伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 26/仮想電脳都市コイマチ1930 『月ノ浜』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

26/仮想電脳都市コイマチ1930 『月ノ浜』

 仮想電脳都市(コイマチ)にある秘密道場での鍛錬のため、コントローラーを買った。その日は、木刀を持たされた。師範は剣道着なんか着ちゃいない。アラブの花婿の衣裳だ。僕ときたら、流した髪に学生服(ガクラン)を着ている。
 「恋太郎(れんたろう)」と、ロレンスのアバターを操る愛矢(よしや)がいった。それから、「合討(がっしうち)は、野球でいうところのリズム攻撃だ。柳生新陰流の極意だから、憶えておいて損はない」と続けた。
 前に左足をだし、つぎに、後に控えた右足をだす。このとき、手にした木刀を振りかざすのだ。新陰流の奥義は、このようにシンプルにまとめられ、最強の兵法となったわけだ。コントローラーを手にしたことにより、前回の徒手空拳での鍛錬よりも、動きはよくなったと思う。
 流水のごとく敵の一撃めはかわす。しかる後に、一歩踏みだし、袈裟懸(けさが)けに斬るべし。
 ロレンスがそんなことをいったので、いわれたようにやってみる。白いアラブ服の男は、風を斬った木刀をどうにか戻し、柄に近いところで、僕の一撃をかわした。
「アクションゲームが苦手だといったが、食わず嫌いなだけだ。やっぱり、おまえは呑み込みが早い」
 鍛錬は四十分近くやった。それから彼は、息抜きでラクダに乗らないか、というのでつきあうことにした。ロレンスが指を鳴らす。たちまち、板の間の道場ではなくなって、砂の世界に変わった。砂漠というわけではない。湖に面した砂浜だった。街明かりが湖面に映っている。岬になったところには青瓦を最上階に戴いた吹き抜けの天守閣がそびえている。そう、安土城だ。仮想電脳都市(コイマチ)の北側にあるのだ。
 二人は、浜辺でラクダを全速で走らせた。城にむかって走らせた。浜辺に名前がなかったので、僕は、月ノ浜と命名した。ロレンスのアバターを操る悪友は、「いい名だ、そう呼ぼう」といった。
 月の砂漠を、はるばると、旅のらくだが、行きました。金と銀とのくら置いて、二つならんで、行きました。(中略)先のくらには、王子さま。あとのくらには、お姫さま。乗った二人は、おそろいの、白い上着を、着てました。ひろい砂漠を、ひとすじに、二人はどこへ、いくのでしょう……。
.
 詮索なんかするな。野暮はよせ。僕は、童謡『月の砂漠』を耳にするたび、心の中で、そんな突っ込みを入れる。情景としてはまさしくそういう絵だった。満月だ。砂地を二頭のラクダが歩いてゆく。
「悪いな、恋太郎」前のラクダに乗っていたアラビアのロレンスこと、愛矢が、振り返らずにいった。
「この恰好をさせていることか?」僕は後ろのラクダに乗っていた。学生服(ガクラン)ではない。ロレンスの白い花婿に合わせて、花嫁衣裳を着せられている。悔しいが、このアバター、けっこう好みだ。
 唐突に愛矢が謝るのは、四谷の自宅マンションで殺された雫についてだ。彼は自分の責任のように感じているようだった。
 二人はそれから、黙って、ラクダを走らせた。浜辺が終わって、城のある岬の崖下までやってきた。
「なあ、恋太郎。俺たち二人が組んだら、なんだってやれたよな」
「そうだな、なんだってできた」
「二人なら勝てる。あのとき、雫ちゃんを死なせてしまったのは、俺の不注意だった。おまえたち二人の間に入るのを、野暮だと思って避けていた。それがいけなかったんだって、後悔しているよ」
「おまえのせいじゃない」僕がいった。
「おまえのせいでもない」ロレンスこと、愛矢もいった。
     ☆
 そうそう、雫がストーカーに殺される彼岸の少し前あたりで、僕たちは鎌倉で最後のデートをした。いいだしたのは僕で、いつものことながら雫は、嬉しそうに、ワンピースの装いで、小旅行につきあってくれた。小田急藤沢駅から、三両編成の江ノ電列車に乗りかえた。古ぼけた住宅街の垣根に割り込み、アスファルト道路を自家用車と並んで走行する。路線半ばあたりで、江ノ島がみえてきた。
