伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 ハプスブルク戦記・年表/創作ノート
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

ハプスブルク戦記・年表/創作ノート

年表(とりあえず)

1440年●マクシミリアン(-19歳)
●父フリードリヒ神聖ローマ帝国ローマ王(ドイツ王)に選出される。

1452年●マクシミリアン(-7歳)
●父フリードリヒ、ローマにて、神聖ローマ帝国皇帝になるとともに、ポルトガル王女エレノーレ皇后を迎え挙式する。

1453年●マクシミリアン(-6歳)
東ローマ(ビザンツ)帝国滅亡。

1459年●マクシミリアン(0歳)
●3月22日、ヴィナー・イノシュタットで生。(江村1987)

1460年●マクシミリアン(1歳)
1461年●マクシミリアン(2歳)
1462年●マクシミリアン(3歳)
1463年●マクシミリアン(4歳)
1464年 ●マクシミリアン(5歳)
1465年 ●マクシミリアン(6歳)
1466年 ●マクシミリアン(7歳)
1467年 ●マクシミリアン(8歳)
1468年 ●マクシミリアン(9歳)
1469年 ●マクシミリアン(10歳)
1470年 ●マクシミリアン(11歳)
1471年 ●マクシミリアン(12歳)
1472年 ●マクシミリアン(13歳)

1473年 ●マクシミリアン(14歳)
 ●9月(-12月)トーリア会見(江村1987)

1474年 ●マクシミリアン(15歳)
1475年●マクシミリアン(16歳)

1476年●マクシミリアン(17歳)
 ●12月下旬から翌年Ⅰ月5日、回廊の公国ロレーヌ(ロートリンゲン)争奪戦・ナンシーの戦いが起る。

1477年●マクシミリアン(18歳)
 ●1月5日にシャルル猪突公が敗死する。8月19日、喪中のブリュージュ都城を避け、オーストリア大公マクシミリアンが、ブルゴーニュ女公マリーとヘント(ガン)の聖エホバ教会で結婚する。8月マリーと結婚(江村1987)

1478年●マクシミリアン(19歳)

1479年●マクシミリアン(20歳)
 ●8月ギネガテの戦い。ブルゴーニュ公国北部、アルトワ州ギネガテ村にて、ギネガテの戦いが起り、侵攻してきたフランス王国軍と迎撃にきたブルゴーニュ公国軍が激突。十九歳の大公マクシミリアン率いる公国軍が勝利する。(江村1987)

1480年●マクシミリアン(21歳)

1481年●マクシミリアン(22歳)
 ●3月、ブルゴーニュのマリー女公薨去。フィリップ美男公が公位を継承する。マリー女公の遺言によりオーストリア大公マクシミリアンが摂政となるが、ヘント(ガン)を初めとする諸都市が叛乱を起こす。フランスが介入する。ブルゴーニュのマリー女公死去。12月アラスの協約。(江村1987)

1482年●マクシミリアン(23歳)
 ●3月、ブルゴーニュのマリー女公薨去。フィリップ美男公が公位を継承する。マリー女公の遺言によりオーストリア大公マクシミリアンが摂政となるが、ヘント(ガン)を初めとする諸都市が叛乱を起こす。フランスが介入する。12月、旧ブルゴーニュ公領を巡る戦争についての対フランス交渉。アラスの和約により、マルグリット大公女二歳が、フランス王子シャルル八世と婚約し、フランスで養育することになる。その際、化粧領として公国北部・フランドル地方のアルトス・ピカデリー二州を割譲することになる。その結果フィリップ美男公が所有するブルゴーニュ公国の残りはネーデルランドのみとなった。この体制は一四九三年五月のサンリスの和約まで続く。

1483年●マクシミリアン(24歳)
 ●夏、マクシミリアン大公の軍勢がユトレヒト城市を陥落させる。●8月3日、フランスルイ十一世崩御。●シャルル八世即位。ブルボン公ピエール二世に嫁いだ王姉アンヌが摂政となる。●マクシミリアンが神聖ローマ帝国ローマ王に推戴される。

1484年●マクシミリアン(25歳)

1485年●マクシミリアン(26歳)
 ●8月、工房公国(ブルゴーニュ)内乱を平定。(江村1987)

1486年●マクシミリアン(27歳)
 ●2月、神聖ローマ帝国ローマ王(ドイツ王)選出。(江村1987)

1487年●マクシミリアン(28歳)7月、工房公国(ブルゴーニュ)軍四千名は、フランス軍が守備するベトゥン要塞を攻略したものの、逆に反撃・殲滅される。それを機に反マクシミリアン運動が静かに展開。

1488年●マクシミリアン(29歳)
 ●1-5月、ブルッヘ(ブリュージュ)の俘囚。(1月末あるいは2月)、ブルージュ城市一月末、ローマ王マクシミリアンのブリュージュ捕囚が発生し、5月半ば、帝国軍が王を解放する。ブルゴーニュ貴族フィリップ・フォン・クレーフェが寝返り叛乱軍指導者となり善戦する。8月から帝国軍撤収開始、10月にマクシミリアンも退去する。ザクセン公アルプレヒト勇猛公がアントワープに総督府を置き、ネーデルランド叛乱に当たる。マクシミリアンは東オーストリア解放作戦を開始する。以降、ブルゴーニュはクレーフェ降伏と、サンリスの和約まで内乱となる。江村1987)

