伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 12クリスマス/ハプスブルク戦記
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

12クリスマス/ハプスブルク戦記



 シャルル猪突公が、戦争ばっかりやっていて疲弊させ、フランスと戦って自滅した後、各都市は牙をむき、女公に即位なさったばかりのマリー陛下を幽閉までした。そのブルグント国民が、入り婿の大公マクシミリアン陛下のもとに一丸となり、国難に立ちむかったギネガテの戦いで勝利をつかんだ。
 しばらく傭兵というのをやっていて、俺は、戦争というのは無常で、正義とか悪とか関係なく、単純に強い者が勝つ、きわめて動物的なものと考えていた。ところがだ。二十歳の大公がみせた「奇跡」をみた俺は、神様をまた信じてもいいかなあ、って考えるようにもなっていた。
 信仰心というのが戻ったイタリア人の俺だが、さぼりがちであった教会のミサにも、また通うようになっていた。そろそろ傭兵の足を洗って、所帯をもつのも悪くないじゃないか。教会にゆくと、決まって、隣の席に栗色の髪と瞳をした朗らかな娘クラリスが座った。
 妖艶なカリオストロ伯爵夫人に後ろ髪を引かれないでもない。だからミサのあと、胡蝶館に足を運んだ。結婚するならクラリスだ。そのまえに、きっちり、夫人にその旨を伝え、別れる必要がある。
 裏路地にある入口から、老女に案内されて、例の屋根裏部屋に案内される。相変わらず南国の植物が、ステンドグラスを介した赤・青・黄色の不思議な光が、木漏れ日のように差し込んでくる。そこを、黒に瑠璃の大きな胡蝶が群れて飛び、思い出したかのように、大輪である紅の花にとまる。胡蝶に混じって、透明な虫のような羽を背に生やした掌サイズの童子あるいは童女のような妖精も飛んでいた。
 伯爵夫人はいつものように、温室に置かれた席に座り、俺がむかいに座ると、右手を顔のあたりに上げた。するとどうだろう。手に葡萄酒(ワイン)を満たしたカップが現れたではないか。それを俺に勧め、また同じ所作をやってまたカップを出して、どうぞといって勧めた。毒が盛られているのを覚悟したが、杞憂に終わり安堵する。
「そう……」夫人がカップを丸テーブルに置いた。
 修羅場の破局を予想していた俺だったが、なんてあっけないのだろう。けだるそうに双眼を半開きにした夫人は、そっけなく答えただけだった。珈琲を飲み終わって、温室を出たとき、彼女との関係は終わった。
 扉をあけると、老婆がまた案内して階段を下りることになる。そのとき、若い男の声がした。特徴的な、少し気取った喋り方。そう、黒衣で身をまとった青年貴族コミーヌの声だった。
「これから優雅な戦いをお見せしますよ」
「フランス流の?」相変わらずけだるい感じで伯爵夫人の声が返ってくる。
「はい、フランス流のです」
 ドア越しに聞き耳をたてるか、鍵穴から中をのぞきたいところだったが、侍女の老婆がいるので、一度振り返り、それからもう振り返らずに、石造りの階段を下りていった。
     ☆
 大公と共同統治者たる女公は、政略結婚という物語の始まりであったのに、人もうらやむようなオシドリ夫婦ぶりだった。女公付侍女であるクラリスの話によればこんな具合だったそうだ。クリスマスに近いころだ。
 狩場の森がある、ブリュッセル都城郊外にある小川の淀みに氷が張り、若夫婦がスケートに興じていた。勢いよく滑ってきた二歳年上の妻が夫に突撃を掛けてきた。夫が受けようとするのだけれども、尻もちをついたまま、むこう岸まで弾き飛ばされる。
「どう、私の騎兵突撃は?」
「さすが、シャルル猪突公の娘だ」
 二十歳になったマクシミリアン大公陛下の前に、二歳年長のマリー女公が滑り寄ってきて、手を差し出すと自慢げに告げた。
「御子を身籠りました。凄いでしょ?」
 大公は目を丸くした。
「ほんと?」
 そういってから慌てて言葉を続ける。
「過激な運動はお腹の子に障るよ」
「病気じゃないの。まだ大丈夫よ」
 それからも吉報が続くことになる。大公夫妻の間には三人の子供たちが生まれる。女公は第一子フィリップ公子を、第二子マルグリット公女を産んだ。第三子フランソワ公子は夭折するが、ほどなく第四子を授かるのだった。
 フランス軍を相手に華々しい戦勝を飾ったハプスブルクの御曹司にとっても、世継ぎを得るということはそれ以上に喜ばしいものであった。というのは単なる女性君主の入り婿という立場から、次代君主の後見人になるということを意味するからだ。ブルグントでの地保が固まる。
 マリー女公は、かつて自分をフランスに売ろうとした商人貴族たちで構成される参事会にも足を運んで、夫との仲を取り持った。
 はじめはラテン語で意思疎通していた夫婦は、互いにそれぞれの祖国の言葉を教え合った。行幸先の都市の街路にはいつも評判の夫妻を一目見ようと人だかりができた。二人が国内を行幸すれば誰もが微笑み返したもので、マクシミリアン大公は、フランス語やフラマン語といった地元の言葉で、挨拶した。大公の傍らにあったマリー女公に対して国民は、「わられが麗しき姫様」と呼んだ。
     ☆
 ミサがおわると、人々は一斉に家路につきだした。
 教会をでた俺とクラリスは川辺を歩いた。路地は雪が少し積もっている。波止場には人気がほとんどない。平日なら、小型帆船の人夫が、忙しそうに積荷を降ろしていた。近くに倉庫があり、また別の人夫がせっせと運び込んでいる。そんな風景なのだが……。
 石造りの太鼓橋の上で俺は脚を止めた。気付くのが少し送れたクラリスが数歩前で振りむいた。
「なあ、クラリス……」
「?」
「ギネガテの戦いで、両陛下からたっぷり恩賞を戴いた。親父の借金を完済しても釣銭(つり)がくるほどだ。故郷(くに)のトスカーナに帰ろうと思う。一緒にきて欲しいんだ」
 ぼろぼろ涙をこぼしだした。拒否しているんじゃない。喜んでいるのだという。まったく女というのはよく判らん。

