伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 10金羊毛騎士団の間/ハプスブルク戦記
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

10金羊毛騎士団の間/ハプスブルク戦記



 山岳大公国オーストリアの御曹司と、工房公国ブルグントの姫様ご夫妻がご結婚なされてまる二年がたつ。大公は二十歳になられた。
 工房公国ブルグントブリュッセル都城宮殿はイタリア風の装飾も一部入った豪奢な造りだった。内装じゃ、床に赤絨毯が敷かれ、天井には天使の絵が描かれ、明るい色で壁塗りされていた。
 宮殿警護の任にあたっていたのは、俺・ガスパーレと譜代の徒士サトルニーノとナザリオの二人で槍斧を持って立っている。小男のナザリオが、偉丈夫マッチョのサトルニーノにきいた。
「続々入ってきますね、何事っすか、先輩?」
「フランスが、フランシュコンテに兵を進めている」
「フランシュコンテってなんすか?」
「ほんと、なんも知らん奴だな」
「てへへ、先輩と違って無学なもんで」
「仕方がない。前にも説明した気もするが特別に教えてやる。工房公国ブルグントは東の神聖ローマ帝国と西のフランス王国の領域にまたがり柵封地をもった諸侯だ」
「つまり、アレっすね。両方の諸侯をやってるわけっすね?」
「そういうこった。現在、女公が帝国・山岳大公国オーストリアの諸侯と結婚したもんで、次の代には姓が変わる。しかも相手は神聖ローマ皇帝の息子だ。もともとルイ十一世が、領土欲しさに、息子のガキんちょ・シャルルと女公とを結婚させて、まるもうけしようとたくらんでいたところを、先代が、マクシミリアン大公との縁談を進めたんだ」
 ナザリオが、左掌を右拳で叩いた。
「なるほど、それでフランス王国側にある柵封地を取り上げたって理屈ですね」
「けっこう広大な柵封地だからな、一気にはぶんどれなかった。南部領は、工房公国ブルグント発祥の地である小ブルグント地方(ブルグント公爵領)と、フランシュコンテ(ブルグント自由伯領)で構成されていて、ルイ王は女公が即位したとき両方をぶんどったけれど、周辺諸国から横暴だろって、非難されて、けっきょく小ブルグント(ブルグント公爵領)だけ取って、残りは返したんだ」
「なんのかんの理由をつけて、取りにきたってわけってわけだ」
「そういうことだ。フランス王国は、さらに北部領のフランス側に食い込んだ二州、アルトワ・ピカデリー両州を奪おうと兵を進めている」 
「ついでに神聖ローマ帝国領に食い込んだ低地地方ネーデルランドまで奪おうって腹ですかい?」
「そうらしい」
「なんか、矛盾してるっすねえ」
「まあな。要は全部欲しいってことだ」
 ナザリオがきょろきょろしている。
「へえ、そうだったんすかあ。それにしても、今日は、あまりみかけねえ騎士様たちが詰めかけてきてますね」
「北部領には、地元大貴族に加えて、フランスの支配をよしとせず、先祖伝来の荘園を捨て、北部領に逃れてきた騎士様たちが集結している。そういう騎士様たちだろうよ。中には金羊毛騎士団員なんかもいるんじゃねえかなあ」
「先輩――」
「なんだ?」
「金羊毛騎士団ってなんすか?」
「先君が創立した騎士団だ。工房公国ブルグント友好国国王とか、重臣にその称号を贈っている。三十一人しかなれねえ。そこの会員になることは、とっても名誉なことなんだ。まあ、俺ら庶民には縁のねえことだがな」
「そっかあ、会員制秘密クラブかあ。ロープで縛って喜ぶ――」
「殺すぞ!」
 偉丈夫の徒士が、下品なことをいった小男の徒士を横目でにらんだ。
宮殿二階には 田舎臭い積石が露わな壁、木材が剥き出しになった天井床には長机と四十人分ばかりの椅子が置いてある装飾性ゼロの会議室がある。それが金羊毛騎士団の間だ。
