伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 33/仮想電脳都市コイマチ1930 『冠雪』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

33/仮想電脳都市コイマチ1930 『冠雪』

 週末、江ノ島電鉄のようなローカル線の無人駅に、訪ねてきた川上愛矢は降りた。黒い瓦屋根で、土蔵なんかも混ざったセピア色の商店街。麹屋(こうじ)の入口横にはトロッコのレールが敷いてあるのを垣間見える。そこから海にむかってしばらく歩くと、海になる。海岸沿いには、サーファー相手の店が軒を連ね、沿道には、椰子に見立てたシュロの樹が、並んでいた。僕・田村恋太郎や麻胡先生が引っ越してきたアパートはその並びにあった。
「おまえのいうように、仮想電脳都市(こいまち)に似ているな」リュックを背負った愛矢が笑った。
「だろ」僕も笑った。
 僕と愛矢の二人は、砂浜に降りていた。若さは莫迦げたことが平気でできる。何を好き好んで冬の波打ち際で遊ぶのか。雪合戦をするにはあまりにも少ない積雪量だ。
 二人は、ズボンの裾をまくって、海水をかけあって、格闘の真似事をはじめた。以前、仮想電脳都市(コイマチ)の隠れ道場で、やったように、僕らは組手だ。僕がしている遺跡調査の仕事は体力勝負のようなところがある。パソコンでの操作が、一種のイメージトレーニングになっていたというわけだ。なにをすればいいかは判っている。問題は、身体が、とっさの判断についてゆけるかどうかだ。
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 明日のために、その一、「ジャブ」。攻撃の突破口を開くため、あるいは敵の出足を止めるため、左パンチを小刻みに打つこと。この際、肘を左脇の下から離さぬ心構えで、やや内角を狙い、えぐりこむように打つべし。正確なジャブ三発に続く左パンチは、その威力を三倍に増すものなり。
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 『明日のジョー』の登場人物、ボクシングジム会長・丹下段平の言葉を再現した動きをしてみる。すると、面白いように、技が決まる。もちろん、愛矢は掌で受けたし、こっちも寸止めにしたわけだが。
 柳生新陰流の、後ろに控えさせた右足を、前にだし、それと同時に木刀をかざす、合討(がっしうち)の奥義も、不思議なほどに、こなすことができた。
「恋太郎、もしかして、天才じゃないのか?」
「いまごろ判ったのか?」
「いまごろ判った。ただの色惚けだと思っていた」
「悪かったな」
 砂浜には白いものが降りていた。初雪だ。一センチもつもってはいない。
 月並みだけれども、なんで、海辺で走るとこう叫ぶのだろう。
「莫迦やろぉぉぉ……」潤んだ瞳をした若者がかけてゆく。吐く息が白い。
「莫迦はおまえだあああ……」のっぽの悪友が後を追い、足をかけて転ばす。
「つまづくのも神のご意志だ」のっぽの悪友が、波打ち際に逃げ込んで、そこで立ち止まると十字を切った。
「酷い奴だ」
 疲れると二人は、砂場に、なぜだか置いてあったベンチをみつけ、雪が半ば解けた露を払って、そこに座った。
 肩で息をしながら、水平線をぼんやりと、沖合を眺めた。とくに何を話すというわけでもなく、ゆったりと、時間は朝から昼にむかった。淡い黄金色の陽射しは、青が少し混じった白っぽいものになってゆく。砂浜は、淡い雪が解けて、蒸気を吐いているような感じだ。
 実際、どれくらいの大きさで、どれくらいの距離があるのかは判らないのだけれども、沖合に貨物船が、ゆったり、わずかに動いているのが望めた。
 太平洋に臨んだ小さな町海猫町。同じ名前の海岸が南北に伸びている。長さにすれば二キロくらいだろうか。夏になれば、海水浴客でごったがえで、海の家なんかが建ち並ぶ浜も、冬となったそこには何もない。しかし、活気がないかといえば、そうでもない。
.   
 ――たぶん、あの人はサーフィンをしている。
.
 僕はつぶやいていた。
 女子学生というか、新卒のOLというか。だいたいそのあたりだ。長い髪を風に束ねていたその人が、波のむこうに手を振っている。視線の先にあるのは沖にむかい、腹ばいとなって、両手で漕いでゆく男だった。青のウェットスーツを着てガタイがいいのが遠目にも判る。サーファーだ。
