伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 31/仮想電脳都市コイマチ1930 『カヤック探検記』(3)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

31/仮想電脳都市コイマチ1930 『カヤック探検記』(3)

 

 入口に店の名前を刻んだ看板があった。LIFEと書いてある。「木こりの港」にあるペンションの入り口は、外に張り出した屋根のある縁・ベランダになっている。テーブルや椅子が並べてある。三席くらいはあろうか。奥がベーカリーとペンションのフロントになっている。満席だ。禿げた自治会長、製材所の社長夫妻、釣師の紳士がいた。
 

 常連のようで、飛んできたアジサシのヒラキーが椅子の背もたれのところに停まると、釣師の一人が、川魚を収めた・びくから一匹取り出して与えた。魚はウグイである。ヒラキーは、ぺんぺん、とそいつを背もたれに打ちつけ、動かないのを確認すると丸呑みにした。


「お連れさんかい?」


 禿げた自治会長が、雌の柴犬・ウメシバをみて、ヒラキーにいった。やがてドアが開いて、女性店員が柴犬を抱き上げた。


「帰ってきてくれたのね」


 そこへ、カヤックから降りてきた二人組がやってきた。愛矢が予想した通り、店の看板娘だ。これまた、予想通りに、恋太郎の眼差しが夢見るようになっているではないか。看板娘の背丈は恋太郎と同じくらいだ。少し痩せていて髪の毛をスカーフのようなもので覆っている。スカートやらエプロンやらは、『アルプスの少女ハイジ』が着ているような格好だ。少女は誰かに似ていた。しかし、恋太郎は誰だか思い出せないでいた。


「この子を知っているのですね?」僕が看板娘に訊いた。


「はい、この犬を飼っていたのですが、引っ越しのときにはぐれてしまいました。アジサシは前の家によく遊びにきていた子で、引っ越してからもときどききてくれます」


「それはよかった」愛矢がいった。


「カヤックに乗せてきてくれたのですね?」


「はい。アジサシが居場所を教えてくれました」


「お礼をさせてください」


「お気持ちだけで……」潤んだ目の少年がやんわり断った。


「なら、せめてお昼御飯だけでも」


 そういうわけで、僕と愛矢の二人は、妬きたてのパンと紅茶をたらふく口にすることができた。柴犬のウメシバにはドックフードが与えられ、アジサシは食事を終えてうたた寝していた。


 少年二人が食事を終えたとき禿げた自治会長がいった。


「そういえば、村祭りで、久しぶりに映画館を開くことになっている。これから試写会だ。視てくるといい」


 看板娘の案内で、倉庫になっていた映画館にゆくと、中の物は外に出されて積み上げられていた。看板娘を間に挟んで、二人はシートに座った。五十人ほどが座れるミニシアターである。空調がなく、扇風機だけが回っている。噴き出す汗。三人は、看板娘が店から持ってきたアイスティーを飲んで熱中症を防いだ。作品は『いちご白書』だった。


   ☆


 一九六〇年代末のアメリカである。大学に予備役将校用を受け入れ専用校舎を建設することから、学校側と学生たちが揉めていた。ボート部に所属する主人公サイモンは、学園紛争に興味を示さなかったのだが、リーダーの女子大生リンダと知り合い、彼女を愛するようになり、運動に参加する。学生たちは講堂を占拠するのだが、学校側は警察を介入させて学生たちを捕えていった。互いに名を呼び合うサイモンとリンダ。二人は引き裂かれてゆく。


   ☆


 ラストシーンでは三人とも泣いた。お茶の時間になるころ、恋太郎と愛矢はカヤックに乗って、スロープになった川港の岸辺から離れた。

.

 ――恋太郎さん、「敵」は意外なところにいる。気をつけて。

.

 看板娘がいった。


 僕と愛矢は顔を見合わせた。


 柴犬のベニシバを連れた看板娘が手を振って見送ってくれた。アジサシのヒラキーはもう少し二人に付き合った。

 

 川の主流に乗っかると、時速二十キロくらいはでているだろうか、けっこうな速度で一気に舟下りでき、瞬く間に赤煉瓦のアーチ橋を通り抜けた。通り抜ける瞬間、丸太を積んだ山林鉄道のコッペルが横切ったのだが、通り越してしまうと、橋の上は草の茂みで覆われていた。振りむいた愛矢が驚いて、コクピット前席にいた恋太郎の背中を小突いたのだが、妄想病の保菌者である僕はさほど驚いてはいなかったのは当然のことである。


 ウメシバをみつけた川原に寄ってみた。草をかきわけてゆくと家の礎石があり、四方を塀で囲んであった。どういうわけだか、庭の隅にセメントでできた犬の像が立っていた。素人くさい作風で、ちょっと不格好だ。下には御影石のプレートにメッセージが添えられていた。

.

 ――ポチ、大好きだよ。

.

 ウメシバって、本名はポチだったのではないのだろうか。のっぽの少年はそんなふうに感じた。そして潤んだ目をした悪友に、「恋太郎、これ、もしかして墓標じゃないか?」と訊いた。


「そうみたいだな」


 アジサシのヒラキーは、二人の頭上を何度も旋回すると、海にむかって飛んでいってしまった。二人がそこから立ち去って、河口にある駅に着いたのは五時くらいだった。舟を畳んで六時の電車に乗り帰宅した。


   ☆


 潤んだ目の少年とのっぽの少年が大学生になったとき、二台の車を借り、再び海猫川のカヤック探検を試みた。こんどは上流からの川下りだ。二台でまず梅猫川河口の浜にゆく。僕がそこに車を置き、カヤックを積んだ愛矢の車に乗せてもらって上流に移動。そこでカヤックを降ろして舟を組み立て河口を目指す。愛矢の車の回収は、到着地に停めている僕・恋太郎のを使うというわけだ。


 途中、赤煉瓦のアーチ橋に近い「木こりの港」に寄ったのだけれども町はなかった。ウメシバを拾った川原からポチの碑のある建物跡を訪ねたとき、川港にいた釣り師によく似た紳士が、墓標に花を添えていた。


「家の方ですか?」僕が訊いた。


「いやいや、ここのペンションに昔世話になった釣客だよ。一家が火事で亡くなったんだ」「えっ、じゃあ、ポチって犬は?」愛矢が訊いた。


「一家が可愛がっていた犬だよ。火事になる少し前に亡くなったんだ」


 三人の頭上にアジサシが飛び回っていた。


 築造年代七世紀だったか、装飾横穴古墳の玄室が発掘されたとき壁に顔料で描かれた絵があった。異界を目指す死者を乗せた舟が白い鳥に導かれている。そんな図柄だった。


    ☆


 カヤックを川から引き揚げ、久しぶりに実家で愛矢と酒を飲んだ。先に潰れたのは悪友だった。


 手酌でウイスキーをやりながら、夢ともうつつとも判らないカヤック探検を思いだす。


 それにしても、あの看板娘、誰かに似ている。

.

 ――あっ、そうだ。雫だ!

.

 雫が僕の守護天使になっていることを自覚している。うまく説明はできないのだけれども、いつも近くにいることを感じるのだ。彼女の魂魄は、過去にまで遡って、僕に、危険を知らせてくれたのだろうか。その人のいう、「『敵』は身近なところにいる」どういうことなのだろう?


 寝ようとした直前、ノートパソコンが、勝手に起動していた。何者かによる。遠隔操作だ。セキュリティーソフトに入っているというのに、ガードを破って侵入してくるなんてプロの仕業だ。

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