伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 恋太郎白書 第7話「喫茶めらんこりい」
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

恋太郎白書 第7話「喫茶めらんこりい」

 むかし恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は若者を指差して恋太郎とよんだ。花や紅葉が、はらはら、と宙に漂うかのような若者だった。
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 恋太郎には、大学の講義を受講したあとでティータイムを過ごす場所があった。〝めらんこりい〟という十人ほどがようやく座れる、オレンジ色をした洋風屋根瓦の喫茶店だ。高台に築かれたキャンパスを下ったところにあり、帰宅の中継地点としても便利だったのだ。
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 常連となった恋太郎に、店のマダムは、ときどき、トーストやケーキをおまけしてくれたものだった。
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 〝枯葉〟だの、〝セ・シボン〟だの、古めかしいシャンソンが流れている。
「恋太郎君、彼女とかいるの? いないのなら私の娘を紹介するわよ」
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 そんな冗談とも本気ともつかないようなことをいうのはいつものこと。上の空で返事をした恋太郎の心は、〝視聴覚教育〟の課題にむかっていた。
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  ※  ※  ※
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 数日後。
 OHPを使ったレポートの発表では、何人もの学生が、透明セル・シートに描いたイラストをつかって、自由課題を発表していた。同じ学部学科の顔なじみが多いのだが、中には他学部学科の学生も混じっていた。
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 ──へえ、こんな奴がいたのか。
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 そんな中に、ひときわ目立つ、四肢長く、髪を腰まで伸ばしたシャツとジーンズが似合う女子学生がいた。
 「初等教育学科の娘(こ)だ。可愛いよな」と男子どものささやく声がした。
 発表の時間を制圧した美少女をして、プリマドンナとしておこう。
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 発表がはじまった。 
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〝マジノ戦におけるナチス・ドイツ軍の作戦〟
〝アバンギャルドなファッション〟
〝検証『となりのトトロ』〟
 ……。
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 プリマドンナの番になった。題目は〝おさかながにげた〟 細く長い指が、OHPシートの上で軽やかにステップをはじめる。
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 一枚目のシートには金魚鉢。プリマドンナは赤いセルを金魚の形に切り抜いたセルを棒にくくりつけて、金魚鉢から、スクリーンの外に金魚を飛び出させた。
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 ──おさかながにげた。
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 金魚は赤いチューリップが並ぶ花壇の中に紛れ込んだ。
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 ──またにげた。
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 金魚は赤い郵便ポストに紛れ込んだ。
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 ──またにげた。
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 今度は赤い消防車。
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 ──またにげた。
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 サンタクロースの帽子に。
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 ──またにげた。
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 最後にまた金魚鉢がでてきて、金魚はそこにもどって、
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 ──もうにげないよ。はい、おしまい。
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 プリマドンナは、「てへっ」と舌をだしている。教室にいた男子学生は総立ちになって、「可愛い!」と叫びながら喝采し、他の女子学生を苦笑させた。
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 恋太郎の番になった。題目は〝透視図法〟 絵画技法を扱ったテーマだ。
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 ──透視図法、俗に遠近法ともいって、一点透視図法から三点透視図法が存在します。
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 人前に立つことの少ない恋太郎の心臓は高鳴った。
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「一点透視図法は、田園を貫く並木道が、地平線の彼方につづく様子を描くのに有効です。地平線の一点から放射状に測線をかいて下書きとし、上書きとして実物の外枠を描いていくわけです」
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 もっとも前の席には髪の長い細面のプリマドンナがいて、こちらをみている。
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 カーテンをしめて暗い部屋なのに、しかも発表という極限状の中にあったにもかかわらず、恋太郎は表情の変化の一瞬をとらえて、脳裏にとどめることができた。
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「二点透視図法は、住宅を描くのに有効です。地平線の両端から画面手前にむけて、測線をクロスさせるのです。すると家の角が正面または斜め正面となって、立体構造になりますよね」
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 プリマドンナは切れ長の目をしているが冷たく感じないのは表情豊かで、仕草が愛らしいためだ。
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 ──うつくしい。
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「三点透視図法は、一点透視図法と二点透視図法を併用した画法です。崖下から見上げる丘の上の教会、あるいは、天空から見下ろした摩天楼を描くのに有効です」 
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 恋太郎の発表が終わった。
 拍手喝采で大好評。プリマドンナよろしく恋太郎の発表も男子学生を総立ちにさせ、女子学生を苦笑させた。
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 ──モチーフの選定。大失敗だ!
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 モチーフはキャンパスの近くの風景を、一点透視図法から三点透視図法をつかってリアルにスケッチした数枚のイラストだった。
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 キャンパスから〝そこ〟に続く小路。敷地には二つの建物がある。一つは欧州の領主館風の建物。もうひとつはカリフォルニアのプライベートビーチにたっているようなホテルをイメージした建物。そう、洒落てはいるが、(有名人御用達の)ラブホテルだ。ウケを狙ったのだ。
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  ※  ※  ※
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 授業のあと、いつものように、〝めらんこりい〟に立ち寄ると、話しをきいたマダムがケーキをおまけしてくれた。
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 ──めでたく花火は打ちあがり夏の夜空に砕け散りました。
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 おさかながにげた。またにげた。



