伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 23 修道院の条約/ハプスブルク戦記
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

23 修道院の条約/ハプスブルク戦記





 剣技は各国いろいろあるがね。俺の好みは、故郷イタリア・トスカーナにある剣を肩に担ぎ、ここから袈裟懸けに一気に振り落とす「乙女の構え」だ。なんてったって名前が色っぽくていい一撃必殺の構え。問題は相手をぶっ潰すタイミングと速さ。これで勝負が決まる。
 黒い貴紳コミーヌは、俺が左手に持っている「賢者の手鏡」で使い魔召喚が封じられているもんだから、諦めて長剣を引き抜いた。マントからみえる兵装も、胸周り以外は重視していない傭兵風の甲冑だ。長剣の長さも同じくらいだ。
 俺たちが持っている長剣は四十インチ(百センチ)、七十オンス(約二キロ)ってところだな。演劇じゃあ、恰好よく大ぶりに、ちゃんちゃんばらばら、振り回すんだが、実際は、できるだけコンパクトに決める。
 奴は、右脚を前にだして剣先を下段に構えた。
 なあるほど、そうきたか。こいつ、宮廷魔道士のくせに、剣の使い手でもあるようだ。こっちが突撃したときに、切っ先を、ひょいっ、と上げて俺の腹を衝く気でいる。いわゆる「愚者の構え」だ。
 互いに間合いを詰めてゆく。
 ねじった格好で、俺は奴の肩めがけて一撃を繰りだした。甲冑といえども勢いよく長剣の先で鋭く衝けば、ぶち抜いてしまう。しかし天才な俺はそこんところを分厚い装甲にしている。貰ったあ!
 しかしコミーヌが衝いてきたのは、俺じゃなくて、左手にもった「賢者の手鏡だった」。奴の剣が、鏡面に吸い込まれるように消えていった。もちろん、その間、俺の剣は半弧を描いて前かがみになった相手の背中を、ぶった、斬った。しかし角度が悪い。戦闘不能にはした筈だが、致命傷を与えるほどじゃない。手鏡はともかく第二撃を正眼センター・オックスにして、上からブスリとトドメを刺そうとしたんだが、そこに隙が生じた。あたりに配備されていた敵手銃士が鉄砲をぶっ放し、俺の甲冑・横っ腹に弾丸をぶち込んだんだ。
「痛っ……」
御館様シニョーレ!」
 水門の下にいるサトルニーニョとナザリオの声がきこえる。
 だんだん脚が重くなってきたぜ、だいぶ出血しているようだな。しかしなんとか俺は水門の舵輪のところまで、ゆき、それに手をかけた。しかし回すこがができない。けっこう深手なようだな。そのまま肩肘を石畳の床に着けた。火薬の匂いがする。敵の手銃士たちは間もなく俺を蜂の巣にするだろう。
 ――いい人生だった。あばよ!
 サトルニーノにナザリオとの戦いの日々、マクシミリアン陛下との出会い。そして最後に微笑む恋女房・クラリスが浮かび上がる。走馬灯だ。
 このとき敵部隊から声がした。水門の舵輪にもたれかかったままの恰好で動けなくなった無様な俺のところにそいつはやってきた。
「コミーヌをここまでボコボコにした奴を初めてみた――」
 そりゃそうだ。銃弾を食らっても死なない宮廷魔道士をぶった斬るためにはどうしたらいいか? ご察しのように、バールの教会で貰った聖ニコラウスの柩から湧きでる水・聖水を長剣に噴きつけておいたんだ。魔族の通力を防ぐ効果があるという話だったが、確かに効能があった。
 きいたことがある声だ。
「あれっ、ガスパーレじゃないか。勇士だ。撃つな!」 
 隊伍を率いていた騎士の名前は、公爵ルイ・ド・オルレアン=バロワ。アンボワーズ城でのルイ十一世臨終の席にもいた王族で、フランス王妃になっているわれらが王マクシミリアンの娘マルグリット姫の、幼馴染の青年だ。何度か剣の手ほどきをしたこともあった。
「なるほど。卿ならコミーヌを仕留めてもおかしくない。衛生兵、手当てを……」
「コミーヌ様は? それにその騎士の徒士二人が捕虜になっていますが……」
「あ、任せる」
 俺は敵兵たちの担架でテントに運ばれ手当を受けた。
 騎士ルイは、俺の横に付き添って歩き話をした。
「先王が騎士身分とはいえ、傭兵である卿に一目置き、臨終の席にまで立ち合わせたのはなぜだと思う?」
