伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 伯爵令嬢シナモン 『国際貨客船・長崎丸の怪』11・完結
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

伯爵令嬢シナモン 『国際貨客船・長崎丸の怪』11・完結


 夕刻、長崎丸は、東海から長江に進入した。すると船は途端に、揺れがなくなり、滑らかに遡上を始めるのだ。海の紺色がそこに注ぎこむ大河の濁水によって、急激に褐色になるところだった。漁船に乗った漁師たちが網を投げ、交易品を満載したジャンク船が行き交っていて、数を増してくる。上海島あたりから、船は南にある折れる支流の黄浦江にむかう。すると外見が渡河連絡船のようにもみえるがその実機銃数門を装備した砲艦、あるいは、英・米それに日本といった列強巡洋艦まで停泊しているところにでてくる。

 英国ロンドンを模した、古代ギリシャ・ローマ神殿のような、新古典様式のビル群が姿をあらわす。そこがアジア屈指の金融街でもあり、バンドとも呼ばれる波止場でもあった。橋がかけられ、乗客たちが降りてゆく。

 犯人一味は逮捕された。主犯の青年が名乗る西崎というのは偽名で、船員証明書も合わせて偽造してあった。鈴木慶次郎が本名だ。兄弟なので、学生だった兄・慶太郎が三千代と交際しているのを知っていた。親が死に、遺産相続の件で不満をもった彼は、殺害計画を練って、金子夫妻が長崎丸で渡航することを知った彼は、闇世界を介して兄に、その話を伝える。色に狂った慶太郎は、船に乗ろうとしたのだが、直前に、六甲山で、慶次郎と刺客たちに殺害される。

 このときハプニングが起った。吉田・三好の悪漢コンビが、新人乗組員を揺すろうと、後をつけてきて、犯行の一部始終をのぞきみされてしまったのだ。デッキで、僕・ドロシーブレイヤーが、西崎こと鈴木慶次郎が暴行されているところにでくわし、助けたのはそのタイミングだった。

主犯鈴木慶次郎は、花田一家と称することになる刺客たちに、二人を始末するように命じた。

 刺客たちは、鈴木慶次郎に血も涙もないことを悟った。犯行直後に自分たちまで殺されかねない。そこで、吉田と三好を生かしておいて、いざとなったらタレこみをさせる駒として生かしておくことにしたのだ。二人が海に投げ込まれたようにみせた第二の事件も、第一の事件どうように、偽証をする証言者を登場させることだった。

 そして、姫様が事件を解決した後、悪漢コンビは貨物室の荷物箱で発見されることになったわけだ。

 昔日の日本というのは、そこそこの資産家の家庭でも、子弟を大学にゆかせるというのは経費がかさむことで、次代の家長たる長男坊が上京して、部屋を借りて住む。帰郷すれば、財産の八割方、場合によっては全部を相続するのが慣例だった。「田分け」という言葉が示すように、均分相続を繰り返してゆくと、いつかは消滅して、家系が絶えるという食糧難の時代特有の思想があるためだ。犯人慶次郎が、進学のことや財産分けに関し、兄慶一郎と比較して、平等というにはほど遠い現状に、理不尽だと考えたのだろう。そのあたりのところが実兄殺害の動機だ。

「姫様、どのあたりで、確証をつかんだのです?」

「第二の事件です。あれはまったくの蛇足で、自分たちが犯人だということを証明したようなものです」

 姫様は振りむいて微笑んだ。

 風が吹いてくる。

 菅船長が無線で事態を日本郵船本社に連絡。警察が動いた。六甲山中で殺害され、埋められた学生・鈴木慶太郎青年の遺体が発見される。遺体が洗われ、解剖された結果、爪先に微量な皮膚塊があり、また、胃内から青酸カリが変化した硫化水素が検出されている。姫様のいうとおりだった。

 それにしても、第三デッキにわずかに残った血痕やら、花田麗子の衣服に、六甲山で殺害した鈴木慶太郎青年の杏子臭が、そういつまでも残るものだろうか。その件に関して姫様に訊いてみると、あれは、犯人たちから容疑を認めさせるために、カマをかけたのだ、と答えた・

 菅船長と長崎丸は、その後、日本軍と中国軍の衝突で生じた一九三七年の上海事変で、敵軍の砲弾を被弾しながらもミッションを遂行。太平洋戦争が勃発すると、一九四三年、アメリカ大型商船プレジデント・ハリソン号に、水夫とともに斬り込んで、拿捕するという武勇伝を残す。そして、一九四四年五月、潜水艦対策で港湾に敷設された機雷に触れて沈没。菅船長は船が沈んで生じた渦の中から奇跡的に救出されるのだが、死者・行方不明三十九名をだした責任をとって割腹自殺を遂げる。なんという壮絶な生涯か!

 第三デッキに僕といたレディー・シナモンは、長崎丸下船の際、桟橋を先にゆく金子夫妻の姿をみかけたので声をかけた。

 夫妻が振りいてこちらを仰ぎみる。

 ――お二人が、幸せになるおまじない。

 姫様は帽子を脱いで中から、ユリ、バラ、カーネーションといった花々を宙にまいた。どこに仕掛けがあるというのだ。乱舞するそれらは、半端なものではなく、どう考えたって、帽子や服に隠せる量じゃなかった。

 金子夫妻は、互いに浮名を流しつつ、けっきょく生涯連れ添った。詩人金子光晴、一九七五年没、享年七十九歳。妻の森三千代、一九七七年没、享年七十二歳。

 レオノイズ伯爵家の女執事である僕ドロシー・ブレイヤーは、ときとして思うのだ。姫様がやる手品は、あるところまではトリックで、そこから先は本物の魔術ではなかろうかと。伯爵令嬢シナモンの異名は二つある。一つは「コンウォールの才媛」、もう一つは「象牙の塔に舞う妖精」だ。

   END
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