伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 19B ジュリエット! ジュリエット!/ハプスブルク戦記 
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

19B ジュリエット! ジュリエット!/ハプスブルク戦記 

 

 ちかごろのローマのヴァチカンじゃ、ロクにミサもできねえ上に、妾を侍らせ、政敵に毒を盛り、魔女狩り、免罪符、破門状を乱発するとんでもねえ奴らがローマ教皇になる。いまの教皇・インノケンティウス八世と前後のボルジア家出身の教皇がこれだ。
 こういう自堕落な教皇たちだったが、少しはいいこともした。ガチガチのイタリアに新しい風を吹きこんだ。古代ローマ文化の復興って奴だ。
 いま流行りのイタリア建築は、楽器や合唱の音響を気にかけ、人間の五体の模式図をイメージした各部屋が中央の広間にむかうような設計らしい。グーテンベルグが印刷機を発明したことで、この建築理論の書はブルゴーニュに広まった。
 一四九〇年春のことだ。
 俺・ガスパーレと恋女房クラリス、それと譜代の徒士二人。それに美人の修道女ロジーナの五人は、ヴェネチアは共和国にきていた。そこは当時、地中海に、ブイブイ、幅を利かせた金持ちの国だ。波止場にカラベル船やガレー船が横付けされているのがみえる。郊外にゆくと芝居小屋が建てられていた。
 呼び込みの男が声をあげている。俺たちも中に入ることにした。
「えへ、楽しみ」
 クラリスが腕にしがみつく。
 口の悪い徒士二人のうち、偉丈夫マッチョなサトルニーノがいった。
「やっぱり、奥方様は可愛いよなあ」
 小男のナザリオがいった。
肉林王レ・デラ・ソトンザ・フェスタと呼ばれた御館様シニョーレを更生させただけのことはあるっすよね、先輩」
 クラリスが振り返り、ナザリオをみやり、「肉林王(レ・デラ・ソトンザ・フェスタ?」とつぶやき、それから俺の顔をのぞきこんだ。
 先輩格のサトルニーノがナザリオに拳骨を喰らわせる。
「黙れ」
「ひでぇ~、先輩、ひでぇ~」
 皆で笑った。
 それからまだ人いきれで蒸せていない劇場に入る。二百人くらいは入れるのだが木造の安普請の建物で、中に入るとドームになっている。沢山の蝋燭による照明の利いた舞台が奥にあった。さて開幕だ。演目は『ロミオとジュリエット』……。
     ☆
 「――ねえ、きいてきいて」
 判った判った。きくよきくよ。
 黄金の髪をしたジュリエットがそういうんで、俺は仕方なく、テーブルを挟んだむかいの席に着いて話をきいてやることにした。こういうクダ話というのは、はっきりいって、拷問だ! 
「せっかく、修道士様が仮死の薬で私を死んだことにして墓所に埋葬、その間に、あいつが迎えにきて駆け落ちする予定だった」
 けどこなかった……。
「うんうん。酷いでしょ。私、ただ遊ばれて捨てられたのよ。蹂躙されて、いたぶられて、弄ばれて、あ~んなことや、こ~んな恰好で……きっとお腹にはあいつの子供が……」
 そりゃ鬼畜だ!
「赤っ恥をかいて、修道士様に付き添われ、泣きながら屋敷に帰ったのよ」
 ずんぐりとした赤煉瓦の館だった。涙形の窓にバルコニーをつけた二階窓がある。室内には暖炉、ベッド、それに俺と彼女ジュリエットがむかいあった格好になっているテーブル・椅子が置いてある。
 事の起こりはアレだな。いまどきはどこの国だってあることだ。百年前に征服にきたドイツの神聖ローマ帝国と対抗するイタリア・ロンバルディア同盟が血で血を洗う抗争になった。いろいろと利権が絡んで、教皇は地元イタリア側である同盟に味方した。そういうわけでイタリア諸国の紛争は皇帝派対教皇派って形をとるようになったんだ。
 十三世紀現在、ここヴェローナ公国は皇帝側についてひと儲けした。だが、公国内部も一枚岩じゃなくて、皇帝派と同盟派に割れてもめているっていう事情があった。うちのカプレーティ家は、公国に仕えながらも教皇派に組する貴族だった。
