞窟に封印した。しかし錬金術師は、悪魔というべき存在で、すぐさま脱出。異教徒の帝国に渡り、スルタンと契約を結んだ……。
 私が戦場を馳せ四分五裂していた帝国をいくばくか回復させたころだった。そこへきて後継者争いで敗れたトルコの皇子がわが宮廷を訪れていた。これは賭けだ。父帝ヌマエルがしたように、皇子をトルコ皇帝に推して軍事介入し、異教徒と友好関係を築くのだ。 追い風もあった。東から押し寄せたチムールにより、トルコは壊滅的な打撃を与えられて日が浅い。勝算は高いと踏んだ。しかしそれは敵をみくびり過ぎというものだった。敵皇帝メフメト二世は国力を瞬く間に回復させており、すぐさま反撃を開始できたのだ。
 私は使者を西方教会及び神聖ローマ皇帝のもとに送った。そして、東ローマ教会を西ローマ教会のもとに統合させるとの条件を提示して、再度の十字軍派遣を懇願した。しかし十字軍はこなかった。
 大公ルカス・ノタラス元帥は、
「けっこうなことではないですか。陛下は、西方教会がよこした第四回十字軍が、ビゼンチン都城を乗っ取って略奪を働き、ここまで帝国を落ち目にしたという歴史をお忘れかと思いましたぞ。幸い、異教徒どもは西の奴らより約束を守る。トルコは人頭税さえおさめていれば信仰を許すというではありませんか。だとすれば、枢機卿の四角帽をみるくらいなら、スルタンのターバンをみるほうがましというものだ」
 とあちこちで放言しているらしい。
 だが国家・文明が滅ぶということは、そのアイデンティティーが終わる。民族の死滅と同じなのだ。元帥は判ってはいないようだな。
 ――味方七千二百に対して敵は十万。
 異教徒の帝国は、封鎖したボスポラス海峡の裏側に回るため、エーゲ海からら一個艦隊を陸に引き揚げ、牛・馬と人夫で反対側へ移動。さらにビゼンチン都城の真横に、付け城ルメリヒサールを構築。海と陸から挟撃する態勢をとった。
 そして、口径二十五インチ(六十センチ)、全長八ヤード(七メートル)、重さ十トンの超弩級大砲「マホメッド」。砲身を二つに切断し、牛六十頭と人夫二百人で陸揚げし、ビゼンチン都城のまんまえに据えおく。
 大砲は別名を「ウルバン砲」ともいう。あの、ハンガリーの錬金術師ウルバンが造り、スルタンに献じたものだ。
 爆発的なエナジー。こんな馬鹿げた作戦を可能にできる国力をもった
怪物モンスターがオスマン・トルコだ。
 組み立てられた超弩級大砲「マホメッド」は、水平射撃で千三百ポンド(六百キロ)の石弾を一日七発、四十日間休まず城壁の一点に集中させて壊した。そこからトルコ軍が突入してきた。市街地を敵兵が席巻していた。
 私は間もなく突撃する。
 さらばだ。

                            一四五三年五月二十九日


 「陛下、お支度は整いましたでしょうか?」
 居室・窓辺の机にむかっていた私は、手紙を入ってきた近習に持たせ、婚約者であるグルジアの王女のもとに走らせようとした。だが思いとどまり、その手紙を甲冑の胴当てに仕舞い込む。
 牙城である宮門内側の「馬だし」にゆくと、百騎ばかりの近衛兵が整列して私を待っていた。
 ――神よ、帝国を失う皇帝を許したもうな。都の陥落とともにわれは死なん。逃れんとするものを助けたまえ。死なんとするものはわれとともに戦い続けよ!
 私は檄を飛ばすと、重厚な扉を開けさせ、市中を席巻する異教徒の軍に突撃した。敵の親衛隊・イェニチェリはさすが精強そのもの。寡兵であるわれらは激しい戦闘の末・玉砕した。
 戦闘が収まり、敵味方の人馬の遺骸が街路に果てているのがみえる。重傷を負い虫の息となった私おところに、イニチェリたちが、わが鎧の内側を改めた。
「ものすごい乱戦だったな。おかげで、どの遺体が皇帝なのか判りゃしない」
「おお、手紙だ。密書か? 
陛下スルタンにお報せせねば……」
 ほどなく数百騎がやってきて、そのなかの一人が馬から降りた。オスマン・トルコ皇帝メフメト二世だ。彼は手紙と私を交互にみやると、血染めとなった手紙を破り捨てた。
 兵士が目を丸くする。
「なんということを!」
「コンスタンティヌスはグルジアに婚約者の王女がいたときく。遺書というか恋文のようなものだ。こんなのをもらったら心残りで嫁にゆけなくなる」
 その通りだ。スルタンよ、感謝する。
 熱い激痛の走る身体を冷めた闇が包んできた……。
    ☆    
 それから二十数年後、ところはブルゴーニュ公国首都ブリュッセル。
 先代シャルル・テルメールの後を襲ったのは可憐なマリー女公だった。先君は、遺言で、娘婿に神聖ローマ帝国皇帝の息子・オーストリア大公マクシミリアンを指名。この機に公国を乗っ取ろうとした隣国フランスの国王ルイ十一世は、諜報員を送り込んで、各都市に内乱を起こすべく策動。大公は風前の灯になっていた公国を救った。
 女公は少し年下の夫をマックスの愛称で呼んだ。そんな彼女の特技はさまざまな言語を理解できることだ。彼女の宮殿各部屋には、俺のために、小さなドアがつけられている。部屋に入り窓辺に座ると、彼女がお喋りを始めた。
「マックスがいうの。アンジェロ、貴男が、高貴な方の生まれ変わりじゃないかって。侍女たちも皆、そういっているわ。名前から、公国の守護聖人アンデレとか……」
 これが神の下した罰か。
「ねえ、ほんと、何者なの? 」
 ――俺かい? 猫だよ。
    END 

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genre : 小説・文学

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ご苦労様でした。この時代のオスマントルコは世界最強の国

だったと思われますね。このトルコが衰える事によって、アジ

アと西欧の力関係が逆転するのですね。

jizou様

まさしくその通りで
帝国は旧体質を克服できず
古いタイプの世襲軍人が幅をきかせ近代化がおくれます
なんとかこういう連中を粛清し、近代軍隊を養成したときには
欧州列強との溝を大きくあけられてしまったとのことです
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