「……」声が出ない。
 ルイが続けた。サトルニーノとナザリオは両手を縛られ一緒に連行されているようだ。
「宮廷魔術師コミーヌは使い魔を操るのだが、コミーヌ自身が使い魔のようなものだ。強力な君主であれば使いこなすことができるが、もし、力不足であった場合、火消し役が必要となる」
 なるほどねえ。それが俺だったってわけかい。それならそうと、もっと丁重に扱って欲しかったものだ。クラリスを誘拐しなくとも、王が俺に土下座してくれれば家臣になってやるって考えなくでもなかったのに……。
     ☆
 半島公国ブルターニュ女公アンヌ様が立案した起死回生の策・水門開門ミッションはこうして失敗に終わった。城内の傭兵たちの大半が城から逃げ出し敵に投降。打つ手をすべて失った籠城側は十月末日に降伏した。
 十四歳の女公に最後までつき従ったのは、半島公国ブルターニュ公国宰相モントーバン、ハプスブルク家側の将領ボルハイムとナッサウ伯の二人。それに騎士が若干名。十一月十五日、城外にあるジャコバン修道院でレンヌ条約が締結され戦争は終結した。驚くべきはフランス王の提案だった。
 女公の人身御供のおかげで、翌年早々、ボルハイムやナッサウ伯、それから俺・ガスパーレの一党が許され本国に送還されている。女公をめぐる諸事情は、代理結婚で花婿役を演じたボルハイムが、チロル州都インスブルク城市に滞在していたローマ王マクシミリアン陛下に報告している。
「公国宰相モントーバン、ナッサウ伯、それにこのボルハイムの三名は、女公を伴って、石積みの修道院にゆき、条約に署名しようとしていました。そのとき、フランス王は目尻をたるませ、『二人だけで話をしよう』といって彼女を別室に連れていったのです。小一時間は待たされたでしょうか。やがて、フランス王が女公を伴いでてきました。ぶかっこうな頭、つきでた下腹。蛙のような容姿をしていた。女公の双眼は真っ赤で泣いた跡がありました――」
 ローマ王は両手で頭を抱えたそうだ。
「それで? 婚約を受け入れたというわけだな?」
「はい。その日のうちに、フランス王は、アンヌ女公と同修道院で婚約。それから、十二月六日、ラジュの教会で挙式。工房公国ブルグント側の結婚及び降伏の条件は、女公の地位の確保、それから公国自治権の温存の二点でした」
「婚約だと? フランス王はわが娘マルグリットと八年も前に結婚している。いやさせられているではないか?」
「フランス王、半島公国ブルターニュ女公ともそれぞれの結婚を破棄するとのことです」
「そんなこと、教会が許すのか?」
 もちろん、フランス側は、教皇インノケンティウス八世教皇に、この既成事実を認めるよう数万ドゥーカーテンの賄賂を贈り、承諾させているのを忘れてはいない。
 当時の教皇庁は堕落の一途で、前後がボルジア家出自の教皇だった。間にいるインノケンティウス八世は両者より酷い。聖職売買、親族登用、公然と愛妾を侍らせ多数の私生児をもうける一方で魔女狩りと異端審問を活発化させていた。背徳の教皇だ。
 話を訊いたわが王マクシミリアンが烈火のごとく怒り、「詐欺師め!」と叫んだ。もちろん、ボルハイムを特使としてフランスに送り国王シャルルと交渉させた。
「マクシミリアン殿とアンヌとの結婚は、もともと父君である皇帝も反対していたことで、そっちの結婚こそ無効だろ? それにアンヌはもう身籠っている。秋には出産予定だ」
 マクシミリアンの女房を寝取ってやった、とばかりにフランス王は嘲笑した。
「――結婚が無効であるならば、マルグリット様お輿入れの際におつけした旧工房公国ブルグント領アルトワ・ピカデリィー両州は御返還戴くことになりますが?」
「その件はあとで姉上と相談してから申し渡そう……」
 シャルルは、廃后としたマルグリット姫を、工房公国ブルグント側に返そうとはしなかった。そればかりか、フランスのとある侯爵家と縁組を進め、化粧領二州も着服せんと、裏で手を回していた。
 ここまでの背信と辱めをうけた神聖ローマ帝国ローマ王マクシミリアン陛下が許すはずがない。怒り心頭に達し、ついにフランスに宣戦を布告する。
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