1489年●マクシミリアン(30歳)
 ●4-6月、バイエルン問題調停。一四八九年、チロル公国継承問題。チロル公ジークムントが借金をバイエルン公アルプレヒトに返さない。借金の質にとろうと軍を進めた。マクシミリアンの仲介で借金ごとチロルの公位を継承するということで両者の紛争が収まる。

1490年●マクシミリアン(31歳)
 ●3月、ジグムント公から、チロル公国を譲渡される。12月、半島の国(ブルターニュ)のアンヌ公女と代理結婚。マクシミリアンはチロルの公位を継承する。インスブルックにローマ王としての宮廷をもち都城とする。これより六年間で不敗を一掃し、銀山開発などフッカーら商人の助けをうけつつ借金を返済する。半島の公国ブルターニュとの縁談がありフランス侵攻に対する援軍要請があったが、父帝の反対を受け断念。八月、ハンガリーと戦い、オーストリア東半国とウィーンを解放。(江村1987)

1491年●マクシミリアン(32歳)
 ●春、半島の公国ブルターニュ継承戦争激化。フランス王国軍の同公国侵攻。(江村1987) 。●公国は同年の冬にフランスに降伏。十二月六日、フランス王シャルル八世とブルターニュ女公アンヌは、ラジュの教会で挙式する。●

1492年●マクシミリアン(33歳)
 ●九月、南ドイツの選帝侯トリーア大司教領コブレンツにて帝国議会。
ローマ王と女公の代理結婚11月、フランスはイギリスに大金をばらまいて講和条約・ブルの和約を結ぶ。ブレスクの和約。

1493年●マクシミリアン(34歳)
●5月、サンリスの和約。●8月、フリードリヒ三世薨去。11月ビアンカと再婚。一月。イギリス・スペインを籠絡したフランスは、何万もの軍勢で、ローマ王が陣取るブルゴーニュ自由伯領サランへなだれこんできた。これをマクシミリアンが撃破。五月サンリスの和約。旧ブローニュ公国南部・旧ブルゴーニュ公国本願地以外のすべての領土を奪還する。旧公国南部ブルゴーニュ自由伯領、旧公国北部フランドル地方アルトワ州及びピカデリィ州がこれに該当する。六月十二日、マルグリット大公女が解放される。八月、皇帝フィリップ三世崩御。(江村1987)

1494年●マクシミリアン(35歳)
 ●9月、フランスシャルル八世、イタリア侵入。(江村1987)

1495年●マクシミリアン(36歳)
 ●4月、ヴェネチアで神聖同盟成立。3-8月ヴォルムスの帝国会議。(江村1987)

1496年●マクシミリアン(37歳)
 ●10月リヴォルノの砲撃。(江村1987)

1497年●マクシミリアン(38歳)

1498年●マクシミリアン(39歳)
 ●7月ブルグント自由伯領(フランシュコンテ)出兵。

1499年●マクシミリアン(40歳)
 ●2-9月、スイス戦争。(江村1987)

1500年●マクシミリアン(41歳)
 ●4月、アウグスブルクの帝国会議。(江村1987)

1501年●マクシミリアン(42歳)
 ●3月、「レギメント」の発足。(江村1987)

1502年●マクシミリアン(43歳)
 ●9月、ナポリのコルドバ将軍へ援兵。(江村1987)

1503年●マクシミリアン(44歳)
 ●12月、ランツフートのゲオウルク侯死去。(江村1987)

1504年●マクシミリアン(45歳)

1505年●マクシミリアン(46歳)
 ●ケルンの裁定。(江村1987)

1506年●マクシミリアン(47歳)
 ●ウィーンの和。(江村1987)

1507年●マクシミリアン(48歳)

1508年●マクシミリアン(49歳)
 ●2月、トリエントで皇帝宣言。●12月、カンブレの協約。(江村1987)

1509年●マクシミリアン(50歳)
 ●10月、パルドバ攻略を断念。(江村1987)

1510年●マクシミリアン(51歳)

1511年●マクシミリアン(52歳)
 ●8月、ユリウス二世、瀕死の重病。(江村1987)

1512年●マクシミリアン(53歳)

1513年●マクシミリアン(54歳)
 ●8月、テルアンヌ要塞攻略。(江村1987)

1514年●マクシミリアン(55歳)

1515年●マクシミリアン(56歳)
 ●7月、ウィーン会議。(江村1987)

1516年●マクシミリアン(57歳)
 ●3月ミラノ進軍、12月ブリュッセルの和約。(江村1987)

1517年●マクシミリアン(58歳)

1518年●マクシミリアン(59歳)
 ●7月、アウグスブルク帝国議会。(江村1987)

1519年●マクシミリアン(60歳)
 ●1月12日ヴェニスで没。(江村1987)


1530年●マクシミリアン(60+11歳)
 ネーデルランド十七州総督マルグリットが五十歳で薨去する。

  
引用・参考文献
●江村洋 『最後の騎士』中央公論社1987年
●堀越孝一 『ブルゴーニュ家』 講談社 1996年
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