伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 恋太郎白書 第12話「女神を封印するということ」
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

恋太郎白書 第12話「女神を封印するということ」

 むかし恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は若者を指差して恋太郎とよんだ。花や紅葉が、はらはら、と宙に漂うかのような若者だった。
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 月の女神といえば知的で物静かな美女を連想する。〝黒髪のアテナ〟と仮に呼ぶ女性はまさにそんな感じがした。
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  ※  ※  ※
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 小田急線沿線というのは文芸作品の舞台となるような気がする。レールは谷間に開けた市街地をぬって走っている。癖のある運転手がいて、きまって急ブレーキをかける駅がある。
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 満員電車に揺られて、降りる直前、ブレザーの少女が連れにいった。
「私、この運転士さん、知ってる」
「私も」
 二人が笑ったので、恋太郎も笑みを浮かべた。
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 谷間の南北は丘陵となっていて、梨園が広がっている。谷間から坂道を登った絶壁に学生寮はあり、恋太郎が住んでいた。 
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 駅前本屋でギリシャ神話の小冊子を買い、ホームで読んでいると、〝黒髪のアテナ〟が現れる。

 〝黒髪のアテナ〟は違う学科だが同じ大学の学生で、同じ講座をとっていた。通学路も同じで、ときどき、同じ電車に乗ることもある。

 腰近くまで髪を伸ばした色白の肌に、切れ長の眼をしている。顎が少し短い。身長は恋太郎とほぼ同じだ。
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 たまたま本屋であって、改札口を抜けたところで、「友達と待ち合わせしているの」
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 といって下り線ホームの北と南に分かれた──のだけれども……けっきょく、「きちゃった」といって恋太郎のところへきた。

 電車が車で〝黒髪のアテナ〟と話しをした。
「恋太郎さん、ギリシャ神話が好き?」
「うん、面白い。けっこうはまるよ。君は?」
「哲学が好き」
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 〝哲学〟 漫画好きが多く、小説とはいってもSFや推理小説が主流を占める中でそんなものを好むという学生は周囲に希有だ。
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  乗った電車はすし詰めで、二人は抱き合うような感じになった。
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 ──いい?

 〝黒髪のアテナ〟は頭を恋太郎の肩に乗せた。誘惑というよりは答えを待つ問いだ。あとで考えてみれば、真面目なその人なりの〝賭け〟だったのだろう。

 恋太郎は、ふられることに関しては熟練してはいたが、受け止めるということに関しては慣れていない。ちょうど、ほかに好きな女性がおり、告白したばかりで、返事を待っているところだった。なんという間の悪さなのだ。
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 口説いていた女性への義侠心から、〝黒髪のアテナ〟にまともな返事をすることはなく、疎遠となり、寮からキャンパスに近いアパートへと越したので通学路で出会うこともなくなった。
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 もちろん、口説いていた女性にも、いつものごとくふられ、〝白いチューリップ〟を贈ることになるのだ。
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 最後に出会ったのは卒業資格者一覧を張り出した学生課事務所前の広間であった。〝黒髪のアテナ〟は気まづそうに視線をそらし、人混みの中に逃げていった。

 ──追えば良かった。好きだったのに。

   ※  ※  ※
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 〝めらんこりい〟には寄らず、大学からけっこう離れた最寄り駅の近くにある居酒屋で安酒を飲んだ。店を出て少し歩いたところにある小橋のところで、酔い覚ましの凍てつく風にあたっていると、南仏に所帯を構える元漁師フィッシャーマンが、叫んでいた。

  ──ヨシコ、愛していたぞ!
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 恋太郎と眼があった。フィッシャーマンが首を傾けてから、
「〝めらんこりい〟であったことがある」
 といってバツの悪い顔をした。
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「酔ったフリして昔の女の名前を呼んだのをきかれてしまったわい」

 街灯に照らされた頭。短く刈り上げた髪は霜を頂いている。フィッシャーマンは恋太郎の失恋話をきいて、
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「心の中には水晶がある。〝女神〟を愛した瞬間を封印するんだ。手に届かなくなっても、水晶だけは、おまえさんのものだよ」
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 凍てつく小橋の上で、フィッシャーマンと立ち話をした。
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 小学生の時はガキ大将で、スカートめくりに困っていた女子児童を守るため、上級生をやっつけた。ヨシコは守ってやった娘。遠洋漁業で何ヶ月も航海しているうちに、別な男性に口説かれ、行方が判らなくなった。
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 基地のあった港町で知り合った女性と結婚して、南仏に留まっている。両親は亡くなり、兄がこしらえた墓参りのために帰国。明日、再び、南仏に行くのだという。
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 むかし物語だった。
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  ※  ※  ※
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 女神を水晶に封印する──ということ。いったい、いくつの水晶を心に抱え込んでいるのだろう。後悔という類のものではないが、凍てつく夜道を歩くたびに恋太郎は考える。

 恋の遺産は計り知れない。哲学に関心がむき、デカルトあたりから読むようになった。

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アバター
2010/03/28 11:48
前々回、前回の「白いチューリップ」「フィッシャーマン」の2話を伏線としました。著者が(一応)男子のため視点も男性視点となることをご了承下さい。〝黒髪のアテナ〟のモデルとした方は、教員を目指していた女性。著者の体験を恋太郎の物語に反映させてみました。

BENクー様
そうですね。恋愛は難しいですね。フィッシャーマンについては第11話レスに示しておきました。

でふぉると様
こういう水晶をいくつもためこんで我々は成長していく、ということ。少なくとも、スタートラインにおいて、「二兎を追うものは一兎をえず」などという格言は外れているのかもしれません。ケース・バイ・ケース。……そうでしたか、やっぱり、誰しもありますね、「運命の人」だったかもしれない相手とすれ違ってしまうことって。

