伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 24サランの丘/ハプスブルク戦記
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

24サランの丘/ハプスブルク戦記



 選帝侯トリーア大司教領コブレンツは、モーゼル川がライン川に注ぎ込む南ドイツ河川交易の要衝だ。一四九二年九月の帝国議会はそこで開催された。議場には議員である選帝侯たちはひそひそ話をしていた。
「ブルージュでローマ王は捕囚となり、帝国軍が出撃した記憶は新しい。今度は女房を寝取られたことで、フランスへ報復だと? 
半島公国ブルターニュの問題も工房公国ブルグントの問題もあくまでもハプスブルク家自体の問題で帝国とは無関係だ」
 やがて議場に、マクシミリアン陛下の肩を借り、老皇帝フリードリヒ三世が脚を引きずって歩いて玉座に着席したのが気になった。
「皇帝よ、どうなされました?」
「悪魔と戦った」
「悪魔ですと?」
「冗談だ」
 ――もうろくして満足に歩けなくなったのか?
 皇帝は冗談をいったように取り繕ったのだけれども、マクシミリアン陛下や近臣たちの対応から、あるいはそれが本当かもしれないという奇妙な空気が伝わってきた。皇帝の死期も近い、はなむけにちょっとだけ我儘をきいてやろうじゃないか、という意見が諸侯たちからでてきた。王は、兵員・資金といった支援こそ少ないが、帝国軍としての戦いという大義を手に入れた。
 俺・ガスパーレと譜代の徒士二人が、マクシミリアン陛下警護の名目で、会議場の隅っこで控えていた。議会が閉会したので、皇帝に肩を貸すため、議場にむかう。包帯だらけの俺をみて老皇帝がいった。
「ガスパーレといったな。儂に肩を貸さずともよい。卿も相当の深手のようだが……」
「肉だの林檎だのたらふく食らいました。流した分の血はつくりましたよ」
「例の半島での戦いはリスクが大きすぎて息子に反対した。だが今回はちがう。孫娘マルグリットは、多くの人間を救うことになる」
「占星術ですか?」
「それもあるが夢でみえるのだ。焼け焦げた
工房公国ブルグントの諸都市がみるみる元通りになってゆく。互いにいがみあっていた市民たちが手を携え笑いあっている。卿はアンボワーズ城で、マルグリットに会ったことがあるだろう? あの娘には癒しの力があるのを感じなかったか?」
「癒しの力……」
 たしかにそれは感じた。俺がフランスに雇われていたとき、アンボワーズ宮殿に、同じ年頃の諸侯の子弟が集まっていたとき、子供たちの中心にはつねに、あの姫君がいた。王妃という地位によって威圧するのではない。より幼い者、弱い者の側に立って、年長者・力の強い者とバランスをとっていたのだ。学門の呑みこみも尋常ならぬ速さがあり、ラテン語も瞬く間に修得してしまっている。
 皇帝が脚を痛めたのは老いぼれたからじゃなく、
半島公国ブルターニュ・レンヌ城での攻防戦で、俺が、敵・宮廷魔道士コミーヌとやりあったときに、「賢者の手鏡」を介して、使い魔封じをやったからだ。その際、使い魔が、この人の脚を狙って抵抗したと考えるに至るのは容易なことだった。
 議場の外には、王の友・フッカーが待っていた。
 王が訊ねた。
「フッカーよ、ハンガリー遠征失敗の愚は二度としたくない。フランスと、一年間賃金をとどこおりなく傭兵たちに支払いつつ戦わねばならぬ。何人雇えるか?」
 四角い顔の豪商が、一度空を仰ぎ、それから答えた。
「議会の支援を加味して、六千かと……」
 俺は耳を疑った。遠征軍が、帝国軍が六千だと? 長引かせるとまた金欠病になるかもしれないが、二、三万の兵をそろえ、速攻でフランスに戦いを挑むべきではないのか。
 ――いまはこれが精いっぱい。
 しかし無謀というわけではない。マクシミリアン陛下は、外交官ボルハイムと、ナッサウ伯をイギリスとスペインに走らせ三国包囲網を画策する。同盟国イギリスは、陛下と一緒にフランス北部から、フランス南部からスペイン軍と同時侵攻する作戦がたてられていた。
 同年十月、
工房公国ブルグントで、ザクセン公アルプレヒト将軍が、クレーフェが指導していたフランスに味方する叛乱軍を降伏させていた。
 帝国軍が、同国を通過して、スイスに寄ったフランスとの国境に入り、同国東部で
旧工房公国ブルグントに属していたロートリンゲン公を寝返らせることに成功。さらに軍を西に進め、プザンソン城市に攻略のため、そこの南部サランに陣を敷いた。このとき、アルプレヒト将軍が、わずかな騎兵のみを従えて追ってきて、幕舎に飛び込んできた。
「マックス!」熊のような体躯をしたその人は陛下を愛称で呼んだ。
「どうした
従兄上あにうえ?」
「どうしたもこうしたもない。同盟国イギリスが敵に寝返った。スペインもだ!」
「なに?」
一四九二年十一月、フランスはイギリスに大金をばらまいて講和条約を結ぶ。ブルの和約だ。これに気をよくしたフランスは、翌一四九三年一月にスペインともバルセロナの和約を結んだ。マクシミリアン陛下を助けるものは、麾下の帝国軍六千のみだった。帝国議会にきた諸侯たちが、「それみたことか」と嘲笑う声がきこえるようだ。もちろん嘲笑っていたのは味方ばかりではない。前面にいるフランス軍もそうだった。
 明けて一四九三年一月。イギリス・スペインを籠絡したフランスは、何万もの軍勢で、ローマ王が陣取るサランへなだれこんできた。背後で督戦していたフランス王シャルルが、摂政である王姉アンヌにこういっていたそうだ。
「六千? 帝国ではこれを軍隊と呼ぶそうですよ、姉上」
「マクシミリアンの常勝神話もここまでね。ローマ王を仕留めた英雄として貴男の名前が歴史に名を刻むときがきたのよ」
「そういえば、敵軍六千のうちスイス傭兵が二千ばかり加わっているとのこと。調略するよう、そっちにも金をばらまいておいた」
「抜け目ないわね。しかし私が手塩にかけて育てたあのマルグリット姫が、取り返しにやってきた実の父親を、間接的だけど、殺すことになるなんて、運命って皮肉だわ」
「まったくだよ、姉上」
 マルグリット姫は利発で人に嫌われるというところがない。結婚はしているものの、あまりにも幼すぎた。まだ寝台を一度も共にしていない元妻に対して、シャルルは罪悪感があった。実子同然に養育していた王姉はなおさらだ。
 フランス軍数万の兵が、なだらかな丘の上に立ち、むこうの丘の上にある神聖ローマ帝国の陣営を見遣っていた。

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6000人とは、すごい侵略軍ですね。まるで、ゲリラ。

jizou様

一個連隊で
敵兵は8000名だったそうです
むこうもボロボロだったようです
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