伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 掌編小説/封じられた神の叫び
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

掌編小説/封じられた神の叫び


 宇宙の彼方には、われわれの知り得ぬ生命体が存在し、かつて地球上に存在したあらゆる文明をも凌駕した存在がいたという事実を認めざるを得まい。そして神の恩寵を浴したわれらが奇跡とは忘却というもので、それら一切を残さずにきたということだ。古代ギリシャ哲学より派生した諸科学が、それぞれの分野において邁進し、英知を集積してゆく過程において、得られた果実を食することで、人を傷つけるというような事態はこれまでのところはほとんどなかった。だが、その瘴気が放つ狂った芳香は、知らず知らずのうちに忍び寄り、確実に多くの者を害していったのだ。
 唯心論者が想定する文明周巡期説なるものがある。生命の誕生からより高度な生命体にむかうおだやかな推移よりも、小惑星衝突による核反応および成層圏での粉塵被覆がもたらす寒冷期での食糧不足の発生が、逆に生命に劇的な進化を促して、今日の人間も、諸文明も発生してきたという事実があるということを証明することを目的とした、進化論に基づき積み上げた仮説だ。
 しかし仮説が示す偶然からなる進化というものが、実は、何者かが支配するプログラムの過程に過ぎないということを思い知るときがくるだろう。例えば偶然に、狂気に満ちた一連の奇怪な事件を調査していた百歳を目前としていながら、老衰とは思えぬ、不可解な死に方をした老教授が、わずかに開いていた神秘の扉から垣間見たおぞましき光景は、プログラムの一瞬であったと考えざるを得ないのだ。
 亡くなった老教授というのは、連れの大伯父で、彼は独身で子がなく、唯一の身内で姪にあたる連れに全遺産が移譲されるという話が弁護士からもたらされたのは先月のことだった。
 とある施設の事故により、立ち入り禁止となった区域で、ようやく最近、立ち入りが許可されるようになった小都市だった。衛生から現在地を割り出すGPS機能がこの町では
あの事故から狂ってしまっている。つまりカーナビが使えなくなっているというわけだ。そういうわけで四半世紀も前に誰もがやっていた、シンプルな手段で、そこを探す羽目になった。
「文明周巡期学研究所ねえ……」
 町は無人というわけではなく、かろうじて人はいる。ただし、宿泊は認められず、日中のみの滞在のみが許可されていた。
 八月の暑い日だった。ときどき、猪だの狸だの、野生化した動物が市街地を闊歩していた。運転席にいた連れ合いが、道路アスファルトを重機で薄く削り、瘴気の除染をしていた作業員に訊くとそっけない答えが返ってきた。
 連れ合いの大伯父は、大学付属施設であったカルト的な名前の研究室のすぐ横に広大なかつての地元素封家屋敷を買って住んでいた。付属施設の中身は、データに限られるのだが、あらかた大学側が持ち去ったようだ。問題の資料は、個人宅である老教授の屋敷の中にある。
 巡回している警察官に地図を示し、素封家屋敷にたどりついたのは、昼過ぎだった。五時までにこの荒廃した小都市から離れねばならない。
「昔、きたことがあるんですよね?」
「ええ……でも子供だったもので……」
 連れが不審そうな顔をした警官に手短な事情をいい、手地図に書きこみをしてもらい、なんとか目的地にたどり着く。
 西側後背にブナの茂った低い尾根があり、そのむこうには旧街道がある。北に墓地。集落は尾根に沿って南北に並んでいる。方形をなした屋敷はコの字を呈していた。石垣は北東角すなわち鬼門部を削ってなだらかとし、路地に面した東に長屋門がある。そこの前に乗ってきたホンダfitを置く。門をくぐったわれわれは、屋敷が平安貴族の寝殿屋敷みたいにコの字になっていることに気付く。北にあるのが母屋、西に隠居所、そして東に長屋門と蔵があり、大きな池のある庭を囲っている。池は干からびて鯉は死に、あたりは雑草で覆われている。
 宮大工の手になるという屋敷は、寺社仏閣の造りによく似ている。弁護士から渡された鍵を取り出し、扉を開き、連れが中へ入っていった。母屋は暗く外よりも暑いということはないのだが、締め切っているせいか、やたらと蒸していたことを覚えている。
 彼女の大伯父の書斎を探す。
 内部には回廊があり大部屋小部屋があわせて八つあった。そのどれにも、びっしりと二メートルサイズの本棚が並べられていた。全室が書庫となっていて、まるで、森の中で木を探すようなものだ。恐らく離れの各部屋もおんなじ感じだろう。
 連れはしばし頭を抱えた。
「そうだ!」
 やがて彼女は何かを思い出したようだ。埃がカビに転じた廊下の壁に手をやり、スイッチを押した。ブレーカーを上げると電気回線はまだ生きていることが判った。配電盤パネルの一つをONにすると、屋根裏部屋となった書斎へと導く階段が、鈍い音を立てて降りてきた。
 ――こんな仕掛けまでして、他人にみせたくないカルトな調査資料(ノート)って、いったいなんなんだ。
 一応、男である俺は、連れの前に立って、ギシギシ、音を立てる仕掛け階段を昇ってゆく。
 するとだ。
 得もしれぬ芳香があたりに漂い、俺の五感を狂わせた。手足がしびれ数歩いったところで、つんのめり倒れる。と、同時に、強烈な照明の光が俺を照らした。そして短調なしかし大音量の音楽が鳴り響いたのである。
 薄れゆく意識……。
 芳香の源は奥の事務机にある開かれたノートパソコン横に置かれた小さな偶像からだった。背に光輪をもち踊る姿の神を表している。
 俺はしたたか悲鳴をあげた。
 連れは机の上にあったそいつの背中が蓋になっていることを確かめ、開けた。
「やめろ~、君はなんともないのか~!」
「あら? 神像の中に、マタタビが入ってる。よかったね~」
 よくない!
 開かられたノートパソコンが自動的に起動し、YouTubeの動画に、故人である老教授の髭面がドアップになった。
「ウエルカム、にゃんちゃ~ん♪」
 絶句。
 ――俺かい? 猫だよ。
    END
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genre : 小説・文学

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