伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 18/仮想電脳都市コイマチ1930 『一服(2)』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

18/仮想電脳都市コイマチ1930 『一服(2)』

 奄美は悶々としていた。自作小説というのは何の制約もなく、趣味としてブログに掲載し、ネット上で知り合った友人たちにコメントしてもらっているが楽しい。「山荘」に監禁されて、脅されるように書くのがプロだとすれば御免被りたいところである。もちろん目をかけてくれた佐藤・中居には感謝している。しかしあのお局様のお色気攻勢は何だ。全身が凍りついてしまったぞ。
 そうつぶやく彼は、ノートパソコンの打ち込みを中断した。怪しげな視線に気がついたのだ。
 (なっ、何だ? ) 防弾ガラスをはめ込んだサッシのむこうには、佐藤と中居が、べったり、と顔を貼り付けているではないか。ずっとそうしていたのだろうか? だとすれば、ヒマだ。ヒマすぎる。やはり逃げたほうがよさそうだ。
「先輩、今日も奄美の野郎、まじめに『飛行船の伶人』を執筆してましたよ」
「まあ、あきらめたんだろうな。なにせここは、怠け者の自作作家を収監する『イゼルローン山荘』だからな。ここに収監された自作作家どもは、執筆魔に取り憑かれ、お猿のように死ぬまで書き続けるんだ」
「え、猿って、小説書くんすか?」
「うるせえ!」
 拳骨が飛ぶ。二人の編集者が、ニンマリとして、再び部屋をのぞき込もうとすると、突然サッシが開いたかと思うと、若い自作作家が助走をつけて、二階ベランダの欄干を跳び跳ねた。
「中居、逃げられたぞ!」
「せっ、先輩、奄美があんなところに――!」
「あ、あの鳥は――」
 何と蒼天の中空を巨大な白い鳥が飛んでいるではないか。翼を広げると幅十メートルは下るまい。十九歳独身美青年(設定)の男は、鳥に背をつかまれて山荘から脱出し、はるか彼方に飛び去っていく。小柄な中居が腕組みしてつぶやいた。
「そういえば、奄美の野郎、白文鳥を飼っていたっていっていましたよ、先輩」
「知ってて、何で阻止しなかったのか?」
「首を絞めないでくださいよ、先輩。まさか飼い主を救出にくるなんて――。それに文鳥って体長十センチそこらっしょ。犬鷲だって幅二メートル。あれじゃヘリコプター。誰も予想できねえっすよ」
「数日中に、印刷所にぶち込まなきゃいけねえんだ。殺すぞ」 
 そんな二人に、奄美が手を振って、「佐藤さん、中居さん、ご機嫌よう……」といった刹那、「こっ、こら、離すな!」という叫び声があがった。
.
 うわああああああ……。ぎゃっ。
.
 落ちた青年自作作家は、崖下に生えている木の枝に引っかかっていた。しかも地面直前である。奇遇というべきか、すぐ横には、不思議の国のアリスのようなメイド服を着た五十くらいの女性が立っていて一部始終を目撃していたのである。皺のところの化粧が地割れしだした。
「脱獄囚・奄美くうん。お仕置きの口づけ攻めよおっ。ウフ♥」
 身動き取れない彼のところに、ケシの花のように鮮やかな赤い口紅を塗ったくった唇が迫ってくる。痩せぽっちの青年が、枝に引っかかったまま、悶絶したのはいうまでもない。
.
 カシャッ。「捕獲」
.
 偉丈夫である黒スーツの男が、駆けつけてきて、脱獄囚の両手に手錠をはめた。一緒に走ってきた小柄な中居が、盛んに首をかしげだす。
「先輩、いつから刑事になったんすか?」
「うるせえ、硬いこというな」
 お局様は手回しよくバスケットをもってきた。悶絶した手錠の囚人を枝に引っ掛けたまま、三人は芝生にシートを広げ、モンブランケーキをお茶請けに、午後の紅茶を楽しむのであった。