 人は、心の闇をくすぐられると平気で莫迦をやるもんだ。実をいうと、策謀に長けたフランス王ルイ十一世慎重王は死の床にあった。百年戦争を勝ち抜いた王は、旺盛な愛国心をもって、中央集権制を推し進め、国内諸侯貴族領を取り潰し国家のものとしてきた。フランスに巨大な封土をもち、神聖ローマ帝国にまでまたがった分家筋のブルグントも当然自国のものだと考えていた。昏睡状態から立ち上がり、断末魔にあえぎながら、張り巡らした諜報網で蜘蛛の子・密偵たちをつかい、ブルグント公国の世論を操った。
 槍玉に上がったのは、オーストリアの騎士クリストフ・フォン・バーデンだ。大公マクシミリアンの従兄だ。やんちゃな田舎騎士というだけのことなのだが、下賜金を貰うと、舎弟の若い騎士たちを率いて居酒屋や娼婦宿に繰りだしてゆく。勘定を踏み倒す、金品を巻き上げる、若い娘をかどわかす、といった横暴は働かないのだが、夜中に大声で騒ぎ、店内で存大に振る舞いもした。それが城市(まち)の住人の鼻につき、そこをあげつらって悪い評判をたてられた。
 大公自体も槍玉のもとだ。議会の承認なく課税したり、イギリスと同盟交渉をした。ブルグント諸都市から巻き上げた税金を、オーストリアに横流した。そんな悪評をばらまいた。
 謀略とは半分以上本当のことを混ぜるのがミソだ。敵ながらフランス王ルイは、こういうところが上手い。
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genre : 小説・文学

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「心の闇をくすぐられると平気で莫迦をやるもんだ。」という

言葉には、身につまされます。

jizou様

あらゆる人、誰でもそうですよね
ゆえに恐ろしく感じます

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1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

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