伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 掌編小説/ 中世物語 『牧神の午後』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

掌編小説/ 中世物語 『牧神の午後』

 アルプス山中から、ざわざわと、山羊の群れが降りてきた。牧導犬が、山羊たちがはぐれないように、麓に降ろしてきている。
 グレゴリオ暦を用いる西方教会では、復活祭は三月二十二日から四月二十五日の間の日曜日で、そこから五十日後が聖霊降臨祭だ。六月、習わしにより、欧州中の牧人たちは、六月下旬あたりの夏、一斉に放牧の旅にでかける。その牧人が、十一月六日のレオンハルト祭から十一日のマルチン祭にかけてのころになると、村が雇った山羊かいが、まるまると肥らせた山羊を連れて帰ってくる。
 牧人は、山羊の所有者各戸に、それを届けてまわる。ハシバミの枝を持って祝辞を述べると、人々はお礼にバターや卵を渡してねぎらってやる。
 角笛をもった男が犬にいった。
「ヨゼフ、森に山羊を入れるなよ。御料林だからな。入ったら大目玉だ」
 そこにだ、共有林に、
たきぎを拾いにきた娘たち三人がでくわした。
 山羊かいも、山羊も、牧導犬も、娘たちにはさしたる興味もなく通りすぎていった。
 山羊かいは気が付かなかったようだが、山羊群れの末尾に混じっていたのが、そいつ、だった。
オークなんかの木立はすっかり葉が落ちていた。
 葉っぱをつけているのはモミの木だの松だのだった。
     ☆
 赤毛の坊ちゃん・騎士ボルハイムは、主君である神聖ローマ帝国ローマ王の勅書を預かって、駒をアルプスの麓の村々を結んだ街道を走っていた。例のごとく、俺は、坊ちゃんの駒に、ちょこん、と乗っかって旅につきあった。街道が、氷河のふもとにできた村の外れを通っている。そこで、奴にでくわした。
人の身体だが、羊の角と後足が生えている。摩訶不思議な生き物だ。
「パーン……」坊ちゃんがつぶやく。
 精力絶倫の色情狂、女に色目を使い、たらしこむのはまだいいとして、追いかけ回した挙句、犯して殺し、バラバラ死体にしてあっちこっちにその肉をばらまく変態。それが牧神パーン。神というよりは悪魔みたいな奴だ。 その毛むくじゃらの半獣神は、目を血走らせ、先を走る若い娘を追いかけていた。
 乙女のピンチを放置しないのが、帝国騎士ってもんだ。よっ、坊ちゃん!
 三人の少女が坊ちゃんの背後にまわる。
(神に挑むというのか? 若造!)
「神? 人を襲うのは悪魔と相場が決まっているが……」
(神も悪魔も人が勝ってにそうよぶだけのこと。われは「人」よりも先に存在していた。ゆえに「人」なるもののメスを蹂躙するのも、わが楽しみの一つよ)
 ニタリと笑ったそいつが、笛をとりだした。
 どうせろくなことをしないだろう。「パニック」って言葉は、パーンに憑依された状態を意味している。その手の術を喰らわせる気だ。
 奴が笛をくわえかけたとき、気が付かれないように俺は、背後にまわり込んで、股をくぐり、跳躍し、一気にその笛を、刃の爪で真っ二つにぶった斬る。
(風下からすりよって匂いを消し、足音を立てぬ。きさま、何者なのだ!)
 ――俺かい? 猫だよ。
 次の瞬間、鞘を引き抜かれた帝国の紋章「双頭の鷲」を彫った長剣が、深々とそいつの腹に突き刺さる。
 巨体の半獣神が、地面にばたりと倒れる。遺体は消えると氷の塊となった。冷たい北風が吹くと、それは雪のように砕け、舞い飛んで消えた。
 神は死んだ。
 後の世の哲学者とやらがいったそうだ。
     ☆
 アルプスの雪が山頂からだんだん里におりてくるころ。羊飼いたちは村に戻ってくる。村人は御馳走を振る舞って、彼らをもてなした。最初は村人から選んで山羊を預けた。任期は三年くらいだ。山羊かいはその間、一人で孤独な旅をする。
 預かっていた山羊が、狼の群れに襲われたり、また、雄同士が喧嘩して負傷することだってある。群れからはぐれるのも何頭かでてくる。病気になった山羊にやる薬草は、アルプスの花、塩、糠、粘土、大麦の芽といったもので、ずた袋に入れて旅をする。里へ帰ると、山羊かいはいちいちそういう不始末を弁明する。長旅は二百キロに及ぶ者もある。割の合わない仕事だ。
 やがて、
専業者プロの山羊かいが現れることになるのだが、群れからはぐれた山羊は、勝手に売ったのだろうと、預けた農民から猜疑の目をむけられる。ゆえに、後から悪魔的な牧神パーンが、もれなく、くっついてくる信用できない奴、賤民せんみんとして扱われた。彼らが自由人に復帰するのは、十六世紀後半の帝国法によるもので、同業者組合ツンクト加入権が許されるのは十七世紀のことだった。
 現実は厳しいのだが、十五、六世紀のブルゴーニュ公国の宮廷において、牧人文学が花開くことになる。
     END


  引用参考文献
   阿部謹也 著 『中世を旅する人々』 平凡社 1978年
    ほか
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genre : 小説・文学

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