 数日前の月の夜だった。来賓を交えた恒例・夏の宴があって、屋敷が大いに盛り上がっていたときのことだ。招かれざる客というか、なんというか、敵対するモンテッキ家の御曹司・ロミオとその仲間たちがやってきた。そんでもって、たまたまバルコニーに立っていたジュリエットをみつけ、壁にまとわりついたつたを登って、ナンパしたってわけだ。恋に落ちた二人は、理解あるロレンス修道士のところで密かに結婚した。
 ところが、二人きりの結婚をした直後、お仲間と街に繰り出していたロミオは、対立するモンテッキ家一門の子息たちと出くわした。ロミオの親友は公爵一族だったんだが、モンテッキ側が公子を刺しちまいやがった。頭にきたロミオが仇をとる。
 事件について両家のいい分をきいた上で主公わがきみは、ロミオを追放処分とした。うち、モンテッキ家の御館様シニョーレは一族のバカが公子を殺しちまったもんで立場が悪くなった。主君の機嫌をとるため、御一門衆の若君に、娘であるジュリエットを嫁がせようとしたんだ。
 ――で、ジュリエット、ベッドで横たわっている男はなんだね? 裸だし。君は下着姿だ。
「有名なドン・ファン様よ。そこのつたからバルコニーにやってきて、やけになっている私を慰めてくれたの」
 ジュリエット、ジュリエット、あのね。
 そのときだ。モンテッキ家の屋敷に駱駝らくだに乗った軍勢が突入してきた。
「あ、アラブ兵! 海賊か!」
「花嫁を奪え~!」
 アラブ海賊の一人が、蔦を登って二階バルコニーに立ち、窓を蹴破って侵入してきた。帯に半月刀をさし、白いアラブ服で花婿の格好をしていた。ベッドにいた裸のドン・ファン君は、ジュリエットを守らず、服を小脇に抱えてすたこらと逃げだした。丈のある色男だが、そのぶん最低野郎だ。
 御家中の騎士やら徒士の皆さんは、庭やら大広間でアラブ人たちと戦っている。ここまでは手がまわらない。仕方がない。不肖この俺がモンテッキ家に加勢してやる。末代までも感謝しろ。ジュリエットが俺の後ろに回った。
 偉丈夫のアラブ人だった。歯をみせて笑い、半月刀を引き抜き、振り回す。だが半月刀の軌跡に乱れがある。かといって戦いに不慣れというわけでもなさそうだ。ジュリエット奪取という明確な目的でモンテッキ家に夜襲をかけ、彼女がいる部屋まで正確に把握している。タダ者ではない。何者なのだ。
 俺は奴の脚を狙って、何度も、斬ってやった。
「あ、脚を狙うとは卑怯な――」
 賊に卑怯呼ばわりされるいわれはねえ。トドメだ。俺はひっくり返った奴の喉笛を狙って踊りかかる。
 するとだ。ジュリエットが、そいつを庇って覆いかぶさった。
 危ない。君を傷つけるところだった。
「ち、違うのよ、この御方は――」
 階段から新手のアラブ人がやってきた。
「ジュリエット、ジュリエット~!」
 おやおや、色白細身の優男・ロミオ君の登場だ。黒服のアラブ人に変装しているね。するっていうと白服を着てアラブ人に化けているのは?
「大丈夫ですか、ロレンス修道士!」若えのが叫んだ。
 な~んだ。あんただったのか。はじめからそういえよ。
 明け方、沖合に停泊していた帆船・ギャラック船にむかって若い二人を乗せたボートがゆく。俺と、びっこを引いた老修道士が二人を見送った。
「二人は海賊との戦いの最中で亡くなったということにしておいた」
 なるほど。そういう脚本だったのだね。
 この事件は、さまざまな劇作家の手にかかり舞台で上演をされ、悲劇物語に潤色されてゆくことになる。
 帆船が水平線の彼方に消えると、昔、十字軍の騎士だった修道士が、横にいる俺をみた。
「ところで、卿は何者か?」
 ――俺かい? 猫だよ。
     ☆
 いい暇つぶしになった。
 俺たちは芝居小屋をでた。
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