伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 40/仮想電脳都市コイマチ1930 『流星の子孫』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

40/仮想電脳都市コイマチ1930 『流星の子孫』

 光に吸い込まれたとき、僕は声を訊いた。学生時代に死に別れた恋人・雫のものだった。
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 ――私はいつも、あなたの傍にいる。あの人は約束してくれた。私のお母さんになってくれるってことを……。
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 一瞬のことだった。そして景色はまた変わった。あまりにも見事な満月だった煌々として、水平線に浮かび上がっていたのだ。
 
 風がない。波打つ音というのも耳に入らない。波もほとんどたっていないそういう感じの浜辺に臨んだところだった。暗くなってきた。濃い藍色の空、月明かりは、なんと、一条の橋のようになって、月直下の水平線の彼方から、浜辺まで、橋をかけたようになってみえたのだ。巾は三メートルくらいで、一点透視図法のように、水平線の奥で小さく消えるのではなく、起点からして同じ巾三メートルを維持したまま、浜辺まで黄金の橋をかけているのだ。

 天人が月から舞い降りて、その橋を渡り、ここまでやってくる。 あるいは、月は球状ではなく、もともとは、きわめて長い円筒形で、いま宙に浮かんでいるのが月の切り口なのか。そこから、すぱっ、と斬られ落ちた円筒形が、ゆらゆら、海中に落ち、底のほうから海面を一条の光で灯している。そんな感じにみえた。

 はじめは一直線だった。それがやがて、ノイズが横にはしったように、波が映り、楕円形にぼやけた光の輪となってゆく。月は水平線からだんだん上って、海上にある光の輪も小さくなった。

 ジャズピアニスト風の老紳士に扮した愛矢のサーフボードの後ろに乗って、冬の海辺に着水し、月がつくった道を突っ切って、浜辺に漂着した。肩で息をしながら、砂浜をゆくと、どういうわけだかいくつかあるベンチにたどり着き、僕らはそこに腰を下ろした。
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 月明かりに照らされた愛矢の顔が、老紳士から現実(リアル)な本人の顔になった。学生のころからあまり変わっていない。サーフィンをしているせいか、若さの割に小皺がちょっとあるのと日焼けをしているのが違いだ。のっぽであるのは変らぬところだ。

「それにしても、あのハッカーは強敵だった。奴は、あのセカンドライフのを売りにした仮想電脳都市(コイマチ)のシステムに侵入しユーザーデータを大量に盗んだり、情報を改ざんしていたりしていた。しかも尻尾を残さない。しかし、どういうわけだか、おまえのアバターに異常な関心を示していた」

「そこで、俺たち、スッタッフは、おまえに期待した。倒せないまでも、奴がおまえに絡んでいる間、奴のデータを拾っていたんだ。おかげで、とんでもないモンスターが炙りだされてきたよ。いまごろは、国際警察(インターポール)が、犯人のアジトに踏み込んでいることだろうさ」

 疲れ切った僕の頬の筋肉は硬直している。笑顔をつくれたかどうかは疑問なところだ。

「国際宇宙ステーションって知っているだろう? たまに肉眼で見えることもある、あれだ」

 僕の息は荒い。どうにか声をだして訊き返す。

「それがどうした?」

 愛矢は少し黙って、僕の顔をのぞきこんだ。

「自分の奥さんがいるところ、忘れたのかよ? まあ一時的な記憶上の障害だ。直に治る。それは保障する。彼女はいまそこにいる。おまえは、ネット回線から、あそこに侵入し、システムを破壊しようとしていた、国際的なサイバーテロと戦って、釘付けにした。宇宙ステーションで足止めになっていた宇宙飛行士たちも、これで帰還できるというものだ。
三百万人ユーザーを擁する電脳都市(コイマチ)のシステムは、俺が強制終了スイッチをかけたんで、ずたぼろになった。復旧にまる半月はかかるだろう。しかし、それだけの価値はある。俺たちは勝った」

 愛矢が肩を、ぽん、と叩いた。僕は、何かまたスイッチが押されたような感じがした。

   ☆

 景色は昼前の夏の浜辺だった。

「君はどこからきたの?」

 年上の少女が僕《れんたろう》に訊いた。住所をいったのだが、「そういうとことじゃなくて」と横に首を振る。

 少年時代の夏のことだ。地域サークルの催しで、子供たちばかりを誘った海水浴があった。指導員は、「このあたりの海は波が荒いから、海面が腰くらいになったら、それより先にはゆくなよ」と怒鳴るようにいう。

 ほかの子供たち同様に僕は訊きわけがいい。浜辺で寝そべっていると、中学生くらいの少女がやってきて、「砂をかけてやろうか?」と声をかけてきたので、その言葉に甘えることにした。

 淡く霞《かす》んだ空。潮騒《しおさい》、鴎《かもめ》と人々の声。砂をかけてくれる年上の少女をずっと見上げていた。祖母や母に連れられて女湯に入るのを嫌がる年頃。嫌っているようでいて、異性というものが気になりだす、微妙な境界線に恋太郎はいた。長い髪の切れ長の目をした少女だった。水着ごしに認められる膨らみ始めた胸とその谷間。くびれたところ、大きくなりかけた腰。太腿。右太腿の内側に星の形をした小さな痣《あざ》がある。

「それは何?」

「約束の印」

「約束ってどういうこと? 小姐《おねえ》さんは誰?」

 僕は彼女の問いに答えられなかったし、彼女も笑ってこちらの問いには答えなかった。 どのくらいの夏が巡ってきたのだろう。見覚えのある童女がやってきて、砂に寝転んで空をみていた僕の顔をのぞきこんだ。

「砂をかけてやるね、父さん」

 雫。そうだ、僕の娘・雫。名前は僕ではなく妻がつけた。

 妻。そうだ、あの人だ。

 幼い娘の右太腿には小さな星の形をした痣があった。波打ち際から手を振って呼ぶその人の声。約束は果たされた。謎かけを今なら答えることができる。そう、自分は海からやってきた流星の子孫であるということを。
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