  ※  ※  ※
アバター
2010/03/08 04:08
今回は、逃がした〝おさかな〟プリマドンナがヒロインとなりますが、居場所となる喫茶〝めらんこりい〟という舞台の紹介も作品の目的でした。しかしながら、皆様がふられつづける男、恋太郎に常に何を求めているかコメントからはっきり判ったような気もしました。恋太郎は、作者の体験談も織り交ぜてはいますが、根幹をなすのは、『伊勢物語』の在原業平。つまるところは、〝色好み〟 以前にかいて中断しています『貴紳の恋』を現代風に焼き直ししたものです。ふられ続けているのに不思議な〝色香〟を漂よわせているのはそのためでしょう。(※意外とみんな気づいていないので自己暴露!)

きらりん様
プライベートに斬り込んできましたねえ。(笑) 私は手のひらで泳ぎ餌付けされてます。絵本は図書館にいったとき、話題作をちょっと観るていどです。(それが創作の刺激になったりして)

BENクー様
ネット環境が面倒になっている中でのご来訪に感謝します。淡い失恋。濃い失恋。たくさん繰り返して成長していくのですよね。恋太郎には、業平卿の特技、和歌にかえて画才という設定にしています。──いつもお世辞とおもわれますが、褒めていただき、とても励みになります。

でふぉると様
ここでのエピソードは著者の体験談をほぼ忠実に恋太郎に反映させました。ただ著者は、美少女とは思いましたが、恋心までは抱かなかったのが残念ですけれど。

でふぉると様
いつも『恋太郎白書』シリーズを読んでいただきありがとうございます。業平卿が死の瞬間まで恋を続けてゆくように恋太郎の恋も命絶える日まで続きます。〝あかいきんぎょ〟プリマドンナは、物語の裏側で、素敵な恋をして幸せな家庭を築いているでしょう。

あさかぜ様
シャンソンが流れる東京の喫茶店。モデルの喫茶店は著者が卒業してから少しして閉店しました。大規模チェーンの喫茶店やファミレスにおされて数を減じています。ただ大都会ですから、そこそこあるでしょう。鎌倉はいまだに紅茶が多いところ。下北沢、渋谷といったあたりは著者の世代のスポットでしたね。

とーや様
中~長編だと、なるほど、そのような展開にすると魅力的ですよね。逃げてもらわないと、恋太郎の物語がピリオドになってしまいます。(笑) おっしゃるようね〝めらんこりい〟は居場所で、私の居場所だった喫茶店がモチーフです。
藍姫様
はい、そうですね。今回のネタが私の体験談をそのまま転用したため、あっさり、しすぎましたね。2稿の際は〝色好み〟らしく、ひねりを加えてみましょう。ご指摘ありがとうございます。恋太郎のセンスを認めている女性。今回はまったく皆さんに注目されていない、喫茶店のマダムです。直接恋にとまではいきませんけれど伏線ということで。

みはる様
鋭いですね。マダムとケーキが重要なポイントになります。切ない花火、そしてまた明日です。〝あっち側〟もふくめ、いつも応援ありがとうございます。

アバター

2010/03/07 23:33
おさかなは逃げたけど、おいしいケーキと彼に賛同してくれる仲間は
彼のそばからはなくならないのでしょうね

ちょっぴり切ない花火を楽しんだら、また新しい明日。
 
アバター
2010/03/07 23:15
どんな所にチャンスが隠れているか分りませんね。
でも、普段から意識して生活するのは無理ですし……^^;

