伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 20B 海賊とサンタクロス/ハプスブルク戦記
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

20B 海賊とサンタクロス/ハプスブルク戦記



 一九九一年三月。アドリア海に臨む南イタリア・バーリの港に、俺たちを乗せた船が入港した。少し痛みはしたが、港の口での海戦でぶんどった海賊船を売り払い、けっこうな金に換えることができた。その際、海賊は市当局に引き渡し、奴隷は解放している。
 船を降りた桟橋を歩き出したのは、俺・ガスパーレと恋女房のクラリス、譜代の徒士サトルニーノとナザーレ、それと陛下の元カノで尼さんのロジーナだ。上陸すると、バーリにある女子修道院にむかった。尼さんの目的地だがそこにクラリスを預けることにした。
 ロジーナが感じのいい微笑みを浮かべた。
「バーリは聖ニコラウスが守護する
城市まち。聖人が永眠なされてもなお放つ霊光オーラによって使い魔を封じてしまいます。いかなる魔道士も使い魔を召喚することはかないません」
 
偉丈夫マッチョな徒士サトルニーノが腕組みしてうなずく。
「なるほど、ここならコミーヌも奥方様に手をだすことができない。
御館様シニョーレも心置きなく仕事ができるってものだ」
「まったくだ」俺はクラリスの腰に手をあてた。
 彼女は、ほっとしたようでもあり、寂しげなようでもある。フランスの宮廷魔道士コミーヌは、以前、ブルグント公国に戦争をふっかけ、マルグリッド様を誘拐したとき、俺の動きを封じるためにクラリスを誘拐した。「王の密命」は厄介だ。黒の貴紳は間違いなくクラリスを狙ってくる。そうさせぬように、バーリにかくまってもらうことにしたのだ。ロジーナがついてきたのは、女子修道院にかけあうためで、王・マクシミリアンの配慮でもあった。
 女子修道院にゆく途中、聖ニコラス教会に立ち寄る。
 分厚い壁でできた箱形の棟を、ぎゅっ、と詰めて、ギリシャ・ローマの神殿みたいな切妻や寄棟の瓦屋根をひょいと乗せる。外に面した廊下は半円アーチになっているところが美しい。それが古代ローマの系譜をひいた教会建築・ロマネスク様式だ。アドリア海に面した南イタリアの港町バーリにあるサン・ニコラス教会はまさにそれだ。しかしなんたって凄いのは、教会に納められた聖人・古代ローマ帝国時代ミラの大主教ニコラスの柩だ。
 小男の徒士ナザリオが、
偉丈夫マッチョなサトルニーを見上げてきいた。
「先輩、聖ニコラスって何者っすか?」
「おまえ、ほんとになにも知らんのだな」
「知らねえっすよ。俺、無学なもんっすから……」
 呆れ顔のサトルニーノが説明を始めた。
「サンタクロスって知っているだろ? ここバーリの守護聖人聖ニコラスのことだ。ローマ時代のミラの司教だった。たくさんの奇跡を起こしたって話だ。聖ニコラスが神に召され、ミラの教会に納められた。するとだ。なんと棺から聖水が湧いてきた」
「えっ、先輩。ミラって地中海を渡った小アジア(現トルコ)じゃないっすか。そこの教会にあったはずの聖ニコラスの柩が、なんでここにあるんすか?」
「ああ、トルコ帝国が襲ってきたんだ。どさくさに紛れてバーリの漁師どもが柩ごとかっぱらい、自分たちの教会に納めた。そしたら、バーリでもやっぱり聖水が湧いてきたんだ」
 ロジーナは意外に博学なサトルニーノに感心している。クラリスなんかは尊敬の眼差しだ。女どもはどうしてこうなんだ!
 ここで聖ニコラスの伝説を、ざっくり、まとめてみよう。
     ☆
 紀元前四世紀、ローマ帝国リュキア属州ミラの
城市まちだ。ミラは、帝国領小アジアでは、どこにでもある石と煉瓦を積み上げて築いた城塞都市だ。
 北風が吹いていた。市民は理性を失い暴徒化し、市街地の大部分が焼けた。驚いた市長がローマ皇帝に使いを送ると、皇帝はただちに軍団を派遣。鎮圧が開始された。たちまち暴徒は蹴散らされ首謀者が捕えられた。首謀者の男は、素っ裸にされ殴る蹴るの暴行を受け、身体がむくみ、あざだらけとり、やがて刑場の広場に引きずりだされる。斬首となる運命だ。
 周囲を市民たちが固唾を飲んで見守っていた。市長は大柄だ。ライオンのたてがみのように、髭と毛髪が連なっていた。そいつが跪いて将軍の靴に口づけした。直後、将軍の副官が幕舎に入ってきた。
「将軍、ミラ司教ニコラウス猊下が面会を求めています」
「司教が? 暴徒鎮圧の謝辞か?」
「いえ、叛徒の首領を弁護にこられたようです」
 現れた司教ニコラウスは痩せ細った老人だった。
「反乱の原因は市長の不正によるもの。大富豪に媚びた賄賂政治に加え、臨時徴収をして私腹を肥やした。市民が怒るのも当然だ」
「し、司教猊下。なんというでまかせを――」
「司教猊下、証拠はあるのですかな? もしなければ、猊下といえどもただでは済まぬことになりますぞ」将軍が剣の柄に手をかけた。
「証拠? 市長の自宅を調べれば黄金が山と積まれているだろうよ。儂も貰った。皇帝へ密告するのを防ぐ、口止め料のつもりだったのだろうな」
 将軍や兵士たちが顔を見合わせた。
「猊下、ご自分の罪を、ご自分で……」
 部下の司祭が、司教の前にでて、将軍に申し立てした。
「もともと市民の財貨です。教会は一時預かったに過ぎません。一切手を付けず、倉庫に保管してあります」
「判った。調査しよう」
 将軍は、配下に命じて、市長宅や教会を調査させた。なるほど、市長宅には分不相応な金銀財貨が山と積まれていたではないか。教会の倉庫にも市長から贈られた財貨があったのだが、封印されたままだった。
 数日後、将軍が教会を訪れ、大聖堂で司教と親しく面会した。
「市長を逮捕し、叛徒の領袖を釈放しました。市町の裁きは属州総督が下すでしょう。それにしても、あのとき、猊下がおいでにならなければ、私は罪なき者を殺し、悪人を栄えさせるところでした。第二・第三の暴動が起こったことでしょう。とても感謝しています」
「暴動が起こる前に、儂も皇帝陛下に直訴すれば良かったのだ。儂なりに証拠を集めていたのだが、手間がかかり過ぎだった。後悔している」
 二人は、教会の鐘楼に昇り、焼け焦げた街並みをしばし眺めた。
 暴動の後、困窮した市民が娘を売ろうとしたり、子供を道連れに無理心中しようとしたりする動きがあった。司教はそういう家があるのを耳にすると、金貨を詰めた靴下を部下の司祭や修道士たちに持たせて煙突から投げ入れさせた。また、不正をした市長が口止め料で教会に贈った財貨。さらに、もともと教会にあった宝物を売却した資金で
城市まちの復興をした。
 東方教会のニコラウス司教は、死者を蘇らせるなど、数々の奇跡を残し、名声ははるか西方教会教区にまで及んだ。西方教会は東方教会と対立してた、にも関わらずローマ教皇庁は、この人を聖人の列に加えた。いつしか人々は司教をして、「サンタクロス」と呼び、クリスマスには、子供たちにお菓子を贈りにやってくる、という伝説の人になった。


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