ソラちゃん様
女の子バージョンも多々あることでしょう。ごろごろ。切なくも可愛らしいなあ。

そめこ様
ある種、加害者ですね。そういう自覚をもつと、追われる者(被害者)ではなく、追うもの(加害者)という感覚をもつほうが、いいかなあと感じます。……フィッシャーマン。青年の薫りを漂わせつつ年輪を重ねていく海の男。ロマンチスト。かくありたいものです。

きらりん様
お心当たりでも? 大勢の男子どもの〝女神〟になっていらっしゃるご様子。ぼけるまで砕けませんよ。逢ったりしたら、新たなる伝説がはじまるかも。

なぎさ様
そうでもすね。共有した時間は鮮明に残りますよね。哲学の薫りを知った恋太郎……けっきょくネバーエンディングストーリーだったりして。

藍姫様
今回のエピソードは、著者の実体験ベースでかきましたので、いまだに引きずってます。そう、いじめないでください。恋太郎ともども著者も精進いたします。(三拝九打平伏)
アバター
2010/03/27 19:45
アテナは、男勝りで高潔な印象のある女神ですね。プライドも高そう ^^;
そんな彼女の精一杯のアプローチは 玉砕……。恋に臆病にならないといいですね。
恋太郎さんは、水晶を胸に しまいこむ事で、男として光り輝いていくのかなと思いますが……^^
アバター
2010/03/27 16:47
誰かの心に何かを残せるってことは 素敵なことですね
人と人の交わりはだから好き!いつまでもその人との共有した時間は
色褪せることなく 心に積もっていきますものね
哲学に関心が向いた恋太郎・・さてはて いつか叶うんですよね 恋心
楽しみだなぁ~^^v
 
アバター
2010/03/27 14:49
封印した水晶はその後砕け散ったりはしないものでしょうか?

やはり、女性より男性の方がロマンチストなのね。
そして、『会わぬが花』なのでしょうね…

アバター
2010/03/27 13:36
やはり、男の人は追われるより 追う方がいいのかしら。

フイッシャーマン、はいい味を出していて好きです^^ 
アバター
2010/03/27 12:35
女神を水晶に封印する。
いいですねぇ~。
ジーンときてしまいました・・・;;
ソラの心の中も、、、水晶がゴロゴロ・・・・。(= '艸')
 
アバター
2010/03/27 11:21
『女神を愛した瞬間』を閉じ込めた水晶。確かに、自分だけの物です。
愛した想いはいつまでも透明に清んだまま、美しい女神の姿と共に心の奥底で光を放つ。
綺麗ですね、ちょっとした財産です。
現実の女神は歳を経て誰かの子を成し、母親の顔になって行くのでしょうが。
(それは悪い事では無いでしょうが、男心を魅了はしませんよね)

『満員電車を利用した精一杯のアプローチ』
〝黒髪のアテナ〟さんは勿体無い事をしましたね。
まあ「二兎を追えない」恋太郎さんらしい間の悪いエピソードですね。

僕も以前は出張が多くて、フィッシャーマンさんの様に恋心を抱いたことが有りました。
半年後、再度お土産物持参で行ったら、丁度寿退職するところでした。
日本からのお土産は喜んで貰えました。ああ、うん、良かったね。(ショボ~ン)
今でも思い出せる程度には輝いています。(僕の心は透明度が低いのさ)
 
アバター
2010/03/27 08:28
今回はとても感慨深いお話ですね。
ギリシャ神話の知の女神アテナ・・・その知的な女神の問いかけに応えられなかった恋太郎とフィッシャーマン。まるでテミスの3人娘(運命の3女神)に糸を断ち切られたような切なさを覚えました。
特にフィッシャーマンの水晶の例え話には、話全体に深みと恋愛の美しさ・難しさを強調させる思いを強く感じました!
・・・それにしても酔った勢いで思わず叫んだしまったフィッシャーマンさんには、とても純な男の思いがあって、私はますます好きになりました!(…架空の人なのかなぁ???気になります!www)

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家の近くに焼肉屋さんがあり、そのお店に良く、黒色の伶人が現れるという、お話を、後で知り合った方にお聞きしました。

その人は、そちらのお店の奥様で、いつも、黒い色に洋服を着て、まっ黒い髪をしていたので、そう、呼ばれていたみたいですが・・・

黒髪は一寸、神秘的ですてきですね!

Re: No title

黒色の麗人。
そちら系の方は四肢が長いため、街を歩けば風が吹く、かのようでしょう。
桜の季節、さぞや景色にフィットしているのでしょうね。

いつも読んで下さりありがとうございます。

こんばんわ

こんばんわ。
なかなか暖かくならないですね。

ロマンチックシリーズですね(*^_^*)
黒髪のアテナさん、なかなか魅力的のようですね。
個性的で物を深く考えられるのでしょうね。
それにしてもほんとに間が悪いですね。
電車の中での行動はほんとに彼女なりに決断だったのでしょうけれど。
人生、ほんとにままならないですね。

「心の中には水晶がある。〝女神〟を愛した瞬間を封印するんだ。手に届かなくなっても、水晶だけは、おまえさんのものだよ」
これはいい言葉ですね。
わたしもいくつ水晶を抱え込んだでしょうか(^_^;)
確かにいつか水晶になるのでしょうね。
待っています(*^_^*)

Re: こんばんわ

〝黒髪のアテナ〟 ……非常に後味の悪いエピソード。いい人ですね。こういう必死のアプローチをちゃんと受け止めてやらない、ということは犯罪ですね。ほんとうに、いきていると、どれだけ水晶を抱え込むか判らないものです。

いつも読んで下さりありがとうございます。
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