このたび、恋太郎のセンスを好ましいと思ってくれる女性がいなかったのは 残念でした。
反面、彼には 素敵な恋をし続けて欲しい……と思ってしまいます。 
アバター
2010/03/07 21:27
プリマドンナは苦笑せず好評だったのかな・・?と思ったけど逃げられちゃったのでしょうか・・・(///
たしかに男子のウケはいいけど女子からは微妙そうですよね(モチーフ/笑
そして居場所的なめらんこりぃがなんだかいいな、と思いました・・v
スイーツマンさんもこういう「いつもの場所」みたいなお店あるんでしょうか・・? 
アバター
2010/03/07 20:58
”お魚がにげた” 可愛い少女は可愛い課題を発想するのですね。これを恋太郎がやっても受けないのでしょうね。
ウチの近くには、めらんこりっく なシャンソンが流れているようなお店は無いですね。
この独特の雰囲気は、残しておいて欲しいきがするのですが。

東京の大学通りへ行けば今でもあるのかしら?
もしまだ残っていたら、覗いて見たい気がします。 
アバター
2010/03/07 13:21
今回の恋は、ほんの一瞬で終わってしまいましたね。
痩身の美少女(赤い金魚)はスルリと恋太郎の手から逃げてしまいました。
でも、この悪戯好きの金魚を捕まえられる人はいるのでしょうか?
次はどんな恋をするのか、楽しみに待っています。 ^^ 
アバター
2010/03/07 11:11
恋太郎白書にはどんな時でも読み手を和ませるモノを感じてしまいます。今回は淡い失恋話で微笑ましいところがあるからでしょうが、ギスギスした内容の話でも読んでいて苦痛を感じないのです。・・・やはり「そこが上手さ」だと思うのですが・・・(^-^)

・・・PCが古く、画面重くて時間がかかるので、ブログにご挨拶してます。ゴメンナイ・・・ 
アバター
2010/03/07 09:54
逃した魚は大きかったのでしょうか?
ところで、スイーツマンさんは釣った魚に餌をきちんとあげるタイプですか?

きんぎょがにげた、って絵本あったような・・・五味太郎さんの絵本かな?
最近絵本ってあまり読む機会が無くなった・・・
子供が大きくなった事だけじゃなくて、自分に余裕がないのかも・・・.   
  
 

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こんばんわ

こんばんわ。
無事に帰ってまいりました。
ヒマラヤの荘厳とインドの混沌、とてもいい経験でした。
またよろしくお願いします。

うまくまとまりかわいい小品ですね。
セーシュンの”めらんこりい”もあるし。
それにしても”お魚にげた”の子、ほんとにかわいいですね。
これがむさ苦しい男だったらこちらが逃げたくなりますが(^_^;)
透視図法はさすがですね。
なるほどと思いました。

Re: こんばんわ

ご帰国早々のコメントに感謝いたします
土産話の記事を楽しみにしております

軽く流すようにかきました
あまり脚色せずにほぼ忠実な体験談です

いつも遠くで

ちゃんと見てますよ。
自宅パソコンは休眠中で、、、職場からですが。

恋太郎(*^_^*)
このキャラの設定大好き。

なんとなく時代背景がセピア調(笑)
わたしの学生時代に近い感じがして、結構入りこめます。
(視聴覚教育の課題で、グループメンバーと隠しカメラで競艇場の人間模様を撮影した昔を思い出しました~。)

ここのところ多忙につき、読み逃げ専門。すみません。
スイーツマン王子、お元気そうで何より!

恋太郎は、深読みしなくても楽しめるので、うふふふ。。。のお気に入りです。素直に心地よい…(*^_^*)

お昼休みも終わり。仕事がんばります。
(合格者発表の掲示板設置作業が進んでいる雨の構内。サクラサクの季節になりましたね。春ももうじきだ~)

Re: いつも遠くで

どうもお久しぶりです。そうでしたか、読んで下さっていましたか。

読んでいただければ感じていただけると考えていましたので、セピア色、といっていただければありがたいです。舞台は昭和時代末期に設定しております。視聴覚教育は、けっこう人気の授業でしたよね。

一話完結のオムニバスであり、どこから読んでも楽しめ、繰り返し読むと、物語に深みがでるように工夫をしていたつもり。そう言っていただけると感謝にたえません。次に物語をかく励みとなります。職場からのINとのこと、貴重なお時間のなか、ありがとうございます。







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