 奄美の好物はモンブランケーキである。否、好物というより主食であった。十九歳独身イケメン(設定)の自作小説家に逃亡癖があるということが判明したことで、防弾ガラスで四面を囲った「独房」へと移されたのである。ガラス越しに隣室がみえた。編集部の先輩・後輩である佐藤と中居がモンブランとダージリンティーで午後の紅茶を楽しんでいる。
「逃げた罰だ、ふふふ」
「どうだ、奄美。好物のモンブランだぞおっ、ほしいだろう? でもあげない」
(きっ、禁断症状が……)
 忍耐の奄美であった。そんな彼の身体とは裏腹に筆足だけは異様に速かった。
 突然、分厚い防弾ガラスできた壁窓を叩く音がした。
.
 ごんごん。
.
 中居が奄美をからかっているのだ。
「あっ、奄美が、こっちをみましたよ、先輩----」
(わしゃ、動物園の珍獣か!)
 発狂しそうな空間と時間。なぜだか奄美の腕は勝手にノートパソコンのキーボードに触れるだけで、作業をこなしていくのだった。魔法か、遺存症か、はたまたお局様の呪いか――。
 フリルのついたメイド姿の五十歳女性が現れた。ケシの花のように鮮烈な赤の口紅、笑うと皺のところで地割れする厚化粧。手にはモンブランケーキとダージリンティー。これは一種の飴と鞭だ。だんだん、この軟禁生活が快感になってきたぞ。あ、いかん。これではいけない。若い自作作家は葛藤しつつも、腕だけは勝手にキーボードに打ち込んでいく。
  ☆
 翌朝。独房に、中居が佐藤の袖を引っ張り連れてきた。
「せ、先輩、奄美のやろうがいねぇっすよ!」
 ガラスをはめ込んだ壁のむこうで、もくもくと、パソコンを打ち込んでいたはずの自作作家の姿がないではないか。調べてみると、ベッドの横の床の煉瓦が外され、穴が掘られている。掘った土は備え付けの水洗トイレに流していたようだ。数ヶ月かかる作業だ。とても監禁されてから一週間でできることではない。著者の特権を悪用したご都合主義であることはいうまでもない。
「奄美めっ!」
 二階建てのバンガロウ「イゼルローン山荘」。二人が断崖を駆け降りていくと、その先に若い自作作家がいた。痩せっぽっち、黒のタキシードにシルクハット、口髭に眼帯までしている。イケメン・独身はさておき、タモリのような恰好のどこが十九歳なのだ! と世人は思われるはずなのだが、毒舌な佐藤・中居もそこに突っ込みを入れぬところは、やはり「設定」であった。それはともかく――。
「追いつめたぞ、奄美!」
「おや中居さん。ほれほれ、『飛行船の伶人』の原稿を突っ込んだメモリースティック――」
「よこせ!」
「やるよ」
.
 ぽい。
.
「なんてことを!」
.
 ダダダダダ……。
.
「先輩、俺たち犬みたいっすね」
「中居、おまえ、何で奄美を追わないんだ」 
「あっ、いけね。逃げられちゃいましたあ……」
 メモリースティックを回収した二人は山荘に戻った。独房にはお局様がいてノートパソコンの電源をいれる。三人で中身をみた。
.
 ――地蔵を彫った大木から、西へ七歩進み、そこからさらに北へ二歩むかったところを掘るべし。そこに真の「宝」がある。
.
 お局様に送り出された二人は、再び断崖を降りて森に戻った。
.
  がさがさ……。

 自作作家の謎かけの通りに進んで、指定箇所を掘り返す。
「宝石箱だ。開けてみましょう、先輩。あっ、メモリースティック、ありましたね!」
「メッセージがそえられているぞ。何々、『ここ掘れ、わんわん』 奄美め、莫迦にしおって……。
「トーンが低くなってきたあ。まっ、まじぎれっすか、先輩……? 
 大柄な佐藤が両肩を震わせている。中居は額に汗を浮かべた。
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genre : 小説・文学

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