伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 19A ジュリエット! ジュリエット!/ハプスブルク戦記 
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

19A ジュリエット! ジュリエット!/ハプスブルク戦記 

 

 ハプスブルク家との傭兵雇用契約が満期を迎えた。金欠病の大公マクシミリアン陛下の賃金は滞っている。インスブルック都城でくすぶっていると、どこできいてきたのか、傭兵集めの手配師がやってきて、儲け話を持ちこんできた。
「ガスパーレ・ダ・バルディー卿ですね。御館様(シニョーレ)をこっちの筋で貴方様を知らぬ者はおりません。いいところにこられました。いい仕事がありまっせ」
 渡りに船だ!
     ☆
 一九九一年初春。アルプスの麓はまだ雪で覆われている。
 なだらかな山林の獣道だ。隊伍の横腹を突く格好で敵襲を受ける。敵は散発的に手銃をぶっ放すのだが負傷者はまだいない。
「ずらかるぞ!」
 敵の傭兵隊は初め有利だった。伏兵を森に潜ませ、山道を登ってきたわが隊に仕掛けてきた。敵が突撃してきたらかわす。これが私のスタイルだ。
 雇い主が派遣した監察官が声をうわずらせていった。
「判ってますね。敗けたら報酬はなしですよ」
 麓には観覧席があり、敵味方の領主一族が席を並べ、上等のチーズを肴にワインを口にしている。色とりどりのドレスのスカートの裾をつまんだ双方の御婦人方が、楽隊の演奏に合わせ、「頑張れ頑張れ!」と唄い、下着をちらつかせているのも判る。
 勝利こそがすべてだ。
 現在、その地方を治めているのは、本家と分家にあたる伯爵家と男爵家で五十年に渡って国境線を巡って抗争している。私は伯爵家と契約した。対する男爵家でも同じ数の傭兵隊を雇った。
 契約成立から三日後、両家の騎士が相手側の城に出向き羊皮紙を広げ、「『芝生の丘』は当家固有の領土である。明日、彼の地に似て決着をつけようぞ」と高らかに宣戦布告した。亡国の危機感というものは全くない。このセレモニーは恒例化していて、娯楽に飢えた荘園の農奴たちが見物に来るほどだった。
「芝生が丘」は周囲には湿地と森がある低い山で、釣り場と狩場といった貴族趣味な空間。(よくもまあ、そんな猫の額ほどの荒地を巡って五十年間も戦えるものだ)と呆れかえりはするのだが、大事なお得意様だ、見事占領してやろうではないか。
 ルールは簡単。あの丘のてっぺんにある堡塁に軍旗を立て、相手が逃げ出すまで維持しておれば良い。
 手配師とかき集めた傭兵隊「リビルラ《とんぼ》」には、譜代の徒士二人を含めると部下十一名になった。得物は剣と槍、それに火縄銃だ。敵はわれわれが戦術的な撤退をしたことに気を良くして、丘の頂に旗を立てようとした。
「隙あり!」
 今度は俺たちが敵の横っ腹を突いて手銃を撃ち、槍兵を突入させる番だ。堪らず敵傭兵隊は旗を投げ出し丘の中腹にある茂みに飛び込む。部下が頂きに立って伯爵家の紋章のついた旗をおっ立てた。それで勝利が決まった。
 麓の観覧席で勢いづいた敵応援団が意気消沈し、逆に落ち込んでいた味方応援団が乱痴気騒ぎをしだす。
 この傭兵戦での戦死者は敵側に一名。正確にいえば事故だ。撤退の時に湿地を通った兵士は深みにはまって溺れたと訊いている。
 代金の支払いを受ける。ちょっとした金が手に入った。
     ☆
 ――イタリアに?
 フランス・アンボワーズ城から取り返してきた、十歳下のクラリス。恋女房だ。話しを切り出したとき、豆鉄砲を食らったような顔をしていたのを思いだす。
 世の中にはいろんな君主がいるが、ローマ王マクシミアン陛下ほど忙しく動き回る人はいなかった。そのため、根拠地が変るたびに俺は、恋女房のクラリスを引き連れ、貸家をあたって借りた。今はチロルのインスブルック城市にいる。暇なときは皆で庭の野菜や豆なんかを世話してやったもんだ。実家・トスカーナの荘園の借金は半分くらい減らした。
 晩飯には、煮物とかに肉を入れてやる。ワインも若干だす。カードゲームもやった。譜代の徒士二人がいたんで、新婚水入らずというわけにはいかなかったが、今思えば、それなりに楽しかった。
 あのころのマクシミリアン陛下は、稀にスイス傭兵を雇うこともあるが、基本的にはドイツ傭兵しか雇わなくなった。相性という奴だ。親の相続からあぶれた百姓の二男坊三男坊をかき集めた連中を、単に傭兵と呼んでいたのだが、地元の言葉であったランツクネヒトというのが、彼らの呼び名になった。
 ドイツ傭兵の給与は月四グルデンだ。最前線に立つと倍になる。一般人が一グルデンで生活できるところを、それだけの高級で遇される。ところが連中は誰も宵越しの金を持たない。給料をもらうと、傾いた衣装を着て街を練り歩き、酒場か娼婦館に繰り出しちまう。
 陛下が城市(まち)の参事会議員と顔を合わせる。するとだ、ブルゴーニュに比べたらはるかに忠実な連中だが、食って掛かってきた。
「ランツクネヒトどもは、この城市(まち)にそぐわぬ下品さです。陛下、連中に自重するよう、おっしゃってください」
「戦場では、常に危険な任務にあたるから、そのくらいは大目にみてやれ」
 王はやんわりとそういって連中を庇ったものだ。
 イタリア人である俺が、まだ、同家にとどまっているというのは異例のことだ。まあ、それだけ、陛下に気に入られているというわけだが。借金は、徒士二人と地道に稼いで、ほぼ返済した。王との契約も切れたこともあり、インスブルクの貸家を引き払い、トスカーナの実家に帰ることにした。
 そのときになって、ようやく傭兵代金の支払われた。金を届けにきたのは、ローマ王の友・平たい顔の富豪俺フッカーだった。フッカーが人払いを頼んだので、クラリスと徒士二人を部屋から外した。
 ほどなくイタリアへ帰える準備が整う。
 フッカーの家人が美人の修道女を伴って俺の家にきた。若いローマ王マクシミリアン陛下の幼馴染の元カノ・俗名ロジーナ・クライクだった。
 ちょうど、教会関係の仕事で、アドリア海に面したイタリア半島南部の港町バーリの女子修道院にゆくことになっているのだといった。俺たちは帰宅する途中、彼女を送ってやるという話になったわけだ。
 ――それもいい偽装(カモフラージュ)になる。
 実をいうと俺・ガスパーレは、われらが王マクシミリアン陛下から密命を受けているわけだが、そのあたりの事情は、おいおい話しをするとしよう。