 そこにオーストリア大公兼工房公国ブルグント公マクシミリアン陛下、その夫人であらせられる工房公国ブルグント女公マリー陛下が入ってゆく。現在の団長は大公だ。
 後を団員騎士たちが続く。
 先君猪突公の死によって、騎士の数は、往時の半分以下に減っていた。しかし騎士団の栄光は輝きを失ってはいなかった。残された騎士たちの中には、サヴォイ出身の宮宰ロモン伯、大貴族ナッサウ伯エンゲルことエンゲンベルト二世、善良公・猪突公二代に仕えたカリスマ騎士ジョッスことジャック・ド・ララン、地元ネーデルランドのクレーフェ伯爵ことフィリップ・フォン・クレーフェといった欧州にその名を轟かす者たちだった。
 長い会議だった。
 会議の間、宮殿内と外には、公国重鎮たる金羊毛騎士団メンバーから外れた一般騎士たちも押し寄せてきていた。五百騎ばかりになる。連中は、一階にある大広間をはみだして、玄関から外苑にまで溢れ出している。
 そのなかには、オーストリア大公がウィーンの実家から率いてきた新米騎士たちの顔ぶれがあった。幼馴染のヴォウルフガング・ボルハイム、ジークムント・ブリュシェンク、大公の従兄クリストフ・フォン・バーデンといった連中だ。
 やがて大公夫妻を筆頭に、団員たちが、大広間を見下ろすバルコニーに姿を現した。宮宰ロモン伯が会議内容を一般騎士たちに伝えた。
「承知のように、グランドソン、モラ、ナンシーといった三つの戦いの敗戦で、われらが公国の騎士団はここにいる年寄りと新米三百騎を残し壊滅している。オーストリア騎士五百騎を合わせて八百騎。対する敵フランスは精鋭騎士三千騎は投入することだろう」
 戦場に八百騎全部を突っ込んでも足りない。公国に残された北部領の背後も手薄にはできない。半分近くは残しておかねばなるまい。それにしても老兵・若年兵ばかりとは。戦争になるのか?
 そこで、老宮宰の横にいた若い大公が、シャルル猪突公の口癖を真似ていった。
「――私はあえてやってみる!」
 おおっ!
 大広間の騎士たちが盛り上がった。
 こういう機をとらえた演出に関して大公は天才だった。しかし、根拠はなんだ?
「スイス流の方陣をつかう」マクシミリアン陛下は不敵な笑みを浮かべた。
 スイス流の方陣? 先君・猪突公を屠った敵・スイス傭兵の得意技かい? あれは物凄い鍛錬がいるんだ。ハングリーな山間の自由農民だからこそできる一糸乱れぬ集団戦法、密集方陣だ。まさか、あれかい? スイス傭兵の真似をして、工房公国ブルグント北部領や南ドイツでかき集めた百姓二男坊三男坊の不良どもにそれをやらせる?
「その件に関しては大丈夫。彼らは十分な鍛錬をした」
 そういえばロモン伯爵や、ナッサウ伯爵が、あの連中に長槍をもたせ、練兵場で何度も演習させてたが……。スイス流方陣を採用したとして、騎士連が納得するかね?
 バルコニー並ぶ金羊毛騎士団団員たちの中いるカリスマ騎士ラランは黙っていた。
 同じ列にいたナッサウ伯が口を開く。
「この陣形は、亡き先君が、グランドソン敗戦から多くを学び、ナンシーの戦いでなさろうとしていた陣形だ。だが資金が足らず傭兵が思うように集まらずに惨敗した。しかしだ。今回は違う。兵員総数二万七千でフランスを迎撃できる。当初のプランで陣形を組める」
 ただし騎兵抜きでね。
 たしかにスイス長槍兵は欧州最強を誇る工房公国ブルグント騎兵を壊滅させた。どこの国でも、ふつうに、長槍兵は騎兵に蹂躙されるってぇのによ、真似っこ漫才の工房公国ブルグント長槍兵が、欧州屈指のフランス騎兵を壊滅できるかね? はなはだ疑問だね。
 クレーフェ伯爵と騎士三百が後方守備に残った。
 大公は公国北部領フランシュコミュンテに出撃した。オーストリアを中心とした騎士五百名と二万六千五百の歩兵を率い、北海に沿った街道を西にむかった。その中にはもちろん、俺・ガスパーレと、口の悪い徒士二人も含まれていたことはいうまでもない。
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