 波と波の間隔が長い。風も海から岸にむかって寄せている。いい感じだ。
 男がひと波を超えた。次の波がきた。立ち上がる。波に押されて走る感じだ。ちょっと、サーカスの綱渡りに似ている。器用にバランスをとって、ゆるやかな放物線を描き、浜近くで飛び降りた。
 若い女性が、サーファーに駆け寄ってゆく。
 ぼんやりと、僕と愛矢がその光景を眺めていた。
 頭上を、紅白の色がストライプになった、エンジン付パラグライダーが、通り抜けていった。
   ☆
 オシオンは、渚に面したパブだ。以前、仮想電脳都市(コイマチ)で、愛矢といった、シーサイドラウンジに似ていなくもない。
 田舎の土地は安い。駐車場に車は二十台以上停めることができるスペースだが、その日は数台停まっているだけだ。ベンツのオープンカーとか、BMWのサイドカーなんかが停まっていた。なんとなく常連という感じがする。
 店の前には、椰子の木代わりにシュロが植えてあり、ハワイかアメリカ西海岸のリゾートをイメージさせる。二階建ての建物で、一階は、サーフボードの修理店になっていて、高級車に乗った男たちは、店主と話し込んでいた。
「あれ、さっきのサーファーの人じゃないか」恋太郎が愛矢にいった。
「意外と老けてるな」
 カフェは外付けの階段を昇った二階にある。赤と青のネオンがあるのだが、昼なので、光はない。テーブルは五つばかりある。カウンターがあって、棚には洋酒が並んでいた。夜にはバアになる。店内を流れる音楽はロックだが、心地よい程度のボリュウムになっている。
 ジーンズにエプロンをつけた若いマダムがでてきた。ほどよく痩せている。なんと、さっき、波打ち際でサーファーに手を振っていた女性だったのだ。
「海がよくみえるでしょ。あそこが一番素敵な席。どうぞお坐りください」
 店の西側がカウンターと厨房、東側が客席。大きな窓があった。梁の上には横にしたサーフィンが飾ってある。
「おいおい、ご注文は? だってよ、恋太郎」
「……」僕は、無意識のうちに、恐らくは、夢見るようであったであろう、まなざしを、ジーンズのその人にむけた。
 若いマダムは首を傾げた。
「持病なようなものです。お構いなく。ナポリタンを二つ下さい」 愛矢が取り繕った。
 しばらくすると、大皿に盛ったスパゲッティ―がでてきた。
「マダムさんはサーフィンをなさるのですね」マダムに対する僕の第一声だ。
「ええ、しますよ。貴男たちも?」
「僕はしますけど、連れのこいつ、恋太郎は、みているのが好きな口です」愛矢が答えた。
「私の主人はサーフィンのプロなんですよ」彼女は誇らしげにいった。
 厨房からでてきたマスターは、サーフィン修理店のオーナーだった。大柄だが頭髪が真っ白で、二十以上は年齢が離れているのは明らかだ。午前中みかけたサーファーだ。
 店をでてから、愛矢が、僕に訊いた。
「マダムがサーフィンをしていること、なんで判ったんだ?」
「全体からみて若い。しかし日焼けしていて皺があった」
「色惚けしているとおもったら、そんなところをチェックしていたのか……」
「素敵だった」
「……」
 牧師の息子であるのっぽな男は、悪友である僕のために、十字を切った。
 心地よい海鳴りがきこえる。
 僕らは、湘南を模したようなシュロの木を街路樹にした海岸通りを歩いて、僕のアパートにむかった。雪はすっかり蒸発して、そういう季節であることを悟らせないような、小春日和の昼下がりになっていた。
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genre : 小説・文学

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文章力あるね
いつも感心してます
文章がテレビドラマになって頭に放映されてるわ♪

みゆきん様

> 文章力あるね
> いつも感心してます
> 文章がテレビドラマになって頭に放映されてるわ♪


最大級のお褒めの言葉に有頂天です^^
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1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

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