スポンサーサイト

theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

line

comment

Secret

line
line

line
Google ペイジランク
ページランク-ナビ
line
奄美剣星
line
文鳥貴族
文鳥貴族
line
最新記事
line
「怪盗めろん」

 

line
「文鳥王トリスタン」
 
line
ブクログ
line
小説家になろう
line
amazon書籍
line
アルパカ版の恋太郎です
line
映画『副王家の人々』より
副王家の一族 
line
イアリング
 ekubo
line
チャイナドレス
chainadoress
line
ポーズ
sofa
line
魯迅記念博物館
inu
line
陽だまりの乙女
usagi
line
裸婦
うつぶせのジャスミン
line
sakasu
line
打ち上げ花火をあげられる四季の風景時計
line
PC広告Amazon
line
テーブルと椅子
椅子3   
line
sub_line
プロフィール

奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)

Author:奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)
1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

line
ranking 1
 
line
ranking 2
人気ブログランキングへ
line
置手紙
おきてがみ     
line
Twitter ぼたん
Sweetsman7をフォローしましょう
line
レッドバロン
line
検索フォーム
line
QRコード
QRコード
line
所収作品について
文献・画像等引用の場合は引用元を記載。自作小説倶楽部作品著作権は各著者に帰属。それ以外の文藝作品・絵画写真画像に関する諸権利は当該ブログ管理人に帰属。無断複写転載を禁じます。
line
カジュアルのシナモン
シナモンアップ 
line
リンク
line
マラッカ要塞
marakka
line
珈琲館の割れ甕
城南
line
地図
line
草原の乙女
sougenn
line
バー
eruhurio  
line
海へ行こう
umiheyuku2
line
祖母
  umiheyuku 1
line
洗い髪
araigami
line
癒しの音楽
line
sub_line