伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 28/仮想電脳都市コイマチ1930 『コッペル、ふたたび』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

28/仮想電脳都市コイマチ1930 『コッペル、ふたたび』

 ランドセルを背負った少年二人が車掌に、「小父さん、乗せて」と切り出した。
「ああいいよ。ただし運賃を頂くことになるけどな」
「おおっ!」
 悪童たちは何ども車掌にお辞儀した。
 コッペルという名をご存知だろうか。ドイツの地方都市の名前を冠した会社の名前の機関車だ。大型のものもあるのだけれども、『白雪姫』に出てくるドワーフのように小ぶりなイメージがある。一九一三年に製造された一号車なんかはその最たるものだった。かつて炭鉱で賑わった海猫町には、ドイツからやってきた『彼』が、鉱山とターミナル駅を結んでいた。
 この地方では雪というものがほとんど降らない。晩秋で終わって、いきなり春になる。そんな感じがする。正月明けの週末、恋太郎と愛矢は小さな冒険をした。
 くすんだ瓦。木造の駅舎。遠くには、坑道から山頂に向かってトロッコが築き上げたピラミッドのような禿山がそそり立っている。ズリ山だ。高さ百メートルほど。かかった歳月も百年だ。
 ホームに停車した車両は先頭のコッペル一号車、十両が編成された貨物車、そして最後にあるのが車掌車だ。すべてが黒く塗装されている。恋太郎と愛矢が、車掌車に乗り込んだ。安全システムが向上した現在でこそ見られなくなったが、一九七〇年代までの貨物車には必ずついていた。中はちょっとした事務室で、机や椅子が置いてあった。車掌は二人を長椅子に座らせた。
 汽笛を上げた機関車は、一度鈍く大きくガタンと音を立てた。それから規則的な小さい音をガタゴト鳴らしてレールを走り出す。車窓からは、五世帯を収める木造平屋の炭鉱長屋の街並みが見える。砂利を敷いただけの道路が線路の傍を並走している。
 海猫川は、蛇行するため、列車は三度ばかり、鉄橋で渡ることになる。第一の鉄橋を渡った。工場があり、小学校や病院が丘の上に立っているのが見える。そこを抜けると、百姓屋敷の集落や田畑が続く。短いトンネルをくぐる。すると、びっしりと谷間の斜面にまで軒を連ねた炭鉱町が姿を現す。映画館や居酒屋といった歓楽街、駐在所、消防署、病院、小学校まである。
 黒い噴煙を上げたコッペルは何度も汽笛を上げる。陽気に笑っているかのようだ。炭鉱の坑道はいくつもあって、そこから地下から湧き出る排水を川に流す。川は魚が棲まないほどに真っ黒になっている。実のところをいうと、この排水というのは温泉水で、尾根の傾斜には、ところどころに穴を掘って露天風呂にしている。そういうところは、「クマミ温泉」という俗語があった。
 「クマ」というのは動物ではない。女性の秘部をさす。年を取った車掌が、「見ろよ」と指をさした。剥き出しとなった尾根の上に、裸の女たちが立ってこちらを眺めているではないか。二人の少年は真っ赤になって下を向いた。
 十分ばかり谷川沿いを走った列車の旅の終着駅は、工場のようなところだった。高さ十メートル奥行き五十メートルはあろうプール状の施設がある。地下から上がってきたトロッコは、砂岩と石炭が混じった砕石を落とす。底には複数の小窓があって、滑り台から、作業員が並んでいる選炭場に、少しずつ落として行くのだ。
 太古、リアス式海岸となった入り江に、波が運んだ砂が寄せられて沖積低地となった。そこを東流する海猫川が削って海に注ぎこんでいる。海から数キロ遡ったところに、ミカド地区がある。猫海町市街地はそこにあった。
     ☆
 それから、少し経って、悪友二人が高校生になったときのことだ。
 炭坑坑道からでてきたトロッコは、選炭場という良炭を選び出すコンクリート壁で囲った四角いプールのような施設、それから石炭があまり入っていない砂岩を捨ててる土捨て場にむかう。土捨て場はだんだん積もって、巨大な山になった。ズリ山だ。
 そのズリ山が川の両岸尾根上にいくつも並んでいて、なぜだか湯煙まであがっていた。
 谷底には、炭鉱夫とその家族たちの住む長屋が密集し、学校・病院・郵便局・派出所といった公共施設のほか、商店街の一画には、映画館・ストリップ小屋・パチンコ屋・温泉といった歓楽街までもがあった。
 朝夕、瓦屋根の木造商店街が一斉に店を開けだし、炭坑夫たちが坑内に入っていく時間だ。街路の真ん中に敷設された軌道上をトロッコ列車が走っていた。これと何度もすれ違いながら二人の高校生が自転車のペダルを漕いで駆けていく。家が渓谷下流の集落にあるのだ。
 二階建てで壁の一部は赤煉瓦になった劇場だ。玄関前の階段には化粧の濃い女たちが座っていることがあった。
「おはよ、恋太郎さん、愛矢さん。早く大人になって、観にきてね」
 女たちのなかで最も目を引くのが睦美さんだ。切れ長の目をした長い髪を後ろで束ねた人で、悪友コンビが通りを抜けるたびに、煙草を手にしたまま手を振ってくれたものだった。そんなとき、二人は気恥ずかしそうに挨拶して劇場の前を通り抜ける。
 映画館と温泉浴場に挟まれたストリップの「ベルサイユ劇場」がある繁華街。その谷底から尾根に続く長い坂道には炭坑長屋になっていて、頂きとなったところに赤煉瓦のダイナマイト小屋がある。坂を下った次の登り坂が山賊峠。椿が丘高校があるのは向こうの高台だ。
 タールを壁に塗ったくった長屋の小さな街だ。恋太郎と愛矢の二人は睦美さんに名前を憶えらえてしまっていたのだ。
    ☆
 月日はまた巡った。小春日和の正月である。上京した悪友二人が、久しぶりに故郷を訪れた。
 炭鉱は閉山となり、路線からはレールが撤去されている。映画館・病院・駐在所なんかも取り壊されている。あの禿山・ズリ山は樹木が茂って森になり、あれほど黒かった川にはカワセミや白鳥まで飛来するほどに澄んでいる。猫町そのものも市町村の統合でいまはもう存在していない。
「睦美さんの舞台、みたかったよなあ」のっぽの愛矢がいった。
「ほんとに残念だ」僕は相槌した。
 子供のときから僕らは、光と風と水辺にも恋をしたものだ。大人になって、二人は、小瓶に詰めたスコッチで、ときどき身体を温めながら、始発駅から終着駅まで、コッペルの路線に沿ってカヤックを漕いだ。僕のリュックには、ブランデーとサンドイッチ、それから携帯用の画具一式を詰め込んである。スケッチブックまである。
 かつてレールは川沿いにあった。岸辺には廃棄された煉瓦倉庫や工場がある。
 僕らが漕ぐ二人乗りカヤックを、突然現れた一艘のヨットが風を受けて遡上し追い越したではないか。白い船体で、オレンジ色の三角帆が張られていた。追いかけようとするのだが、構造がまったく違う、土台無理な話だ。そのヨットを操舵していたのは、意外にも女性だった。なんというシュールな展開なのだ。操舵していたのは、そう、麻胡先生だった。
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光と風と水辺に恋?
なんてロマンチックなんでしょう♪ 

みゆきん様

> 光と風と水辺に恋?
> なんてロマンチックなんでしょう♪ 

まるで私みたいな感性の青年でしょ? でしょ? (←それがなにか?)
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