「江ノ島ってどんなところだろう? ちょっとのぞいてみない?」僕が雫にいった。
「鎌倉に行くんじゃなかったの?」
「予定変更」
「男心と秋の空ね」雫が、くすくす、笑う。
 潮風が彼女のスカートをはためかせていた。
 湘南江の島駅駅を降りて、南流する境川左岸に沿って道なりに海岸へ向かう。海岸の東西を縦断する国道一三四号線をまたぐあたりで、河の向こうをみると小田急線片瀬江ノ島駅、片瀬魚港があり、前をみると陸橋県道三〇五号線が、江ノ島に続いている。話しをしながら陸橋を渡ると湘南港の埠頭に至った。港からヨットが出てゆく。
 港をみてから、江島神社辺津宮、泰安殿、中津宮、江ノ島大師、奥ツ宮を巡って、島の北側にある市街地に戻る。市街地の外縁は磯になっていた。
「島のどこかに、弁財天が祭られた洞があるって訊いたことがある。弁財天は女神様だったよね」
 恋太郎が後にいる雫に話しかけたのだが返事がない。
 どこに行ったんだ。僕が血相をかえて戻ってゆこうとすると、岩場に隠れていた雫が、笑って呼んだ。岩の隙間に落ちたか、波にさらわれたかと思った。悪い冗談だ。叱ったのだけれども、彼女は上機嫌だった。
 雫を亡くしてからも、僕は、ときどき、江ノ島を訪れたものだ。後ろの岩場から、ひょっこり現れて、呼び止めるような気がしてならなったからだ。
     ☆
 仮想世界の安土城の崖下は江ノ島の風景に似ていた。懐かしくもあり、胸が痛くもなる。
 ラクダに乗ったロレンスこと、愛矢は、いった。
「あの事件は俺にとってもトラウマなんだ。今度はあんなドジは踏まない。ぶっ潰す!」 僕は、少しの間、絶句した。アバターは涙を流していない。だが、パソコン画面の裏側で、愛矢が泣いているのを感じた。いい奴だ。
「なあ、愛矢、そのうち、直にあって飲まないか?」
「そうだな。居酒屋なんかじゃなくて、おまえの料理が食いたくなった。ニッカのウイスキーを手土産に買ってゆく」
「楽しみしてるよ」
 僕らはしばらく笑った。久しぶりに笑った。
     ☆
 考えてみれば、僕と愛矢が通った大学は丘の上にあった。高校のときもそうだった。高校は、校門からから校舎に至るまで百メートルばかりの坂道となり、途中には、くすんだ板張りの食品店があった。切妻となった入り口の屋根の上に、「恵比寿屋」と書かれた看板が掛けられている。峠の茶屋のようなもので、生徒たちは、下校時、ここの縁台に腰掛け、菓子を口にしてから駅に向かう者が少なからずいた。
 悪友二人はときどきゲームをしたものだった。ブレーキをかけずに、一気に駆け下る度胸試しだ。二人の自転車はスポーツタイプで、坂道を下りるとき時速四十キロ近くなり、風を受けるものだから
余計に速く感じた。  
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ニッカのウィスキー?
もしや角かな?

No title

月の沙漠と聞くと、平山画伯の絵を思い浮かべてしまいますが、すごい幻想的な気分になります。

柳生は、柳生街道、柳生の里に何度も行きました。
江ノ島も具体的なイメージを浮かべてしまいました。

みゆきん様

> ニッカのウィスキー?
> もしや角かな?

詳しいですね
私がよく戴く黒ラベルをイメージしてます

jizou様

> 月の沙漠と聞くと、平山画伯の絵を思い浮かべてしまいますが、すごい幻想的な気分になります。
>
> 柳生は、柳生街道、柳生の里に何度も行きました。
> 江ノ島も具体的なイメージを浮かべてしまいました。


平山画伯の絵は、何かと目にさせていただくのですが、どちらかといえば、出張滞在していた九十九里浜南端の一宮町から少し南に下った、詩がかかれ銅像がある、千葉県勝浦市の海岸をイメージしてます。江ノ島もけっこういきます。
柳生の里は学生時代にいったことがあります
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